ガチムチ天使×敬語悪魔

PONPON百日草

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音で表現するなら『ズキュゥゥン』

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 ウィリアムは手作り感のある木製の椅子に座ってキッチンに立つレイの後ろ姿を眺めていた。
 木の中に作られた家に入るのは初めてのウィリアムは、その恵まれた体格のせいで少し窮屈に感じはしたが、木独特の香りや暖かさを好ましく思った。
 ツルツルに磨き上げられた大理石の床や白亜の壁が当たり前の天界の建物との違いを比べつつ、耳につんざく食材の断末魔から懸命に意識を逸らす。
 やがて室内が静かになり、ウィリアムの前に薄桃色の液体が入ったコップが差し出された。

「お待たせしました。魔界の野菜ジュースですよ。飲みやすいようにフルーツも入れましたので正確にはミックスジュースですね」

「ああ⋯⋯ありがとう」

 見た目は至って普通のジュースに見える。目玉が浮いている様子もない。
 向かいの席に座ったレイは両手を合わせる。

「では、いただきます」

「『いただきます』?魔界での食前の儀式か?」

 初めて聞く言葉に首を傾げるウィリアムにレイが説明する。

「人間界の特定の地域での習慣です。食材への敬意と料理を作ってくれた人への感謝を表す言葉だそうです」

「それは素晴らしいな。どれ、では俺も⋯⋯いただきます」

 相当覚悟してコップに口を付けたウィリアムだったが、意外にも味は悪くなかった。悪くないどころか甘味と酸味のバランスが良く、後味の爽やかさといい目を見張るような美味しさである。

「これは⋯⋯いけるな」

「でしょう?」

 ふわりと微笑むレイは心から嬉しげであった。

「この家に人を入れるなんて数十年ぶりですから、何だかくすぐったい気持ちになりますね」

「数十年も?友人はいないのか?」

「いえ、いるにはいるんですが⋯⋯私の友達は皆体が大きくて、この中に入って来れないのです。いつも私が友達の家に遊びに行きます」

「レイの友人か⋯⋯皆、お前のような穏やかな性格の知的な者達なのだろうな」

「穏やかと言っていいのかどうかは怪しいところですが、話の通じる者達ではあります。一昨日、その内の一人である魔王と会ったのですが、やはり魔界への侵攻の予定は無いと言ってましたよ」

 飲んでいたジュースが変なところに入ったウィリアムは激しく咳き込み、涙に滲む眼を見開いた。

「魔王だと⋯⋯?悪魔の頂点に立つ存在である魔王と会ったのか?そもそもそんな簡単に面会の許される相手なのか?」

 レイはウィリアムに手拭きを渡し、問いに答えた。

「ええ、彼が魔王になる前からのお友達なんですよ。ウィリアムが帰った後にやっぱりちょっと気になって直接聞きに行く事にしたんです。『天界ぃ?何でわざわざンなクソ遠い土地をりに行かなきゃなんねェんだよメンドクセェ』との事でしたので、多分彼が魔王の座に就いている間は天界への侵攻はないものと考えていただいてよろしいかと」

「⋯⋯⋯⋯」

 もうどこから何を言えば良いのか分からなくなったウィリアムである。
 相手の姿形をじっと凝視し、慎重に尋ねた。

「門の管理を任され、魔王と親しい間柄であるお前は実は相当位の高い悪魔なんじゃないか?」

 レイは大きく首を横に振って否定の意を示した。

「まさか。私はちょっぴり長生きしているだけの凡庸な悪魔ですよ。魔王と友達と言っても、彼はただ成り行きで渋々魔王になっただけですし、私が門番をしているのも前任者が四肢爆散したから仕方なく繰り上がりで務めているだけで⋯⋯特別な理由や能力があるというわけではありません」

 質問に答えてくれている筈なのに更に疑問が増えていくのは何故なのだろう。
 遠い目をするウィリアムに、レイはにこりと笑って言った。

「私を殺す理由をお窺いしても?」

 整った男性的な顔が一瞬にして引き締まった。
 飲み終えたコップに視線を落とし、組み合わせた指は机の下で固く握り込まれ、長い睫毛に縁取られた黄金の瞳にはわかりやすく苦悶の色が浮かんでいる。
 形の良い薄い唇が何度も曖昧に開いては閉じるのを繰り返し、やがて深い沈黙の後、静かに話し始めた。

「⋯⋯評議会が決定を下したのだ。天界に戻った俺はその足で長老の元に赴き、この目で見た魔界の様子やお前という悪魔について報告した。しかし方々は私の話を信じてくださらなかった。その門番だという悪魔に誑かされ、言葉巧みに騙されたのだろうと⋯⋯」

 噛み締めた歯の隙間から鈍く擦れる音がする。

「偵察任務の失敗の罰として、評議会は俺を惑わせた悪魔の首を取るように命じた⋯⋯これを成さねば大天使という位から降格、守護者の任からも外すと⋯⋯!」

 黙って話を聞いていたレイが眉を顰める。

「何でしょう⋯⋯非難したいわけではないのですが、かなり⋯⋯その、俗世的と言いますか封建社会が垣間見えると言いますか⋯⋯」

「はっきり言ってもらって構わない」

「天界の方々って随分と血腥ちなまぐさくていらっしゃる。悪魔の私もびっくりです。人間界とそう大差ないのでは?」

 遠慮も忖度もない率直な感想がウィリアムの胸を貫く。

「グッ⋯⋯お前の言う通りだ」

「ウィリアムは私を殺すおつもりで?」

「何の非も無いお前をどうして手に掛けなきゃならんのだ」

「しかしそれでは天界に戻った貴方の肩身が狭くなるのでは?」

「⋯⋯それでいい。俺はこれまで天界への忠義と天使であることの誇りをもって守護者としての使命を果たしてきた。お前を殺せば俺の明日はこれまでと何一つ変わらないのだろう。しかし罪なき者を殺めてまで守り通したい称号かと問われれば、否だ。天界では嘘は重い罪となる。殺したくない相手に剣を向けることは俺自身に嘘をつくことになる。そんな大罪を犯すつもりはない」

 テーブルの木目に視線を落としていたウィリアムは、目の前に座る男の自分を映す瞳が尊いものを見るような眼になっていることに気付かなかった。

「⋯⋯時には嘘で己を守ることも大事ですよ。三百年間積み上げてきた実績と周囲からの信頼を棒に振ってまで守るのが一匹の悪魔。釣り合いが取れないでしょう」

 ウィリアムは眉間に皺を寄せて前を睨んだ。

「まるで殺されることを許容するかのような言い方だな」

「正直、貴方になら良いかなー⋯と気持ちが揺らいでいます」

 驚愕に硬直するウィリアムの顔が面白かったらしく、レイは目を細めて口元に弧を描いた。

「このしがない悪魔の命一つで目の前にいるどうしようもなく真面目で誠実な貴方が救われるなら、それも悪くないと思っています」

 突然、ガタンと椅子の倒れる音がした。
 机がみしりと軋んだ音を立て、丸太のような太い腕が伸びてくるのをレイは驚いた顔で見ていた。
 胸ぐらを捕まれ、引き寄せられる細い身体は机に阻まれ前のめりとなり、すぐ目の前には怒り狂った獣のような顔が爛々と黄金の眼を光らせている。

「お前のその気持ちを俺は嬉しいとは思わん。誰かの犠牲の上に成り立つ安寧など欲しくはない!」

 荒い息を吐き出し、服を掴んだ手を離したウィリアムは気まずそうに視線を逸らす。

「⋯⋯乱暴して悪かった。だが、その発言はお前を大事にしたいと思う俺に対しての酷い侮辱だ。二度と言うな」

 レイは乱れた衣服を整えることもせず茫然とウィリアムを見つめ、口を開いた。

「⋯⋯はい、ごめんなさい。もう言いません⋯⋯」

 衝撃から立ち直れていないようで上擦った声が震えている。
 それを己に対する恐怖からくるものと捉えたウィリアムは反省し後悔すら覚えたが今更である。
 俯き無言のままの相手にどのような言葉を掛けるべきか悩み狼狽するウィリアムは気付かない。

 悪魔の特徴である尖った耳が先端まで真っ赤に染まっていることを。
 大きく見開かれた黒曜石の瞳がぐるぐる回っていることを。

 皮膚を突き破りそうな心臓の音がどうか相手に聞こえませんようにとレイは切に願った。
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