ガチムチ天使×敬語悪魔

PONPON百日草

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都合のいい『悪』

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 (危なかった⋯⋯!)

 若い天使から怒気という名のエネルギーの塊を至近距離で受けたレイの身体は激しい快感に貫かれた。
 レイは淫魔である。
 他者の生命力や精力を吸って己の養分とする性質を持つ。淫魔と聞くとスケベな衣装を着た魅力的な悪魔がエッチなお誘いをしてくる光景を思い浮かべる人が多いが、その認識で正しい。
 しかしここにいるのは淫魔の中でも数少ない例外。
 露出の激しい衣装を苦手とし、エッチな行為からの養分摂取を嫌い、自分で育てた野菜の栄養で何とか生命維持をしている変わり者である。
 そんな修行僧のような生活をしているレイが突然、精力の塊のような若い男から激しいエネルギーの波を受けたらどうなるのか。
 その答えが今の彼の有様である。

 顔を上げたレイの頬は未だ赤みが引いておらず、ウィリアムの顔を上目遣いに見上げる黒い瞳は潤み、まるで飼い主の不興を買った仔犬が懸命にその慈悲に縋ろうとしているような風情である。
 少なくともウィリアムにはそう見えた。

「すまない⋯⋯言い方が厳しかったか。お前がそこまで俺に気を許してくれているのは有難いことなのだが、自分を犠牲にしてしまうようなやり方はやめた方がいい。お前の善性を利用するような輩が現れないとも限らんからな」

「ウィリアム⋯⋯私の考えが足りませんでした。ごめんなさい」

「いや、分かってくれたならいいんだ⋯⋯」

 もし今の会話をレイの友人が聞いていたら誰もが腹を抱え、指をさし、目に涙を滲ませて大爆笑しただろう。「この悪魔を利用してやろうと考えるような命知らずはいない」と過去の秘話を持ち出して一晩中語るに違いない。
 胸をキュンキュンさせているレイはそんな心の内を美麗な顔立ちの下に見事に隠し、それとなく話の軌道を戻した。

「私の首を持っていく案は棄却されたとして、他に良い手はありますか?」

 ウィリアムは腕を組んで考え込んでいる。

「今思いつくのは殺したと嘘を吐くことだが、それはしたくない」

「そうですよね」

 共感した様子で頷いているレイだが、実は頭の中に心理操作や記憶改竄の手順や魔術を幾つか思い浮かべてはいたものの、正義感の塊のようなウィリアムが絶対に採用しないといことが分かりきっているので口には出さなかった。

「結論を出さないことには戻ることもできないのでしょう?ならば時間が許す限りここに居て、最良の手段を考えましょう」

「⋯⋯そこまで世話になっても良いのだろうか」

「遠慮しないでください。ここら一帯は寂れていて他の悪魔も居ませんから他の者の目を気にせず外に出られますし、私も久々のお客様で嬉しいのです」

 にっこりと笑うレイに安堵したように、ウィリアムは大きな体を折り畳むように頭を下げる。

「では、お言葉に甘えよう。ありがとう、レイ」

「いえいえ」

 このままずっと良案浮かばず魔界に居てくれていいのにという本音はおくびにも出さず、レイは先程から気になっていた疑問を口にした。

「今日は随分と体調が良さそうに見えますが、何か特別な処置を施しているのですか?天使にとって魔界の瘴気は毒のようなものでしょう」

 レイの質問にウィリアムは左手に嵌めた銀の輪を見せた。

「ああ、それはこの腕輪のお陰だ。腕輪には破魔の術が掛けられていて、身に付ける者をあらゆる魔の穢れから守ってくれる」

「なぜ最初からそれを身に付けて来なかったのです?」

 そうすれば魔界に来てすぐに瘴気にやられて倒れることもなかったのに、というレイの当然の疑問に対して、ウィリアムは気まずそうに頬を掻いた。

「魔界の瘴気が天使の体に毒として作用することを我々は知らなかったのだ。魔界に関する記述は天魔大戦争が起きる遥か昔に存在する書物に僅かに書き綴られているだけで、交流もないから新しい情報など入ってくるはずもない。今でも多くの天使が悪魔のことを人の形を成さない怪物だと思っているだろう」

 これらに気分を害した様子もなく、レイは穏やかに会話を続ける。

「私のような人型もいれば、目玉だけが浮いているように見える種族もいますし、悪魔というものはこれと決まった形を持たないものです。貴方の話を聞いていると天界に住まう天使達は皆似たような姿形をされているのだろうと推測できます」

「ああ。体格や容姿の違いは勿論あるが、例外なく人型だ。悪魔は違うのか⋯⋯少し興味が湧くな」

「それでは今度機会があれば私の友人達を紹介しましょう。先日貴方の話をした時に天使に興味津々の様子でしたから、交流を深める良い機会となりましょう」

 ウィリアムははたと手を打った。

「そうだ⋯!我々天使が悪魔に対して偏見と思い込みを持っていたせいで天界が襲撃されるという被害妄想を膨らませてしまったのなら、その間違った知識を正す機会を設け、悪魔に対する誤解を解けば今回の騒動は収まるのではないだろうか?」

 レイはあくまで表情は穏やかに、ゆるく首を傾げた。

「もし天界の中でウィリアムに死んで欲しいと思う者がいるとするなら、誰ですか?」

「レイ!?」

 突然の質問にぎょっとするものの、この悪魔が何の意味もなしにこのようなことを言い出すはずがないと知っているウィリアムはひとまず考えてみることにした。

「死を願われるほど非道を働いた覚えは無いのだが⋯⋯」

「貴方が何かをしなくても恨みを買うことはあります。例えば高位にあればその地位を羨み妬む者がいますし、ウィリアムは同性の私の目から見ても魅力的に見えますから、女性からの懸想も多いでしょう。それ自体が嫉妬の対象になり、もし好きな子がウィリアムに惚れていたら、貴方を消して好きな子の心を自分に向けようと企む者がいないとも限りません。あるいは、都合の悪い場面を見られてしまった口封じに⋯⋯というのも考えられますね」

 赤くなったり青くなったりしていたウィリアムの表情が固くなった。
 それを見たレイが確信を得る。

「⋯⋯思い当たるものがおありのようですね」

「いや、確かに、俺は先日見てはいけないものを見てしまったが⋯⋯その事は絶対に口外しないと約束したのだ。そもそもこれは何の質問なんだ?」

 困惑の眼差しを受け、レイは困ったように眉を下げつつズバリと言った。

「多分ですけど、その秘密を見られた者がウィリアムを始末する為に魔界行きを命じたのだと思います」
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