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単純な話
しおりを挟む「⋯⋯急に何を言い出すんだ」
ウィリアムの表情には明らかに不信の色があった。そんな事は有り得ないとはっきりと顔に書いある。
同族に対して侮辱にも等しい疑惑を掛けられたことに憤る若い天使に、見た目だけは天使と同年代に見える年嵩の悪魔は宥めるように言った。
「実際にその場にいたわけではなく、天界の事情も詳しく存じ上げませんが、そう考えると色々と辻褄が合うと思ったのです」
「辻褄⋯⋯?」
「もし私が天界を侵略する気だとして、その事前準備として悪魔に偵察を命じる立場であるとしたら、決して一人では行かせません。魔界にとっても天界は未知の領界ですからね。何の危険があるか分からない場所に単身で乗り込めなんて、命を捨てに行けと言っているのと変わらないじゃないですか。命じられた悪魔も納得しませんよ」
「⋯⋯私はこれでも高位の守護天使だ。これまでの実績から単身でも問題ないと判断してくれたのではないか?そもそも評議会の長老達が決めたことに異議を唱えたり、疑問を持つこと自体不遜とされている。彼らが間違うことはない」
レイは口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「間違わない生き物なんていませんよ。感情を持つものなら特に。それは悪魔や天使だけでなく人間だって同じです。しかし疑問を持つことすら『不遜』ときましたか。⋯⋯いやはや、天界の教育には驚かされますね」
ウィリアムの眉がピクリと動く。
天界の教えや生活に染まりきっている彼にはレイの感じている違和感や不快感が理解できない。
「何かおかしいか?」
「当然、ある程度の秩序は大切です。清く正しくあることを目標とし、規律を定めそれを順守させることは組織をまとめる指導者にとって必要なことでしょうし、それを非難するつもりはありません」
「⋯⋯⋯」
「しかしねぇ、いくら嘘を吐くことが良くないからって、それを制限する術を掛けるのは違うと思うんですよ。私はそれを教育ではなく支配と呼ぶと思います」
ウィリアムの端正な顔に疑念が浮かぶ。
眉間に皺を寄せ、目の前の悪魔の顔をじっと凝視している。
「嘘を制限する術⋯⋯?何を言ってるんだ?」
これにはレイも相当驚いた。黒曜石の瞳が見開く。
「⋯⋯まさか、ご存知ない?今、貴方を縛っている制約の術の全てが貴方の知らない内に掛けられているものだとしたら⋯⋯ちょっと天界の上層部が恐ろしく感じます。正気の沙汰ではありませんよ。えぇ~⋯⋯こわ」
ドン引くレイに、知らぬうちに自身に掛けられた謎の術があると知ったウィリアムは気が気じゃない様子で身を乗り出した。
机が無ければ今にも肩を掴みかかりかねない勢いだった。
「俺の体に術が掛けられているのは間違いないのか!?」
「ええ、軽く見た感じでは三つほど」
「三つも!?」
驚愕するウィリアムを立たせたレイは机を回って彼の傍に立つと、目を眇めてじっと巨躯を凝視した。
その目が緋色に淡く輝き始めるのを天使が食い入るように見つめている。
しかし天使の内部を探るレイは彼の視線に気付いておらず、顔を顰めて言った。
「⋯⋯先程嘘を制限する術と言いましたが、語弊がありました。正確には、術者が貴方の発言が嘘か真か判別がつくというものですね。あとは心理操作の術と⋯⋯うわあ、これはひどい。服従の古代秘術じゃないですか。久々に見ましたよ」
心理操作だとか服従だとか、心がざわつくような言葉を並べられて蒼褪めるウィリアムの顔を下から悪魔が覗き込む。
レイの眼はいつの間にか黒に戻っていた。
「心理操作の術は今でも普通に使われていたりするんですよ。術の強さや術者の腕にもよりますが、一般的な使い方ですと好きなあの子の気を引きたい時にちょっぴり掛けたりとかですかね。強いものになりますと、親を洗脳して子殺しをさせることも可能です。⋯⋯貴方に掛けられた術は相当強いようですけど、何かに異様に執着したりしてますか?」
「いや、別に⋯⋯思い当たるものはないが⋯⋯?」
「じゃあ貴方、相当精神が強靭なのですね。普通なら身の破滅ですよ」
「自分に自覚がないせいでよく分からない。本当に俺は術を掛けられているのか?」
「それは間違いなく。自分の大事だと思うものの上に常に鎮座する存在を作る、という感じですね。貴方の最も大切なものは何ですか?」
「天界の治安を守り、教えに従うことだ。天使として生を受けた私の生涯の定めでもあり、誇りでもある」
「それは無理矢理植え付けられたものかもしれないと言ったら、貴方を傷付けてしまうのでしょうか」
「⋯⋯レイは何故、俺に掛けられた術が見える?」
「長く生きていると様々な知識や経験を積むものです。基本的に術は掛けた本人か、その道に精通した他の術者によって解かれるものですが、丁度貴方の目の前に力技で術を壊せる悪魔がいます。ウィリアムが望むのならその体に掛けられた術を全て消してあげましょう」
どうします?と上目遣いに見上げてくる顔は壮絶に美しく、思わず頷いてしまいそうになる。
しかしこれは簡単に決めていい事ではない。
そもそもレイの言っていることが最初から嘘の可能性だってある。
「⋯⋯一体誰が俺にこんな術を掛けたのか」
それさえ分かれば後は術者のところに直接殴り込んで解かせるのに、と零せば、悪魔はそれは無理だと首を振る。
「服従の術を掛けられてますから、貴方は術者に対して傷一つ付けられません。そしてこの術は相当な魔力を要します。簡単に掛けられるものではないのです。そして術の痕跡を見る限りでは、どれも相当昔に⋯⋯それこそウィリアムがまだ子供だった時代に掛けられたものであるでしょう」
子供の頃と聞いて、ウィリアムが何かを思いついた。
その表情にやがて恐怖の感情が混じる。
頭を抱え、崩れるように椅子に座ると、低い声で呻くように言う。
「⋯⋯もしこの術を掛られている者が俺だけではないかもしれないと言えば、お前はどう思う?」
レイは特に驚いた様子もなく平然と答えた。
「そうでしょうね、というのが率直な感想です」
「まるでお前には術者の姿が見えているようだな」
悪魔は笑みを深めた。
「⋯⋯魔術や秘術に頼るような人って単純なんですよ。結局は自分に自信が無い、実力がないから呪いに頼るのです。嘘を見抜く実力もなく、相手を意のままに操っておきながらバレた時の報復に対処するだけの力もない。だから服従の秘術を掛けて徹底的に己の身の安全を確保する。これらの術からは姑息で卑怯な小心者、なのにプライドだけは人一倍持っている⋯⋯という人物像が見えてきます。そのような性格の者が貴方一人に術を掛けて満足するはずがありません」
「⋯⋯俺はレイの上辺しか知らなかったようだ。お前がここまで鋭い観察眼を持っているとは想像もしていなかった。悪魔には珍しい畑仕事を好む平和主義者と思っていた」
「今でもその認識で合ってますよ。ただ長く生きている分、気付かなくていいことに気付いたり、マニアックな知識を持っていたりするだけです」
にこりと微笑むその顔を見て、ウィリアムはこの悪魔に対して僅かに抱いていた緊張や警戒を完全に取り去ることを決めた。
重い溜め息を吐き、自嘲気味に口に笑みを刻む。
「天界の同士達より悪魔のお前の方が信じられると思うのは、俺が既にお前の術に掛かっているからかもしれないな?」
これにレイは大きく目を見張って、次に悪戯っぽく唇に弧を描いた。
「もし私が本気で貴方に仕掛けるなら、鎖で繋いだあの時に服従の術を掛けてますよ。そうしたら今頃私の傀儡になったウィリアムさんは畑で扱き使われていたでしょうね」
ウィリアムは堪らず吹き出した。
こんな時に──否、こんな時だからか、変に深刻ぶることなく、かと言ってこちらの事情に嫌悪するわけでもなく、変わらない態度で接してくれるのが有難かった。
笑顔から真剣な顔に変わり、居住まいを正したウィリアムはレイに向かって頭を下げた。
「レイ、頼む。俺に掛けられた術を解いてくれ」
呪い関係に疎いウィリアムは知らないが、術を解くのは掛ける以上の危険が伴う。
本来呪いは解くことを前提として作られていない。
それを第三者が術者と被術者の間で完了した契約に無理矢理割り込んで破棄しよういうのだ。第三者の腕次第では三人とも無事では済まない。
しかも三つの内一つは古代秘術である。難易度は飛躍的に上がる。
それをレイが承知していないはずがないが、彼は穏やかに頷いてにこりと笑った。
「ええ、構いませんよ。ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう」
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