精霊王、ここに顕現

PONPON百日草

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ライアルの転機

二人の出会い

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 人に嫌われようと後ろ指を指されようと食べて生きていかなければならないのが人間という生き物なのだが、この男には外で魔物と戦うだけの力もなければ魔法も使えなかった。
 見た目は三十の半ばぐらいに見える中肉中背のどこにでもいる普通の男だ。
 付け加えるとするならば、少し癖のある黒髪はろくに櫛も通しておらず、無精髭を生やし、よれたシャツと裾のほつれたズボンを履き、お世辞にも「清潔」や「爽やか」とは言えない風貌に加えて、人を寄せつけない排他的な雰囲気の持ち主である。
 ついでに言うと人相も悪い。
 そんな商売にも肉体労働にも向かない男だが、知識はあった。思慮深さと勉強意欲は人一倍持っていた。
 男は草木が好きだった。人間と違って自然はいつでも男を受け入れてくれた。
 独自に植物の研究を続けていたところ、人間の外傷を癒す効能を持つ薬草を発見した。
 男はその効力を高めるべく何度も実験を繰り返し、そして遂に市場に出せるまでに完成度を高めた。

 これが「ポーション」の始まりである。

 しかしここから男の不運は加速した。
 王都にポーションを持ち込んだところ、その利便性と効能、利用価値に気付いた一部の者達が男を捕らえ、暴力的な手段を使い製造方法を聞き出し、自分の手柄としたのだ。男が長年かけて研究してきた苦労も成果も全て奪われてしまった。
 怒りも悔しさも言い表せない程であったが、権力も人脈もない男の訴えは簡単に握り潰された。

 王都からの帰路に着く男をならず者が襲った。
 男は彼らが自分の知識を奪った者達の手先であると直感で察した。それもそうだ。自分達の悪事を知る者を生かしておく理由はない。右の足首を斬られた男はその場に倒れ込んだ。
 死に直面していても男は冷静だった。一応走馬灯と呼ばれるものが頭を駆け巡ったが、どれもろくでもない思い出だった。
 覚悟して目を閉じたが、いつまで経っても衝撃が来ない。
 恐る恐る目を開けると、なんと景色が一変していた。森の中だった。
 流石に声が出なかった。
 自分は先程まで確かに土をならしただけの硬い地面の上に倒れていたはずなのに、尻の下や手の平に感じるのは少し湿った草の感触である。
 もしや既に死んで、あの世に来たのかと思ったが、それにしては生い茂る木々は見慣れたもので辺りに漂う草花の香りは濃厚だった。見間違いでなければ、少し離れた場所に見える今にも崩れそうなボロ小屋は自分の住処のはずだった。
 そして何より右足の出血と痛みはこれが現実のものだと我に返るには充分だった。
 男は混乱しながらも右足に応急処置を施し、狐につままれたような思いを抱えながら家に帰った。

 右足に後遺症の残った男は教師になる道を選んだ。これまで培ってきた知識と経験を若い者たちに教える為だった。男の植物の知識は相当なものだったので学校は男を雇い入れたが、派手な魔法や武器にしか興味のない生徒達は男の授業に見向きもしなかった。
 授業は個人の意思を尊重して選択制度をとっており、男に宛てがわれた教室はいつもがらんとしていた。
 自分の話が人から共感を得られないことにはもう慣れていた。
 それに伴う罵詈雑言や批判、嘲笑や侮蔑の眼差しに傷つくような心も十代の頃にとうに失くした。
 生徒のつかない教師を雇うメリットは学校側にもないはずだ。
 男はいつ首を切られてもいいように次の転職先はどこにしようかと悩みながら、薄暗い教室でひとり、手元の資料に目を落としていた。

「授業を開始して欲しいのだが」

 凛とした声に驚きつつ顔を上げた男は二度驚いた。
 この世のものとは思えないほどの美女がそこにいたからだ。美女が学校指定の制服を着ていることから、彼女が生徒だとわかる。
 しかし直ぐに男はいつもの仏頂面に戻り、ぶっきらぼうに言い放つ。

「冷やかしなら帰れ」

 低い声に大半の女子なら怯んで逃げ出すところを、この生徒は無表情で首を傾げた。

「『冷やかし』とは実際に購入しない商品の前でさも買う気があるようにみせる行為の時に使われる言葉だぞ。実際に授業を受ける意思のある私に対して不適切な表現だ」

 男は眉間に皺を寄せて生徒を凝視した。相当に変な奴がやってきたと思ったようだった。
 しかし直ぐに気持ちを切り替えた。生徒が授業を受けたいと言うのなら、それに応えるのが教師の仕事だ。
 簡素なパイプ椅子から立ち上がり教壇に上がる。

「⋯⋯授業を始める」
「うむ。おまえの名前は?」
「⋯⋯ライアル・フォルサーだ」
「ではライアル。よろしく頼む」
「⋯⋯⋯」

 彼女には植物の知識の前に言葉遣いから教えるべきなのではと悩みながら、ライアルは植物学の基礎から話し始めた。
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