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カランコエの花言葉。
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きっと、そういうことなのだ。
モンタさんはわたしを拉致した人たちと少なくとも顔見知りだった。
おそらく顔見知りどころか、モンタさん自身もアチラ側、の人間なのだろう。
怪我をさせられてわたしと共に縛られている様子からして『だった』というべきか。
「モンタさん」
けれど。
あの人ーーあの銀狼の男性は貴族だった。
リルとよく似た顔、同じ銀狼。
思い出して比べてみれば少しだけ掠れてはいたけれど、それでもリルとよく似た低い落ち着いた声音は視界を塞がれていればどちらとわからないだろうほどそっくりで。
あれでまったく血縁関係がないと言われる方が不自然だ。
親類、どころか親子と言われてもきっと納得してしまう。
それほどの類似。
リルはルグランディリアの貴族で。
だとすればそのリルと血縁関係にあるのだろうあの人もまた貴族。
しかもそれ相応の高位の貴族であるはず。
「わたしに『仕事を紹介してくれる知り合い』はあの人だったんでしょう?」
そんな地位の人が平民で、しかも他国の生まれであるモンタさんと『知り合い』になんてなるだろうか?
普通なら知り合いどころか雇用主と被雇用者にすらならない。
ただ利用されるだけ。
「わたしをそう言って連れて来るようにと言われたんでしょう?」
脅しか。
見返りか。
「何を与えられるはずだったの?」
脅しというのは考え憎い。
モンタさんは根無し草だ。
日雇いの仕事を渡り歩いていることからして、きちんと定まった仕事を持つわけでも住居があるわけでもない。
生まれも違う。
家族がそばにいる様子もない。
「ねぇ、モンタさん」
わたしは“壁に手を着いて”立ち上がった。
痛む左足を引きずり、モンタさんの目の前まで歩み寄る。
『お嬢、とっておきを教えてやるよ』
ーーただし痛みに耐える覚悟があるのなら。
護身術だと言っても、大抵の令嬢はせいぜい短刀や簡単な剣術を身につけているくらいだと思う。
わたしみたいに体術だの、まして関節をわざと外しての縄抜けなんて習得しているお姫様なんてまずいない。
なんといっても痛い。
両手の指十本、場合によっては手首の関節も外すとなれば何度痛みに耐えることやら。
しかもはめる時も似たような痛みあるのである。
花よ蝶よと育てられた深窓のご令嬢には最後まで耐えられまい。
それよりは、痛みも苦しみもずっと短くて済む方法を教えられる。
国にも家にもかかる損害を最低限にする方法。
ーー自害。
実際にいざという時の毒を常に身につけている女性をわたしは知っている。
即効性の毒を煽れば、短刀で首を掻き切れば、それができない状態でも舌を噛み切れば。
痛みや苦しみは一瞬で済む。
簡単で、ある意味とても楽で。国にも、家にも、傷は少なくて済む方法。
だけれどわたしが教えられてきたのはむしろ本当にギリギリまで足掻く方法だ。
足掻いて足掻いて、最後まで諦めずに足掻き続けるための技。
わたしの周りの優しい人たちは、一番簡単な方法を選ぶより前に、まず足掻くことを教えてくれた。
だからわたしは足掻く。
時には危険な賭けにも出る。
「……姉ちゃん」
モンタさんは両手の自由なわたしの姿に小さく呻くようにそう声を出しただけだった。
声を上げて人を呼ぶことはせず。
驚きに目を見開いた後は、居たたまれなさの見える表情でただ俯いた。
ーー賭けには勝ったみたいね。
わたしは痛みに悲鳴を上げる指先に顔をしかめながらも、唇の端をほんのわずか、笑みに持ち上げた。
モンタさんはわたしを拉致した人たちと少なくとも顔見知りだった。
おそらく顔見知りどころか、モンタさん自身もアチラ側、の人間なのだろう。
怪我をさせられてわたしと共に縛られている様子からして『だった』というべきか。
「モンタさん」
けれど。
あの人ーーあの銀狼の男性は貴族だった。
リルとよく似た顔、同じ銀狼。
思い出して比べてみれば少しだけ掠れてはいたけれど、それでもリルとよく似た低い落ち着いた声音は視界を塞がれていればどちらとわからないだろうほどそっくりで。
あれでまったく血縁関係がないと言われる方が不自然だ。
親類、どころか親子と言われてもきっと納得してしまう。
それほどの類似。
リルはルグランディリアの貴族で。
だとすればそのリルと血縁関係にあるのだろうあの人もまた貴族。
しかもそれ相応の高位の貴族であるはず。
「わたしに『仕事を紹介してくれる知り合い』はあの人だったんでしょう?」
そんな地位の人が平民で、しかも他国の生まれであるモンタさんと『知り合い』になんてなるだろうか?
普通なら知り合いどころか雇用主と被雇用者にすらならない。
ただ利用されるだけ。
「わたしをそう言って連れて来るようにと言われたんでしょう?」
脅しか。
見返りか。
「何を与えられるはずだったの?」
脅しというのは考え憎い。
モンタさんは根無し草だ。
日雇いの仕事を渡り歩いていることからして、きちんと定まった仕事を持つわけでも住居があるわけでもない。
生まれも違う。
家族がそばにいる様子もない。
「ねぇ、モンタさん」
わたしは“壁に手を着いて”立ち上がった。
痛む左足を引きずり、モンタさんの目の前まで歩み寄る。
『お嬢、とっておきを教えてやるよ』
ーーただし痛みに耐える覚悟があるのなら。
護身術だと言っても、大抵の令嬢はせいぜい短刀や簡単な剣術を身につけているくらいだと思う。
わたしみたいに体術だの、まして関節をわざと外しての縄抜けなんて習得しているお姫様なんてまずいない。
なんといっても痛い。
両手の指十本、場合によっては手首の関節も外すとなれば何度痛みに耐えることやら。
しかもはめる時も似たような痛みあるのである。
花よ蝶よと育てられた深窓のご令嬢には最後まで耐えられまい。
それよりは、痛みも苦しみもずっと短くて済む方法を教えられる。
国にも家にもかかる損害を最低限にする方法。
ーー自害。
実際にいざという時の毒を常に身につけている女性をわたしは知っている。
即効性の毒を煽れば、短刀で首を掻き切れば、それができない状態でも舌を噛み切れば。
痛みや苦しみは一瞬で済む。
簡単で、ある意味とても楽で。国にも、家にも、傷は少なくて済む方法。
だけれどわたしが教えられてきたのはむしろ本当にギリギリまで足掻く方法だ。
足掻いて足掻いて、最後まで諦めずに足掻き続けるための技。
わたしの周りの優しい人たちは、一番簡単な方法を選ぶより前に、まず足掻くことを教えてくれた。
だからわたしは足掻く。
時には危険な賭けにも出る。
「……姉ちゃん」
モンタさんは両手の自由なわたしの姿に小さく呻くようにそう声を出しただけだった。
声を上げて人を呼ぶことはせず。
驚きに目を見開いた後は、居たたまれなさの見える表情でただ俯いた。
ーー賭けには勝ったみたいね。
わたしは痛みに悲鳴を上げる指先に顔をしかめながらも、唇の端をほんのわずか、笑みに持ち上げた。
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