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カランコエの花言葉。
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ジャリ、と敷き詰めた小石を踏みしめる音がした。
強い風が吹き込んできて、ぐるりと円を描くように細かな砂利を舞い上げる。
一部だけ灰色の混じった銀の髪が吹き荒ぶ風に乱れて、白い面に影を落とした。
わたしはふと脳裏に浮かんできた既視感に、目を開く。
強い風の夜。
舞い上がる細かな砂利と、踏みしめて千切れた小さな葉の欠片。
空には月がなくて、小さなカンテラの灯りが白い面に銀色の長い髪の影を落として。
『リディ』
優しい声がわたしを呼ぶ。
『約束を……』
長くて細い、けれどまだ幼さも残る丸みを帯びた指がわたしのーー。
つい、と無遠慮な動きで顎を捉えられて、わたしは我に帰った。
ーー今のは、何?
まるでたまに見る夢の続き。
けれどわたしの中にその記憶はないのだ。
頭の中が混乱しそうになるけれど、現実はそんなものに浸っている状況ではなかった。
顎にかかった指先に、わたしは顔を上向かされる。
至近距離に、不思議な色合いの銀の瞳。
「やはりフランシスカの色の瞳。……髪は茶か。王族ではなく、傍系の娘に偶然出ただけか?」
わたしは何も答えずに黙って睨みつけた。
「例の娘ではないか。それも当然というものだな。下劣な人間の国とはいえ、一国の王族が他国で職探しなどしているはずがない」
例の娘?とはなんだろうか?
「ほぅ、気の強いことだ」
目を逸らさず、睨みつけるわたしを面白い玩具でも見つけたかのように舌なめずりをして見下ろしてくる。
その顔が、ふいに表情を変えた。
わたしの頬を冷たい指先が掠めて、ゾクリと身震いする。
その指が触れたのはわたしの耳。
リルがわたしの耳に着けた耳環。
ーーやめて、触らないで。
それに触れないで。触らないで。
大切なものなのだ。
『あなたを守る』
リルが耳環に込めてくれたその言葉が、怖じ気づく、挫けそうに、何もかも諦めてしまいそうなわたしを支えてくれているのに。
「リルヴィシュアス、奴め、なんのつもりだ」
唸るように呟き、おもむろに耳に触れた指先が意志を持って動く。
肌を滑るその動きに、わたしは激しく抵抗した。頭を振り回し、後退る。
ーーいやだ。いやだ。いやだ。いやだ!
触らないで。とらないで。
渡したくない。
ーー渡さないっ!
わたしは後退りしながら後ろ手に緩く縛った縄から手をスルリと抜いて、夢中で前に突き出した。
伸ばした手の先に触れた胸板をドンっ!と突き飛ばす。
衝撃に痛めたわたしの足首が悲鳴を上げて挫けた。
わたしの身体は土煙を上げて地面に倒れ伏す。
「……よくも。下等な人間の身でこのわしに楯突くか。ーー黒」
苛立ちのこもる声に、自身が差し殺した男の身体を静かに見下ろしていた黒い少年がこちらを見る。
「娘、冥途の土産に教えてやろう。これから自分がどうなるのか。おまえは切り刻まれフランシスカに送りつけられる。ーー心配するな、寂しい思いをするのはわずかの間だ。すぐにおまえにこんなものを与えたリルヴィシュアスもそばに行く」
こんなもの、と言って耳もとに伸ばされた手から守ろうと、わたしは耳に着いた耳環を耳たぶごと手に握り込む。
それに小さく鼻を鳴らして、その人は続けた。
「噂を聞いただろう?あれはな、真実よ。ただし、あれがすべてでもない。ガルドの軍がこの街を襲い、混乱し王都から援軍が差し向けられるその中でわしは内側からこの国の王を討つ。人間ごときに媚びを売り、友誼を結ぼうなどとする愚かな王は獣人には必要ない。おまえにも、その手伝いをさせてやる」
まるで感謝しろと言わんばかりのもの言いで、笑う。その瞳には狂気が見える気がした。
「友誼を結ぼうとしていたはずの国から、傍系とはいえ王家の瞳を持つ娘が無残な姿で送られてきたら、さて、フランシスカはどうするかな?怒り、軍を差し向けてくるか?それとも混乱するかな?どのみち王都はより混乱に満ちる。さすればわしの計画はより容易くなる」
と、勝ち誇るように哄笑していたその声が、止まった。
わたしを見下ろしていた視線が宙に浮く。
その視線の先ーー回廊の赤い屋根の上。
「残念ながら、愚か者はあなたの方です。ですがようやく尻尾を出して頂けて、ありがたいですよ、叔父上」
そこには、銀色の獣がいた。
強い風が吹き込んできて、ぐるりと円を描くように細かな砂利を舞い上げる。
一部だけ灰色の混じった銀の髪が吹き荒ぶ風に乱れて、白い面に影を落とした。
わたしはふと脳裏に浮かんできた既視感に、目を開く。
強い風の夜。
舞い上がる細かな砂利と、踏みしめて千切れた小さな葉の欠片。
空には月がなくて、小さなカンテラの灯りが白い面に銀色の長い髪の影を落として。
『リディ』
優しい声がわたしを呼ぶ。
『約束を……』
長くて細い、けれどまだ幼さも残る丸みを帯びた指がわたしのーー。
つい、と無遠慮な動きで顎を捉えられて、わたしは我に帰った。
ーー今のは、何?
まるでたまに見る夢の続き。
けれどわたしの中にその記憶はないのだ。
頭の中が混乱しそうになるけれど、現実はそんなものに浸っている状況ではなかった。
顎にかかった指先に、わたしは顔を上向かされる。
至近距離に、不思議な色合いの銀の瞳。
「やはりフランシスカの色の瞳。……髪は茶か。王族ではなく、傍系の娘に偶然出ただけか?」
わたしは何も答えずに黙って睨みつけた。
「例の娘ではないか。それも当然というものだな。下劣な人間の国とはいえ、一国の王族が他国で職探しなどしているはずがない」
例の娘?とはなんだろうか?
「ほぅ、気の強いことだ」
目を逸らさず、睨みつけるわたしを面白い玩具でも見つけたかのように舌なめずりをして見下ろしてくる。
その顔が、ふいに表情を変えた。
わたしの頬を冷たい指先が掠めて、ゾクリと身震いする。
その指が触れたのはわたしの耳。
リルがわたしの耳に着けた耳環。
ーーやめて、触らないで。
それに触れないで。触らないで。
大切なものなのだ。
『あなたを守る』
リルが耳環に込めてくれたその言葉が、怖じ気づく、挫けそうに、何もかも諦めてしまいそうなわたしを支えてくれているのに。
「リルヴィシュアス、奴め、なんのつもりだ」
唸るように呟き、おもむろに耳に触れた指先が意志を持って動く。
肌を滑るその動きに、わたしは激しく抵抗した。頭を振り回し、後退る。
ーーいやだ。いやだ。いやだ。いやだ!
触らないで。とらないで。
渡したくない。
ーー渡さないっ!
わたしは後退りしながら後ろ手に緩く縛った縄から手をスルリと抜いて、夢中で前に突き出した。
伸ばした手の先に触れた胸板をドンっ!と突き飛ばす。
衝撃に痛めたわたしの足首が悲鳴を上げて挫けた。
わたしの身体は土煙を上げて地面に倒れ伏す。
「……よくも。下等な人間の身でこのわしに楯突くか。ーー黒」
苛立ちのこもる声に、自身が差し殺した男の身体を静かに見下ろしていた黒い少年がこちらを見る。
「娘、冥途の土産に教えてやろう。これから自分がどうなるのか。おまえは切り刻まれフランシスカに送りつけられる。ーー心配するな、寂しい思いをするのはわずかの間だ。すぐにおまえにこんなものを与えたリルヴィシュアスもそばに行く」
こんなもの、と言って耳もとに伸ばされた手から守ろうと、わたしは耳に着いた耳環を耳たぶごと手に握り込む。
それに小さく鼻を鳴らして、その人は続けた。
「噂を聞いただろう?あれはな、真実よ。ただし、あれがすべてでもない。ガルドの軍がこの街を襲い、混乱し王都から援軍が差し向けられるその中でわしは内側からこの国の王を討つ。人間ごときに媚びを売り、友誼を結ぼうなどとする愚かな王は獣人には必要ない。おまえにも、その手伝いをさせてやる」
まるで感謝しろと言わんばかりのもの言いで、笑う。その瞳には狂気が見える気がした。
「友誼を結ぼうとしていたはずの国から、傍系とはいえ王家の瞳を持つ娘が無残な姿で送られてきたら、さて、フランシスカはどうするかな?怒り、軍を差し向けてくるか?それとも混乱するかな?どのみち王都はより混乱に満ちる。さすればわしの計画はより容易くなる」
と、勝ち誇るように哄笑していたその声が、止まった。
わたしを見下ろしていた視線が宙に浮く。
その視線の先ーー回廊の赤い屋根の上。
「残念ながら、愚か者はあなたの方です。ですがようやく尻尾を出して頂けて、ありがたいですよ、叔父上」
そこには、銀色の獣がいた。
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