一方通行な運命の人はただの迷惑でしかないと思います。

黒田悠月

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婚約破棄ですか、喜んで。

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「--そうだ。とりあえず貴様が嫁ぐ際に我が家が受け取る予定だった持参金。それをそのまま渡してもらおう。あと、貴様が会長という名目の商会。あれももらおうか」

最初から決めていたのだろうに、カールは少し考える素振りを見せてから私に対する見返りとやらを要求した。

持参金、と商会か。
ようするに金ということ。

想定通りの要求に、私は失望を禁じ得ない。
せめてこちらが予想もできないような見返りでも求めてみせてくれたらいいのに。
こんな底の浅い愚かな人間に、一時的にでも惹かれていた自分が情けない。

--確かにお金は必要なんでしょうけれど。

私は前世の知識を利用して様々なビジネスを行っている。
それらは農耕から服飾、レストランに美容と多岐に渡り、その多くはフランデル伯爵家の主、つまり私の父の名義となっており、アイデアや助言はするものの実質動かしているのも父だ。しかし一つだけ私自身が会長として動かしている商会がある。

ディアナ商会--美貌の女神と呼ばれる月の女神ディアナから名を借りたその商会の商品はリゾート。

王都内の一等地と自領の山裾に一つずつ。
貴族の奥方やご令嬢向けのお宿を経営しているのだ。

王都のものはバリリゾート風に。
自領のものは純和風に。

それぞれテイストを変えて、レストランは四季によって食材やメニューを変え、自領の純和風お宿には露天風呂に浴衣も用意している。
メインはエステ。
 
これらは大盛況で、予約は半年先までびっしり埋まっている。


カールは私にできるのなら自分にもできると思ったのか、真似て、というかまんまパクりのお宿を作った。が、私のお宿はこれまでの我が領の研究の集大成だ。
レストランの料理一つとっても、エステで使用する化粧品やオイルにしても。
 
私の拙い前世の記憶から、少しずつ自分で検証して、父や領民に協力してもらって、何度か失敗もしながら作り上げたものを使っている。

簡単に真似できるはずもなく、カールは結構な額の負債を負って3ヶ月もしないうちにお宿を閉じた。
借金返済と、粗悪品のオイルや化粧品で肌の荒れたご夫婦への慰謝料でグローデル伯爵家は荘園をいくつか手放し、お宿の建物や土地も売った。
当然貴族間のグローデル伯爵家への信用もガタ落ちで、カールは父親--グローデル伯爵に散々叱られたうえでお小遣いをすべて取り上げられて、一切自由になるお金がないらしい。
必要な時はきっちり用途を説明した書類を提出して、承認がおりてやっともらえる状態らしい。

私からしたらまだ甘いと思うけれど、カールのご両親、特にお母様は親バカの気があるからね。

「あら?おかしいですわね?持参金はすでにお受け取りになっているはずでしてよ?」

そう、あなたのお父様に懇願されて、私の持参金であなたのお宿や土地を本来の価値の倍値で我が家が買い取った。場所だけは良かったから、今度は貴族男性向けのカジノにする予定で今は改築中だ。

「そもそも私としてはあなたの愛人など願い下げですから、そちらが私との婚約を破棄すると言うなら持参金も返して頂かなければなりませんわね?」

私が扇の奥でにっこり笑って言うと、カールは「ふざけるなっ!」と激高して私に手を伸ばした。

私はその手を扇で叩き落とすと、傍らのサイドテーブルから、紙の束を逆にカールの顔面へとぶちまけた。

はらりはらりと落ちる何枚もの、何十枚ものそれは、彼が行ってきた罪の証。
ささいなものもあるけれど、せっかくだからすべて清算してもらうことにしよう。

「ところで、私が浮気女というのはどういうことかしら?」

ああ、かわいそうにあんなに震えて。
大丈夫。
すぐに助け出してあげるから。

私は胸の中でカールの後ろで震えているまだ幼い少女に語りかけ、パチンと音を立てて手の中で鉄芯の扇を閉じた。


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