一方通行な運命の人はただの迷惑でしかないと思います。

黒田悠月

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婚約破棄ですか、喜んで。

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見上げるカールの顔が見る間に真っ赤に染まった。
ひくひくと唇をひくつかせて、

「黙れ!黙れ!黙れ!!」

狂ったようにわめき散らすと両手を振り回して自身の首に半ば食い込んだ扇を払う。
私の扇は特製のお気に入りだ。

結果、振り回した手の甲を強かに鉄の棒に打ち付けた形になった。自分で。

「……ぐ、ぅ」

痛そうですね。
自業自得ですけども。

「……ふん。平民如きの証言がなんになる。そんな紙切れもまともな証拠になどなるものか」

ちょっぴり涙目で睨まれても迫力に欠けますわよ?
なんていう私の内心になぞまったく気付く様子もなく、痛みで逆に少し落ち着いたのだろう。カールはふん、と鼻の穴を広げて何故か胸の前で腕を組むと、私を見下ろしてきた。

「自分の浮気をそんな戯れ言で誤魔化そうとは、馬鹿な女だ」
「犯罪者に言われたくありません」
「黙れ!!このアバズレがっ!」

もうやだ、この馬鹿。

「では何故私がアバズレだと?」

そのように言われることをした覚えはありませんけどね?あなたと違って。

「貴様が商談と称して男と会っていることはわかっているのだ。それも何人もの男と!」
「なんだそんなことですか」

私は呆れて肩をすくめた。
商談と称してって、商談なんですけどね。

「私は一応ディアナ商会の会長をしておりますからね?取引先の方と会うことは当然ございます。ですが決して二人きりでは会いませんし、いかがわしい真似をしたこともありませんわよ?」
「嘘をつけ!」
「失礼な。だいたいあなたなんて浮気どころか『運命の女性』(笑)ですか?この場に女性を連れてきているではないですか」

つい視線を向けてしまうと、もはや座り込んでギュッと耳と目を塞いでいた女の子は気配を感じたのか、自分の話題になったからか、びくっと肩を上げた。滑らかに肩に流れ落ちる髪の隙間から覗く特徴的な長く尖った耳がピクピクと震える。

『運命の女性』とはなるほどと思う。
確かに、ロリコンのカールにとっては理想の女性だろう。

--エルフ族。

私はユグドラシルのプレイヤーにその種族を選ぶ人間がわりといたから見たことはある。
まあ、前世の記憶の中だけれど。

非常に長寿で、10才前後から身体の成長が緩やかになって、成体になるまでに200年ほどかかるという。
カールからすればまさに『運命の人』だろう。
だってカールが生きている間、ずっと幼い姿のまま成長しないのだから。

『原住民』のエルフ族は森の奥深くに集落を作りそこから出てくることがほとんどない。
だから人の国であるこの国で見ることはものすごく珍しい。
私だってリディアになってからは見たのは初めてだ。

そんなことを思っていると、執事長が一度廊下の奥に引っ込んでから、私のもとにやってくると手にした書類を渡してくる。
私はそれに目を通して、唇を歪めた。

ロリコンカールとエルフの少女だなんてなんて出来すぎた出会い、と思っていたけれど。
そういうことか。
書類は諜報の情報で、彼女は最近この国にやってきた『裏』の見せ物屋が商品としていたらしい。
なるほど、そこならエルフがいてもおかしくない。
私は自分の懸念が少し薄れたことにほっと息を吐いた。そういうことなら、二人の出会いにが関わっている可能性は低いだろうか、と。

それを昨日、ロリコンカールが見つけて貴族の地位をひけらかして強引に買い取った。
店には前金だけ払って、残りは後払いだとしたそうだから、店も迷惑な客だったでしょう。
もしかしてその残りを私からせしめるつもりだったのかしら。

--愚かな人。

『運命の女性』に舞い上がってその勢いで私を呼び出して婚約破棄しようとするなんて。
しかもやってこない私に焦れてこちらにやってきた。

何故わざわざ『運命の女性』を連れてきたんだか。
破棄もしてないうちに他の女性を婚約者の家に連れてくるなど自分で自分の首を絞めているだけ。
きっと深く考えもせずに勢いで連れてきちゃったんでしょうね。
あるいは私に自分には他に『運命の女性』がいるのだと見せつけたかった?
どちらにせよ、これ以上ない悪手ですが。

「私が取引先の男性と話をする際は、必ず女性の付き人を伴った上で商業ギルドにお願いをして一人寄越して頂いております。貴族の令嬢が婚約者でもない男性と密室に二人きり、なんてありえませんからね?あなたはご存知ないようですか、貴族の女性が商談をする場合、商業ギルドから人を呼んで『商談』であることを証明して頂くのは、商売に関わる女性なら誰でも行っている常識ですわよ?つまりあなたのおっしゃる浮気の事実はございませんし、それを証明することもすぐにできます」

私は一息に言い切って、小さくため息をついた。
もう馬鹿げた茶番は飽き飽き。
そろそろ終わりにしましょう。

「比べ、あなたは婚約者のある身でありながら他の女性を『浮気の女性』とおっしゃっている。たとえあなたの罪が証明出来なくとも、私がこのことを理由に破棄を申し入れるのは、十分に可能です。それと」

私はぱちん、と指を鳴らした。
いい感じにきれいな音が鳴る。
この時のために練習しておいたかいがあったわ。

部屋の中に、待機させていた我が家の家人たちが一斉に入ってくる。
彼らはカールを手早く拘束すると、膝をつかせた。

「我が国は奴隷制度を禁止しています。『裏』の見せ物屋はそれに抵触していますから犯罪ですし、そこから『商品』を買うことも当然犯罪です。あなたがそちらの『運命の女性』を見せ物屋で購入したことはすでに捕らえられた店主が牢屋で証言したそうです。幼い少女に対する性的暴行、それに貴族令嬢である私への度重なる侮辱、そうして人身売買。さて何年牢に入ることになるのかしら?あ、そちらのお嬢さんはこちらで保護させてもらいますからご心配なく。--連れていって」


この時、私は首尾よくロリコン犯罪者カールをざまぁできて、油断していた。

そうそうないシチュエーションに知らず興奮していたというのもあるのだろう。

だからか--。
ふらりとエルフの少女が立ち上がった時、何も考えずに手を差し伸べた。

差し伸べて、しまった。
彼女は、ふらふらと私に近づいて、

ドンっ!と抱きついてきた。

「もう、大丈夫よ」
--必ず私があなたの家族を探して……。

言いかけた、声が--。

「……ごめんなさい。でも、こうしないと家族が」

涙に濡れた瞳が私を映す。
そっと襟の中から取り出されたは。

細い鎖の先の、一件ただのペンダントに見えるは。

--魔導具。

楕円形の、琥珀。
その内側に仕掛けられた。

発動のキーは、私の瞳?

私の瞳を映した琥珀がキラリと光を放つ。
黄色と白の混じった光。
それは帯のように煙のように揺らめいて、私の足下に光を放つ魔法陣を描き出す。

足が、張り付いて動かない。

私は抱きついた少女を思い切り両手で突き飛ばした。
私と違って捕らわれてはいない少女の軽い身体は突き飛ばされた勢いで陣の外に出て尻餅をつく。

--後を、お願い。
と、慌ててこちらに駆け寄ろうとする執事長に声に出さずに目配せする。

私は少女を突き飛ばすついでに指先で引きちぎった鎖の先の琥珀を見下ろした。
どんどん重くなる腕で、手の中に閉じた鋼鉄の扇を握り込む。

魔法陣の紋様は--転移。

「……ふっざけんじゃないわよっ!ロリコンの次はストーカーとか、冗談じゃないってーのっ!!」

私は叫んで、手の中の、扇の先端を--。
琥珀に向けて、振り下ろした。 



まばゆい光が視界を閉ざして、すべてが消えた。










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