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迷子になりました。そして保護されました。
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私の進み方は一貫している。
曲がり角の壁を盾にタイミングを計って飛び出しライフルの一斉照射。
いったん壁の後ろに戻って息を整えてから、進路の安全を確認。ライフルを構えたまま一気に通路を走り抜ける。
横道があれば敵の姿があるないに関わらずとりあえずライフル連射で弾を叩き込む。
それをずっと繰り返し繰り返し。
あと一つ、角を曲がれば残りは100メートルほどの直線を駆け抜ければ転職の間に戻ることができる。
ライフルを打ち続けるのも、ただ持ち上げ続けるのでさえ、走り続けるそれだけのことでさえも、今の私にとっては結構な重労働で。
しかも一番キツいのがまさかのお腹だとは。
ポーションの飲み過ぎでお腹はタップタプ。
薬の飲み過ぎのようなものなのか、胃もキリキリと痛い。
気持ちも悪いし、ずっしりと重い。
私は壁を背に立ち止まったところであまりの気持ち悪さに吐きそうになった。
頭の隅では気配察知のスキルで先の状況を確認すべきなのだろうとわかっていた。
でなければせめて壁から顔だけでも出して肉眼で確認するか。
けれどもすでにその気力さえない。
立って壁にもたれているだけで精一杯。
あと少し。
あと少しでちゃんと休めると自分に言い聞かせていないと、完全に気力が絶えてへたり込んでしまいそうだ。
「あちょ、少し……」
うぷ、となりながらもスキルポーションの瓶に口を着けるけれど、半分も飲み込めないまま瓶は手の中をすり抜けて床に落ちた。
瓶は中身をこぼしながら通路を中ほどまで転がって止まる。
私はそれを目で追って、
「……う、そ」
と、息を飲んだ。
ダンジョン内の床や壁は傷ついても自動的に修復される。そのせいでダンジョンという所は意外なほど凹凸がない。
転がっていった瓶は何もなければそのまま壁まで転がっていくか途中でコロコロ左右に揺れ動くか。
なのに私が落とした瓶は通路の中ほどでピタリと止まった。
そこに溜まった水溜まりのせいで。
水溜まりというよりは油溜まりという方がよりちかいかもしれない。
どろりと黒いそれは、まるでコールタールのよう。
けれども私は知っている。
ユグドラシル・オンラインの知識の中にそれはあったから。
エンカウント。
頭の中にその単語が浮かんだ。
通常ゲームなどで敵に接触することを示すそれは、ユグドラシルの中では特にある状況を示す。
ユラユラとコールタールが揺れる。
動揺に揺れる私の目に、その中から太い指先がズルリと這い出るのが見えた。
ズルリズルリと、指先から肘まで、頭の中ほどまで。
這い出てくる異形。
ダンジョンから魔物が生まれてくるその瞬間。
それに遭遇することをエンカウントと言う。
それは見た目は似ているけれど、これまでに見たミニマム・モンキーよりもずっと大きかった。
指の太さ、首の太さだけでもふた周り以上もある。
--ビッグモンキー。
そっと後ずさりしたその時、赤い2つの瞳と目が合った。
「……っ!」
生存本能というものだったのかも知れない。
刹那。
私はライフルを向けることもできず、ただそれから身を背けた。
逃亡、というその選択を、私の身体は無意識の内に
選んでいた。
身を翻した私の肩に重くて硬い何かがぶつかる。
鋭い痛みが走って、そのすぐあとに熱い何かが身体の奥から吹き出して腕を伝い落ちる。
子供の小さい身体で良かった。
大人であれば振り下ろされた鋭い爪は肩でなくもっと別の場所をえぐっていただろうから。
私はそう思いながら闇雲に小さい身体をより縮めて走り出す。
ズキン、ズキン、ズキン。
脈が打つたびに激しい痛みが走るけれど、足を止めてしまえば死ぬ。
ライフルは痛みに取り落としてそのままだ。
拾っている余裕はない。
ただ走る。
通路をただ戻るのではなくより細い、狭い横道に、横道に入っていく。
私でさえ狭いと感じる道というよりも隙間というべき通路を抜け、狭い入り口が一つだけの小部屋に入って。
ほんの少し足を緩めた瞬間に、私の身体はベチャリと無様に床に崩れ落ちた。
ピチャン、と音がする。
血が止まらない。
部屋の隅にうずくまって、ただひたすら何も来ないでと祈ることしかできない。
転職をして、いくつかのスキルを覚えて、チート武具を手にしてみても、やっぱりゲームみたいにはいかない。
--現実って厳しいものよね。
自分が『リーナ』になったことも、ダンジョンにいたことも、魔物たちも。
すべてがまるでゲームの世界のようで。
いつの間にかゲームそのものをしているような気になっていた。
「わたち、ここで死ぬのね」
こうなってしまうと、カールにさえ感謝してしまいたくなる。
子供心の、わずかな時間だったとはいえ、私は確かにカールのことを特別な人だと思っていたから。
誰に恋をすることもなく死んでいくよりは、あんな人でも恋をしていたという事実は、恋を知らずに死んでいくよりは、ずっと幸せな気がする。
血が足りないのか、先ほどから手足の感覚がない。
けれど身体の中心はひどく冷たくて、寒い。
目の前は真っ暗。
……どこかで、足音がした。
そんな気がしたけれど、もう顔も上げられない。
わずかに、ほんのわずかに意識の片鱗が残っているだけなのだ。
「--子供?こんな場所に」
声が聞こえた気がしたけれど、きっと、気のせい。
でなければ誰かに助けてほしい、と願う私の脳が勝手に作り出した妄想。
完全に意識が消える前、私は自分の身体がフワリと浮き上がったように感じた。
けれど、それもきっと命が消える前の意識の混濁が作り出した幻想なのだろう。
「もう、大丈夫だ」
優しい声も、きっと--。
曲がり角の壁を盾にタイミングを計って飛び出しライフルの一斉照射。
いったん壁の後ろに戻って息を整えてから、進路の安全を確認。ライフルを構えたまま一気に通路を走り抜ける。
横道があれば敵の姿があるないに関わらずとりあえずライフル連射で弾を叩き込む。
それをずっと繰り返し繰り返し。
あと一つ、角を曲がれば残りは100メートルほどの直線を駆け抜ければ転職の間に戻ることができる。
ライフルを打ち続けるのも、ただ持ち上げ続けるのでさえ、走り続けるそれだけのことでさえも、今の私にとっては結構な重労働で。
しかも一番キツいのがまさかのお腹だとは。
ポーションの飲み過ぎでお腹はタップタプ。
薬の飲み過ぎのようなものなのか、胃もキリキリと痛い。
気持ちも悪いし、ずっしりと重い。
私は壁を背に立ち止まったところであまりの気持ち悪さに吐きそうになった。
頭の隅では気配察知のスキルで先の状況を確認すべきなのだろうとわかっていた。
でなければせめて壁から顔だけでも出して肉眼で確認するか。
けれどもすでにその気力さえない。
立って壁にもたれているだけで精一杯。
あと少し。
あと少しでちゃんと休めると自分に言い聞かせていないと、完全に気力が絶えてへたり込んでしまいそうだ。
「あちょ、少し……」
うぷ、となりながらもスキルポーションの瓶に口を着けるけれど、半分も飲み込めないまま瓶は手の中をすり抜けて床に落ちた。
瓶は中身をこぼしながら通路を中ほどまで転がって止まる。
私はそれを目で追って、
「……う、そ」
と、息を飲んだ。
ダンジョン内の床や壁は傷ついても自動的に修復される。そのせいでダンジョンという所は意外なほど凹凸がない。
転がっていった瓶は何もなければそのまま壁まで転がっていくか途中でコロコロ左右に揺れ動くか。
なのに私が落とした瓶は通路の中ほどでピタリと止まった。
そこに溜まった水溜まりのせいで。
水溜まりというよりは油溜まりという方がよりちかいかもしれない。
どろりと黒いそれは、まるでコールタールのよう。
けれども私は知っている。
ユグドラシル・オンラインの知識の中にそれはあったから。
エンカウント。
頭の中にその単語が浮かんだ。
通常ゲームなどで敵に接触することを示すそれは、ユグドラシルの中では特にある状況を示す。
ユラユラとコールタールが揺れる。
動揺に揺れる私の目に、その中から太い指先がズルリと這い出るのが見えた。
ズルリズルリと、指先から肘まで、頭の中ほどまで。
這い出てくる異形。
ダンジョンから魔物が生まれてくるその瞬間。
それに遭遇することをエンカウントと言う。
それは見た目は似ているけれど、これまでに見たミニマム・モンキーよりもずっと大きかった。
指の太さ、首の太さだけでもふた周り以上もある。
--ビッグモンキー。
そっと後ずさりしたその時、赤い2つの瞳と目が合った。
「……っ!」
生存本能というものだったのかも知れない。
刹那。
私はライフルを向けることもできず、ただそれから身を背けた。
逃亡、というその選択を、私の身体は無意識の内に
選んでいた。
身を翻した私の肩に重くて硬い何かがぶつかる。
鋭い痛みが走って、そのすぐあとに熱い何かが身体の奥から吹き出して腕を伝い落ちる。
子供の小さい身体で良かった。
大人であれば振り下ろされた鋭い爪は肩でなくもっと別の場所をえぐっていただろうから。
私はそう思いながら闇雲に小さい身体をより縮めて走り出す。
ズキン、ズキン、ズキン。
脈が打つたびに激しい痛みが走るけれど、足を止めてしまえば死ぬ。
ライフルは痛みに取り落としてそのままだ。
拾っている余裕はない。
ただ走る。
通路をただ戻るのではなくより細い、狭い横道に、横道に入っていく。
私でさえ狭いと感じる道というよりも隙間というべき通路を抜け、狭い入り口が一つだけの小部屋に入って。
ほんの少し足を緩めた瞬間に、私の身体はベチャリと無様に床に崩れ落ちた。
ピチャン、と音がする。
血が止まらない。
部屋の隅にうずくまって、ただひたすら何も来ないでと祈ることしかできない。
転職をして、いくつかのスキルを覚えて、チート武具を手にしてみても、やっぱりゲームみたいにはいかない。
--現実って厳しいものよね。
自分が『リーナ』になったことも、ダンジョンにいたことも、魔物たちも。
すべてがまるでゲームの世界のようで。
いつの間にかゲームそのものをしているような気になっていた。
「わたち、ここで死ぬのね」
こうなってしまうと、カールにさえ感謝してしまいたくなる。
子供心の、わずかな時間だったとはいえ、私は確かにカールのことを特別な人だと思っていたから。
誰に恋をすることもなく死んでいくよりは、あんな人でも恋をしていたという事実は、恋を知らずに死んでいくよりは、ずっと幸せな気がする。
血が足りないのか、先ほどから手足の感覚がない。
けれど身体の中心はひどく冷たくて、寒い。
目の前は真っ暗。
……どこかで、足音がした。
そんな気がしたけれど、もう顔も上げられない。
わずかに、ほんのわずかに意識の片鱗が残っているだけなのだ。
「--子供?こんな場所に」
声が聞こえた気がしたけれど、きっと、気のせい。
でなければ誰かに助けてほしい、と願う私の脳が勝手に作り出した妄想。
完全に意識が消える前、私は自分の身体がフワリと浮き上がったように感じた。
けれど、それもきっと命が消える前の意識の混濁が作り出した幻想なのだろう。
「もう、大丈夫だ」
優しい声も、きっと--。
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