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プロローグ

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「ひぁぁっ……!?」

 階段の踊り場に木霊する絶叫と、ゴンッ!という派手な音と、ゴロゴロと転がり落ち身体中あちこちぶつけまくる衝撃と共に、私は『わたし』を思い出した。

 同時に、私自身の愚かしさと浅はかさにも――気づいて、頭を抱えたくなった。

 私、マリエッタ・モンターニュはモンターニュ子爵の次女――つまり子爵令嬢だ。
 家は下位とはいえ貴族で、お屋敷のお嬢様。
 柔らかなピンクブロンドの髪にサファイア色のぱっちりとした瞳。すっきりとした高い鼻に形の良いふっくらとした唇。顔は自他ともに認める美少女で、身体も小柄で華奢だけれど小顔なので全体のバランスは整っている。
 欲をいえばもう少しボン、キュ、ボンになりたかったけれど、胸だって小さすぎるというわけではない。

 物心つく頃から、両親にも年の離れた兄からも可愛い可愛いと溺愛されてきた。
 主がそれだから当然周りの人間もちやほやする。
 二つ年上の姉が陰気な地味眼鏡で祖母譲りのこげ茶の髪に瞳のデブなだけに、余計。

『わたし』を思い出した今ならなんとなくわかる。
 私たちの母は華のある美人だけど派手好きで新しモノ好きで宝飾品の類も大好きでやたらと芸術家(新進気鋭らしい若者もちろん美男に限る)のパトロンになりたがるというお人だ。
 そうなると当然金使いも荒い。
 堅実に子爵家の女主人を長年努めてきた姑、つまり祖母とはひっじょーっに折り合いが悪かった。
 というか、祖母は生前、孫の私たちの前ではっきりきっぱり『わたくしはこの結婚には反対だったのよ!』とか口癖のように言っていたしね。
 母も母で口うるさい姑を蛇蝎の如く嫌っていた。
 二人の仲を取り持つべき父と祖父は気弱な質で間に立ってオロオロするばかり。
 それでも領地経営はしっかりしているし、祖父が投資で当てた資産ががっぽりとあるおかげでそうそう破産しないだけのお金はある。
 だからこそ派手な美人の母が地味で平々凡々な父を落として嫁いできたのだが。
 

 姉は、そんな母が嫌う姑に見た目が良く似ていた。
 地味で平凡な顔立ちにこげ茶の髪と瞳。
 お気の毒なことに太りやすい体質まで遺伝していた。
 
 祖父母が同居していた頃まではまだ良かったが、私が3才の頃祖父が身体を壊したのを契機に祖父母は療養で田舎
に移って――そこから母の姉に対する躾という名の虐待と差別が始まった。

 私は素直で可愛くて誰からも愛される『特別』なコ。
 姉は地味でだらしないデブでそんなだから誰からも愛されない。

 物心つく頃からそうやって差別化されて持ち上げられて私の欲しいものは全部与えられて、すぐ側に姉というわかりやすい格下がいる。


――うーん、もはや立派な洗脳だよね。コレ。

 実際には私が『特別』だからとかじゃなくて単純に母が祖母に対する鬱憤やらを良く似た顔で、でも自分には逆らえない姉という存在にあたっていただけ。

 だいたい散々特別特別言われてきたけれど。
 私って我儘放題に育てられただけに勉強は嫌いだし箱入り娘だから世間の常識だのにも疎い。家の外に出たことだってほとんどないのだから身体を動かすといえばダンスのレッスンくらい。なので運動神経はすっからかん。
 楽器はいくつか習ってきたけれどどれもご令嬢の手習いレベル。刺繍に至っては壊滅レベル。刺繍の腕前の前に絵心というかセンスがないのだ。
 そして魔力は中の下。

 え?よく考えたら何が『特別』なの?って話だし。
 見た目?は良いけど。
 まあ見た目だけは極上ですけどね?
 でも貴族って美形率高いんだよ。
 ただ顔がいいだけの美少女なんてものに私や母親が思うほど需要はない。
 
 なのだけれどそんな中で育てられた私がちょっと(?)我儘で頭がお花畑で顔だけのカンチガイ令嬢になったとしても、それはもうしょうがないんじゃないかと思う。

『わたし』を思い出した私からすると、これまでの私――マリエッタ・モンターニュは小説や漫画の中のヒロイン。しかも主人公が悪役令嬢もののザマァ要員なヒロインそのもの。
 
 私は定番の階段落ちの直後、前世の日本人だった記憶を思い出し、そのことに気づいたのだ。

 しかもすでに相当、周りからのヘイトを溜め込んだ後であると。
 
 


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