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第64話 猛烈に焦る 

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 Aと一緒にいると確かにときめく。時間も光の速さで過ぎていく。けれど同時に息苦しさも感じ始めていた。
 俺はどんなに深い付き合いとなっても花壇のルールに従い、Aには素性を明かさなかった。また、Aに対してもA自身から語るにはよいが、こちらからプライベートな質問は一切しなかった。それはAも同じである。
 されどAが相当な高所得者であり、生活水準も俺と比べてはるかに高いのは間違いない。持ち物や衣服、車などはほぼ海外のハイブランド。また、所作はスマートかつ品位があり、食事のマナーも完璧だ。
 これは付け焼き刃的なものではない。子供の頃からかなりの時間とお金を投資して身につけたものだと俺でもわかる。きっと上流階級に位置する家庭で育ったのだと思う。
 俺みたいに風呂場をカビの繁殖地にしたり、洗濯物を生乾きにさせて臭くさせたりするような、無精でユルユルの生活環境ではないのだ。
 したがって俺は、Aと釣合う男にならなければいけないと思うようになった。加えて、Aに恥をかかせてはいけない。幻滅させてはいけない。品行方正で心清らかな、Aご自慢の彼氏にならなくてはいけないと。
 また、Aも暗にそれを求めていた。決して言葉や態度には出さないが、いつも無言のプレッシャーをかけてくるからだ。
 けれど本当の俺は、根性曲がりでずぼらな男だ。実家はいたって庶民的。冬は茶の間にコタツとミカン。夏はスイカやトウモロコシと麦茶という環境で育った。Aのように、親族が頻繁に高級ホテルへ集まり、お茶会だのお食事会だのという世界とは無縁である。
 ではどうしたらいいのか。そんなの決まっている。被り物だ。
 花壇用のものはもってのほか。会社用でも隙があり過ぎる。もっと重くて分厚い被り物を用意しなければならない。そうしなければAに捨てられてしまう――俺は猛烈に焦った。
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