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第21話 逃亡の記憶~叔父の宣言

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  この後、二階の部屋の仕分けは陽子叔母、忠敏叔父は二階から玄関までの運搬、そして安堂はこれらを玄関から車へ運ぶ作業に入った。
  父は恨めしげにその様子を見ていたが手伝おうとはしない。また、二階の安堂の部屋では義理の弟が姑息にも仕分けの邪魔をしているようで、陽子叔母の厳しい叱責の声が聞こえた。
  こうして小一時間ほどで作業は終わり、車内は荷物で満載となった。近所の人達が遠巻きでこちらを見ている。迷惑極まりない騒音と荷物の移動に興味津々というよりは痛ましいという表情だ。
「徹哉」
 忠敏叔父が安堂を歩道へと促す。叔父が何を言いたいのかは解っていた。
「あの……」
 心配顔の隣人達へ安堂は声をかける。 その後ろには忠敏叔父と陽子叔母。
「僕、今日から親戚の家に行きます」
  途端、皆が駆け寄って来た。「どうしてこんなことに」「もう帰ってこないのかい」「学校はどうするの」――声を詰まらせ安堂に聞く。安堂もまた涙で視界はゆがみ、返す言葉もままならない。
  そこで忠敏叔父が一歩前に出る。
「私は徹哉の叔父の、安堂忠敏と申します。徹哉の父の兄です」
 丁寧に頭を下げる。
「こちらは妻の陽子」
 陽子叔母も頭を深く下げる。
「このたびはお騒がせして申し訳ございません。事情はお察しの通りです。このような結果となり、兄として情けない限りです。私共は隣町に住んでいます。徹哉は今日から私共と暮らします。転校はせず、希望する大学へも進学させ、責任を持って面倒を見ます」
 忠敏叔父の言葉で周囲に安堵の空気が広がる。陽子叔母が続ける。
「私共は徹哉を小さい頃から実の子のように可愛がって来ました。ですからどうか心配なさらないで下さい」
 すると一人の老婦人が涙をふきながら遠慮がちに聞く。
「あの……徹哉君の奥さん、今どうしていらっしゃるんでしょうか」
「お恥ずかしい話ですが、分からないのです。けれど実家で暮らしているとは弁護士を通して聞いております」
「そうですか……いえ、元気でいればいいんです。ほんと、それだけで」
 周りもホッとした顔でうなずく。
「そして今後のことですが、このような状況となりましたので――」
 忠敏叔父が騒音の鳴り響く家へ忌々しげに視線を向ける。
「私共には一切の気兼ねをせず、迷惑行為に対しては迷わず警察に通報し、厳しく対処願います。法的手段に訴えてもかまいません。弟にはそれについて念書を書かせますので」
  念書と聞いて安堂は息をのむ。だが弟の不始末の詫びや周囲への気配り、加えてそれに伴う対処法を冷静に説明する忠敏叔父の姿を将来の手本として心に刻む。
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