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第101話 迷いと決断の狭間で

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「……坂巻君」
 安堂が静かに言った。すると坂巻は、この膠着状態に助け船を出してもらえると思い、期待の目で安堂を見た。
「君は、どうしたいんだ」
「え……?」
 予想外な問いに坂巻の言葉は詰まる。「石橋とはこれからも関係を続けたいのか。それとも別れたいのか。これって、俺が口を出すことではないような気がするんだ」
「何で急に……そんな」
「ふん。やっと気づいたか。これはオレと俊幸との問題だ。部外者はとっとと帰れ!」
 してやったりと石橋が口を挿む。
「そんな……」
 坂巻の、今にも泣きそうな声。
「あのな。坂巻君。勘違いするなよ。俺は、自分の首が繋がったからあとは知らんから勝手にしろなんていう意味じゃない。ただ、自分はどうしたいのか俺は聞きたいんだ。それに沿って俺は全力で坂巻君を援護するつもりだ……あの夜と同じようにな」
 安堂は坂巻を真っ直ぐに見つめる。すると坂巻も、迷いと決断の狭間で安堂を見た。
「俺さ、物事ってなるようにしかならんような気がするんだ。いくら流れに逆らっても元々の源流というものがあって、それには絶対に勝てないように思うんだよ。そして、それこそが完璧な正解なんじゃないかってな」
 父の浮気と家庭崩壊。忠敏叔父夫妻との生活。トラウマと悪癖。仕事と嫉妬。女との確執。そして高稲のボイスレコーダーによるどんでん返しと、それを所持した経緯。それらが織りなす人生と言う名の大河を安堂は実感していたからだ。
「おいおい。随分と哲学的じゃないか」
  石橋が茶化す。だが安堂は続ける。「坂巻君。損得勘定なしに自分の口から自然に出た言葉を信じろ。それが答えなんだから」
「……」
 坂巻は改めて己を振り返る。かばってもらおう、守ってもらおう、どうにかしてもらおうとばかり考えていた自分のことを――

 僕は悲劇のヒロインよろしく自分に酔っていたのかもしれない。ずっと前から石橋との逢瀬の度に、このままでいいのかと悩んでいるくせに、それをセックスでいつも誤魔化していた。でもそんな自分を嫌いながらも独りになるのが怖くて悩んでいたが、これもまた楽しかったのかもしれない。
 石橋は僕を見抜いていた。とうに離れてしまっている心を知っていた。言葉には出さねど深い絶望と悲しみを僕と逢う度に味わっていたのだ。そんな中で、過酷なノルマと足の引っ張り合いが日常茶飯事の荒んだ職場という地獄で石橋は孤独に戦い、結果、心に大きな傷を負い、変わってしまったのだ。それは僕にも責任がある。
  けれど、あの温室と小屋で石橋が僕にした仕打ちは恋人に対するものではない。録音されていた会話にも愛情のひとかけらも見受けられなかった。悲しかった。涙が出た。けれどそれでも姑息に決断から目を逸らし、誰かに解決してもらおうと逃げ回っていた。
  今、僕は石橋に駒と呼ばれている。これが僕の言動の成れの果てだ。自業自得そのものだ――
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