『むらさき』殺人事件

『むらさき』

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「翻訳者の正体」ーなぞの消された作品あるいは何か偶然の産物なのかもしくは...

前編「著作」

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 東京の大学院生、橋本悠馬は、秋の夜、薄明かりの研究室で一人黙々と論文に取り組んでいた。疲れた目を休めるため、彼は作業を一時中断し、デスクの上に置かれたコーヒーカップを手に取った。

 あるネット記事を見ていると、翻訳者の名前が目についた。

「瀬戸雄介」―研究の息抜きに彼は暇つぶしに始めた、彼の著書の調査だ。

 彼の興味は徐々に瀬戸雄介に向かい、インターネットの海を漂流するうちに、手に入る情報はごくわずかなものだった。彼の著したとされる翻訳物のリストは存在しているが、その彼自身のプロフィールや写真は一切見つからない。

 著書(訳)

 アレクサンダー・リペルンスキー「傲慢の果てに」 露語"В конце гордости." (V kontse gordosti.)

 アレクサンダー・リペンルンスキー
 1890年代に活動していたソ連の作家。作品数こそ少ないが、作品に込められた当時の閉鎖感を赤裸々に表現した文は、現代日本に通じるものがある。晩年は、謎の失踪を遂げる。代表作「傲慢の果てに」。

 ドミニカ・ボワニ「闘争の果てに」仏語「La signification de la lutte」

 ドミニカ・ボワニ。1870年代コートジボワールの作家。元々は裕福な家系出身でフランスへ渡り、翻訳家として働く。晩年に作家としてデビューしたため、作品は一つだけである。代表作「闘争の果てに」
 
 バスティアン・タイベルト「愛の形」独語「Die Form der Liebe」
 ドイツ出身。ウクライナ出身の両親から生まれた方だが、原文の意や生まれた地域(ハンブルク)を汲んでドイツ出身と表記した。


 悠馬は興味津々で瀬戸雄介についての情報を探求し続けた。その謎めいた翻訳者が、彼の心を魅了していた。瀬戸雄介の翻訳物が広まった理由、彼の姿がどこにも見当たらないこと―すべてが悠馬の中で謎めいていた。

 そして、気になる点があった。瀬戸雄介が翻訳したとされる文章は、他の文献で引用されていた。しかし、その内容はあまりにも非現実的だった。彼が手がけたとされる文章は、まるで架空の世界から派生したかのような内容を持っていた。

「瀬戸雄介がこの文献を手に入れた手段は一体何だろう?」悠馬は自問する。その疑問は彼を追い詰め、ますます瀬戸雄介の存在に囚われるようになっていった。果たして、この謎めいた翻訳者の正体と、その隠された真実とは一体何なのか―。

 悠馬はこの話題に没頭していたが、友人の薫も興味を持ってくれた。

「悠馬、何を調べているの?」薫が興味津々の声で聞いた。

「ある翻訳者のことなんだ。瀬戸雄介っていう人がいるんだけど、実在するのかどうかが全然わからなくてさ」と、悠馬は少し混乱気味に語った。

「瀬戸雄介?聞いたことないな。その翻訳者、有名なの?」薫は興味津々の様子だった。

「彼の翻訳がいくつかあるんだけど、彼自身の情報がネット上でも一切見つからないんだ。それに彼が訳した文章が、とんでもなく内容でさ。それでもいくつかの著作で引用されててさ」と、悠馬は不思議そうに説明した。

「それは不思議だね。どうやって彼の情報を探してるの?」薫は興味津々で質問した。

「ネットの掲示板や専門フォーラム、それから古本屋も回ってみたんだ。でも全然手がかりがつかめないんだ。今度は国会図書館のデータベースを使ってみようかと思ってるんだ」と、悠馬は不安げに答えた。

 薫は考え込んでから言った。

「面白そうだね。俺なら引用している人から話を聞くかな」

「うん、もちろん。それじゃ、行ってくるよ」と、悠馬は笑顔で薫に挨拶して研究室を出た。

 国会図書館のデータベースでの調査も、期待通りの成果は得られなかった。

 その晩、彼は自宅でパソコンに向かい、薫との会話を思い出しながら、瀬戸雄介の謎を解く糸口を探し始めた。

「『傲慢の果てに』を引用した人物…」「『闘争の意義』を引用した人は…」悠馬は手掛かりを追い求め、ネット上の膨大な情報を漁り始めた。

 引用した人物に連絡を取るための手段を探し、彼らが持つ情報を探求したが、やはり容易なことではなかった。彼らのアカウントは非公開であり、連絡手段を見つけることすら難航した。

 悠馬は瀬戸雄介の翻訳した著作を引用している人物に共通する特徴を見つけるべく、情報を探し続けた。

 論文や記事で瀬戸雄介の翻訳物を引用している人々の背景を調査していくうちに、彼らには共通する特徴があることに気付いた。彼らの多くは同じ大学の研究室を出たことが判明したのだ。

 悠馬はこれに気づいて驚愕した。これは偶然ではない。瀬戸雄介の翻訳物を引用している人々が同じ大学の研究室を出たという共通点は、ただの偶然ではあり得ないことだった。これは何か意図的なものだと悠馬は確信した。

 彼らの研究室の関連性を深堀りすると、彼らが学術的な分野で類似した専門知識を持っていることも明らかになった。これは単なる偶然ではなく、何らかのつながりがあることを示していた。

「これは一体…」悠馬は口ごもった。瀬戸雄介の存在を巡る謎が一層深まり、彼らの共通点が物語の鍵を握っているかもしれないという思いが悠馬を捉えた。

 彼らの共通する研究室出身という事実は、瀬戸雄介の謎を解く手がかりかもしれないという期待を悠馬の心に抱かせた。彼らが何かを知っている可能性が高まり、新たな一歩が探求に加わった瞬間だった。

「これが瀬戸雄介の謎のカギなのか…」悠馬は興奮と緊張を感じながら、彼らの共通点に深く迫ろうと決意した。

 悠馬は瀬戸雄介の翻訳を引用している人物の情報を探し続けていた。そしてある時、彼は驚くべき発見をした。

「…!」彼は驚愕しながらも興奮を抑えきれなかった。瀬戸雄介の翻訳を引用している一人が、自身が所属する大学で教鞭をとっていることを突き止めたのだ。

 その教授春川は学問の世界で権威とされ、特に悠馬が尊敬する分野での名声を築いていた。彼の研究室から多くの優れた学者が輩出されており、彼の指導の下で学んだ学生たちが業界で活躍していた。

「なんで…?」悠馬は自問する。その教授が瀬戸雄介に関わりがあることは、彼の翻訳に対する深い洞察を持っている可能性を示唆していた。彼がなぜ瀬戸雄介の翻訳を引用しているのか、そしてその背後に隠された真実が何なのか。
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