「ライ麦畑で彼女は笑った」ー短編集

『むらさき』

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霧の騎士

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 ジェニーは海沿いの小さな街に一人で暮らしていた。彼女は孤独を感じることが多く、毎晩、波の音を聞きながら過ごしていた。特に霧が深くなる夜は、まるで世界が自分を包み込んでくれるような気がして、少しだけ心が落ち着いた。

 ある霧深い夜、ジェニーは散歩に出かけた。霧が彼女の周りを舞う中、灯台の光がぼんやりと浮かび上がる。その光に向かって歩いていると、突然、前方に人影が現れた。ジェニーは驚いて立ち止まり、慎重にその人物を見つめた。

「こんばんは、迷ってしまったのですか?」と、穏やかな声が霧の中から響いた。

 ジェニーは声の主を見ると、中世の騎士のような装いをした男性が立っていた。彼の名前はセバスと言い、彼もまたこの街に迷い込んだのだという。

「こんばんは、セバス。ここは海沿いの小さな街です。私の家は近くですので、案内します」

 ジェニーは微笑んで答えた。

 セバスはジェニーの案内で街まで戻る途中、彼の話を聞かせてくれた。彼は遠い昔の騎士であり、この霧の中で道に迷い、永遠にさまよっているのだという。その話にジェニーは驚きと不思議な魅力を感じた。

 その夜から、ジェニーは霧が深くなる度にセバスに会うようになった。彼と過ごす時間は、ジェニーにとって特別なものであり、心の安らぎを与えてくれた。セバスは優雅で礼儀正しく、彼女の話をじっくりと聞いてくれた。

 ある日、ジェニーはセバスに心の中の思いを打ち明けた。

「セバス、あなたが現れる霧の夜が待ち遠しいです。あなたと過ごす時間が私にとって何よりも大切です」

 セバスは静かに彼女の手を取った。

「ジェニー、私もあなたと過ごす時間がかけがえのないものだと感じています。しかし、私はこの霧の中でしか存在できないのです」

 ジェニーの目に涙が浮かんだ。

「どうしても、あなたと一緒にいたいのです。霧が晴れた後でも」

 セバスは彼女の涙を拭い、優しく微笑んだ。

「ジェニー、私たちが共に過ごす時間は永遠に続くわけではないかもしれませんが、その一瞬一瞬が大切なのです」

 その後も、ジェニーは霧の夜にセバスに会い続けた。彼との時間はますます愛おしいものとなり、彼女の心を満たしていった。

 そして、ある夜、霧が一層深くなった時、ジェニーはセバスに最後の別れを告げた。

「セバス、あなたに出会えて本当に幸せでした」

 セバスは静かに彼女を抱きしめ、

「ジェニー、私もです。あなたの愛が私を救ってくれました。さようなら、愛しい人よ」

 その言葉と共に、セバスは霧の中に消えていった。ジェニーはその場に立ち尽くし、涙を流しながら彼の言葉を胸に刻んだ。

 
 その夜、ジェニーは静かに息を引き取った。その顔は穏やかだった。

 翌朝、海沿いの小さな街はいつものように穏やかな光に包まれていた。しかし、その日の空気にはいつもとは異なる静寂が漂っていた。ジェニーの家の近くを通る人々は、いつも明るく挨拶を交わす彼女の姿が見えないことに、次第に不安を感じ始めた。

 やがて、町の人々はジェニーが亡くなったことを知った。彼女が愛した海のそばで静かに旅立ったこと、そして彼女の顔には穏やかな笑みが浮かんでいたことが、悲しみの中にも温かな感動をもたらした。
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