「ライ麦畑で彼女は笑った」ー短編集

『むらさき』

文字の大きさ
7 / 9

墓守のエレナ

しおりを挟む
 エレナは代々墓守をしている家系の子供だった。静かな村の外れにある古びた墓地は、彼女にとって家族の歴史そのものだった。毎日、墓石を掃除し、花を供え、村人たちの思い出を守る仕事は決して楽しいものではなかった。

「また退屈な一日が始まるわ」

 エレナはため息をつきながら墓地の門を開けた。日差しは暖かく、鳥のさえずりが静寂を破るが、それでも彼女の心は沈んでいた。

 ある日、エレナがいつものように墓地を回っていると、ふと茂みの中から微かなうめき声が聞こえた。驚いて声の方へ向かうと、そこには血だらけで倒れている男がいた。

「大丈夫ですか?」

 彼女は急いで彼のそばに駆け寄り、傷を調べた。男は目を閉じて苦しそうに息をしていた。

 エレナは自宅に戻り、応急処置用の道具を取り出して再び男の元へ駆けつけた。彼の傷を洗い、包帯を巻き、出来る限りの手当てを施した。

 数日後、男が目を覚ました。彼の目は冷たく鋭いが、その中には感謝の光が見えた。

「ここは…どこだ?」

 男はかすれた声で尋ねた。

「ここは私の家です。あなたは墓地で倒れていたんですよ」

 エレナは穏やかに答えた。彼の制服から、彼が敵国の軍人であることがわかったが、エレナはそれを隠していた。

「なぜ私を助けた?」

 男は疑念を込めて尋ねた。

「命を救うことに国境はないわ」

 エレナはそう答えたが、内心は複雑だった。彼が敵国の軍人であることを知りながらも、彼を見捨てることはできなかった。

 日々が過ぎるにつれて、男はエレナの看病のもとで回復していった。彼の名前はアレクシスといった。エレナは彼との会話を楽しむようになり、次第に彼の人柄に魅了されていった。

 ある夜、二人は暖炉の前で話をしていた。アレクシスは戦争の悲惨さについて語り、エレナは墓守としての孤独な日々を打ち明けた。

「戦争は人の心を壊す。だけど、あなたのような人がいれば、希望は残る」

 アレクシスはエレナの手を取り、真剣な表情で言った。

「私はただ、目の前の命を守りたかっただけよ」

 エレナは恥ずかしそうに笑った。

 エレナとアレクシスの間には深い絆が芽生えたが、彼が敵国の軍人であることは変わらなかった。アレクシスが完全に回復した日、彼は村を離れる決意をした。

「エレナ、私はここを去らなければならない。戦争が終われば、また会えるかもしれないが、それまではお別れだ」

 アレクシスは苦しそうに言った。

「わかっているわ。でも、いつかまた会えると信じている」

 エレナは涙をこらえながら彼を見つめた。

 アレクシスが去った後、エレナの心には彼との思い出が残った。墓守としての日々は続いたが、彼との出会いが彼女の心に新たな希望を与えた。

 ある日、村に和平の知らせが届いた。エレナはアレクシスとの再会を信じて、墓地で彼の無事を祈り続けた。

 そして、春の訪れと共に、一人の影が墓地の門を開けた。エレナはその姿を見て、胸が高鳴った。

「アレクシス…」

 彼は微笑んで答えた。

「ただいま、エレナ」

 彼女の心に再び希望の光が差し込み、二人は新たな未来へと歩み始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...