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読み切り

メイドは巻き込まれる

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 朝の光が窓からそっと部屋に差し込む中、メイドのセリナは目を覚ました。彼女はいつものように身支度を整え、静かに部屋を出た。廊下を歩きながら、彼女は今日も一日、主人のため、そして屋敷のために尽くさねばならないと心に誓った。

 セリナがキッチンに到着すると、そこにはすでに執事のセバスティアンが立っていた。彼はいつものように完璧な服装で、何事にも動じない落ち着きを保っている。セリナはセバスティアンに向かって明るく挨拶をした。

「おはようございます、セバスティアン。今日も一日よろしくお願いします」

 セバスティアンは彼女の挨拶に対し、いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべながら頷いた。

「おはようございます、セリナ。今日も一緒に頑張りましょう」

 しかし、セリナは何かがおかしいと感じていた。セバスティアンの挨拶はいつものように丁寧であり、彼の態度に変わりはないように見えた。だが、彼女の心の奥では、何かが違和感を引き起こしていた。それは、セバスティアンの声のトーンか、はたまた彼の表情の微妙な変化か、それとももっと別の何かか。

 ◇

 朝の仕事を終えたセリナは、屋敷の長い廊下を静かに歩いていた。その時、彼女の耳に、セバスティアンと皇子ルイの会話が聞こえてきた。彼らは屋敷の奥のサロンで話しているようだった。セリナは好奇心に駆られ、そっと近づいて二人の会話を聞き耳を立てた。

「セバスティアン、君はいつも計画通りに物事を進める。それが君の最大の長所だ」と皇子ルイが言った。

「ありがとうございます、皇子殿下。しかし、私の力だけではなく、周りの支えがあってこそです」とセバスティアンは謙虚に答えた。

 この会話を聞きながら、セリナはなぜか既視感を覚えた。それは、以前に読んだ物語の一場面と酷似していると感じたのだ。物語では、忠実な執事と若き皇子が重要な秘密を共有し、困難な状況を乗り越えていくというものだった。

 セリナは心の中で次に起こる出来事を予言した。この会話は、何か大きな出来事の前触れであると。そして、セバスティアンと皇子ルイが屋敷に訪れる困難に立ち向かい、それを乗り越える重要な役割を果たすことになるだろうと。

 彼女は、この予感がどこから来るのか確信が持てなかったが、セバスティアンと皇子ルイが共に何か大きな計画を進めていることは疑いようがなかった。

 ◇

 セリナは王子と国王が豪華な食事を楽しんでいる様子を遠くから見守っていた。しかし、突然のことだった。国王が急に苦しみ始め、その場に倒れてしまった。周囲がパニックに陥る中、セリナだけが異様に冷静だった。その理由は、彼女がこの展開をどこかで経験しているから――正確には、彼女が以前プレイしたビデオゲームで見たことがある展開だった。

 その瞬間、セリナに衝撃の真実が突きつけられた。彼女はこの物語の主要な登場人物ではなく、ただのモブキャラクター、背景の一部に過ぎないメイドだったのだ。彼女が抱いていた違和感や予感は、ゲームの記憶に基づくものだった。彼女は自分がそのゲームの世界にいることに気がついた。

 ◇

 セリナは、次に起こるシーンの記憶が蘇ると同時に絶望した。王子と執事が秘密裏に行う悪魔の儀式――それは城のメイドや家臣たちの命を犠牲にして悪魔を召喚するという恐ろしいものだった。彼女はそのゲームで何度も目にしていたが、自分がその一部となるとは思ってもみなかった。

 ゲームの記憶をたどりながら、セリナは自分にできることが何もないことを悟る。この世界では、彼女はただのモブキャラクター、重要な役割を果たすことはできない存在だった。彼女がどれだけ試みても、このゲームの設定やストーリーを変えることはできない。すべての出来事は既に決定されており、彼女はその流れに逆らうことができなかった。

 王子と執事が儀式を進める夜、城は不穏な空気に包まれた。セリナは、他のメイドや家臣たちと一緒に、儀式の犠牲にされる運命を受け入れざるを得なかった。彼女は最後まで抵抗しようとしたが、結局は力及ばず、悲しい運命を辿ることになる。

 儀式が完了し、悪魔がこの世に現れた瞬間、城は混乱と恐怖に包まれ、セリナを含む多くの無実の命が奪われた。王子と執事の野望は実現されたが、それは無数の犠牲の上に成り立つ悲劇的な成功だった。

 この物語は、セリナの絶望的な叫びと共に、暗く悲しいバッドエンドを迎える。ゲームの世界に閉じ込められた彼女は、最後の瞬間まで自分の運命を変えることができず、悪魔の儀式の犠牲となり、彼女の物語は永遠に闇の中に消えていった。 

「転生は常に主人公になるとは限らない」~THE END~
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