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『感覚遮断機』
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世界は、史上最悪の食糧危機に瀕していた。
干ばつと戦争、異常気象の連続で農作物の生産量は激減。米や小麦の価格は天井知らずに跳ね上がり、肉や野菜は庶民の口に入らなくなった。先進国も例外ではなく、世界中の研究機関が必死に対策に取り組んでいた。
そんななか、とある研究所で、ついに“それ”が完成した。
「できたぞ……その名も『感覚遮断機』だ!」
奇抜な格好の博士が、興奮した様子で装置の前に立っていた。隣にいた助手が、ぽかんと口を開ける。
「か、感覚遮断機……? そんなもの、いったい何の役に立つんです?」
この博士、極度の秘密主義で有名である。設計図も与えず、指示通りに部品を組み立てさせるだけ。助手はずっと疑問に思いながらも手伝っていたのだ。
「まさか世界が食糧難に喘ぐなか、こんな意味不明な装置を作っていたとは……さすが博士、変わり者ですね」
「馬鹿者! これこそが食糧問題を解決する“究極の装置”なのだ!」
「ま、まさか……空腹感を遮断して、無理やり飢えを感じさせなくするつもりですか? そんなの根本的な解決には──」
「まあ見ておれ」
博士は助手の言葉を途中で遮ると、何やら設定を入力し、何の予告もなくスイッチを押した。
ゴゴゴゴ……と、巨大な柱のような装置が低く唸りを上げる。室内の空気が震え、床がわずかに揺れた。
それから数日──世界は目を疑うような変化を見せた。
ある家庭の食卓。家族四人が、にこやかに食事を囲んでいる。
「ママ、これ、すごくおいしい!」
小学生くらいの男の子が、丸焼きにされたネズミにかぶりつく。母親は微笑みながら皿を差し出す。
「おかわりもあるわよ。今日はたくさん焼いたから」
テーブルには、蛇の串焼き、バッタとクモの素揚げ、巨大なサンショウウオの煮込み料理まで並んでいた。どれもグロテスク極まりないが、家族は誰一人眉ひとつ動かさず、むしろ笑顔で食べていた。
本来、人間が本能的に抱くはずの「嫌悪感」──それを、博士の装置は見事に消し去っていた。
味覚、視覚、嗅覚、そして記憶や文化が培ってきた“気持ち悪さ”という感覚すら、装置の前では意味をなさなかった。
ゲテモノが、ただの“食べ物”として、世界の食卓に並び始めたのだ。
博士は研究所のラウンジで、一人祝杯をあげていた。
「見たか、世界が笑顔でゲテモノを食っておる! 我が装置は大成功じゃ!」
助手は浮かない顔で問う。
「博士……この装置、永久に作動させ続けるおつもりですか?」
「まさか。政府高官や一部の食糧生産者の感覚は、遮断せずそのままにしてある。奴らが生産を立て直したら、装置を止めるつもりだ。……ワシの大好物のゲテモノが食い尽くされてしまったら、ワシが困るからな!」
助手は思わず震えた。装置を止めた瞬間、今までゲテモノを笑顔で食べていた人々が正気に戻ったら──その怒りは、どこに向かうのか。
「……もし、世論が暴走したら、どうするおつもりです?」
博士は、にやりと笑ってグラスを傾けた。
「ふふ、心配には及ばんよ。そのときは……彼らの“怒り”の感情も遮断すればよいだけのことじゃ。なあ?」
干ばつと戦争、異常気象の連続で農作物の生産量は激減。米や小麦の価格は天井知らずに跳ね上がり、肉や野菜は庶民の口に入らなくなった。先進国も例外ではなく、世界中の研究機関が必死に対策に取り組んでいた。
そんななか、とある研究所で、ついに“それ”が完成した。
「できたぞ……その名も『感覚遮断機』だ!」
奇抜な格好の博士が、興奮した様子で装置の前に立っていた。隣にいた助手が、ぽかんと口を開ける。
「か、感覚遮断機……? そんなもの、いったい何の役に立つんです?」
この博士、極度の秘密主義で有名である。設計図も与えず、指示通りに部品を組み立てさせるだけ。助手はずっと疑問に思いながらも手伝っていたのだ。
「まさか世界が食糧難に喘ぐなか、こんな意味不明な装置を作っていたとは……さすが博士、変わり者ですね」
「馬鹿者! これこそが食糧問題を解決する“究極の装置”なのだ!」
「ま、まさか……空腹感を遮断して、無理やり飢えを感じさせなくするつもりですか? そんなの根本的な解決には──」
「まあ見ておれ」
博士は助手の言葉を途中で遮ると、何やら設定を入力し、何の予告もなくスイッチを押した。
ゴゴゴゴ……と、巨大な柱のような装置が低く唸りを上げる。室内の空気が震え、床がわずかに揺れた。
それから数日──世界は目を疑うような変化を見せた。
ある家庭の食卓。家族四人が、にこやかに食事を囲んでいる。
「ママ、これ、すごくおいしい!」
小学生くらいの男の子が、丸焼きにされたネズミにかぶりつく。母親は微笑みながら皿を差し出す。
「おかわりもあるわよ。今日はたくさん焼いたから」
テーブルには、蛇の串焼き、バッタとクモの素揚げ、巨大なサンショウウオの煮込み料理まで並んでいた。どれもグロテスク極まりないが、家族は誰一人眉ひとつ動かさず、むしろ笑顔で食べていた。
本来、人間が本能的に抱くはずの「嫌悪感」──それを、博士の装置は見事に消し去っていた。
味覚、視覚、嗅覚、そして記憶や文化が培ってきた“気持ち悪さ”という感覚すら、装置の前では意味をなさなかった。
ゲテモノが、ただの“食べ物”として、世界の食卓に並び始めたのだ。
博士は研究所のラウンジで、一人祝杯をあげていた。
「見たか、世界が笑顔でゲテモノを食っておる! 我が装置は大成功じゃ!」
助手は浮かない顔で問う。
「博士……この装置、永久に作動させ続けるおつもりですか?」
「まさか。政府高官や一部の食糧生産者の感覚は、遮断せずそのままにしてある。奴らが生産を立て直したら、装置を止めるつもりだ。……ワシの大好物のゲテモノが食い尽くされてしまったら、ワシが困るからな!」
助手は思わず震えた。装置を止めた瞬間、今までゲテモノを笑顔で食べていた人々が正気に戻ったら──その怒りは、どこに向かうのか。
「……もし、世論が暴走したら、どうするおつもりです?」
博士は、にやりと笑ってグラスを傾けた。
「ふふ、心配には及ばんよ。そのときは……彼らの“怒り”の感情も遮断すればよいだけのことじゃ。なあ?」
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