『行動予約』

スタシスホメオ

文字の大きさ
4 / 41

『感覚遮断機』

しおりを挟む
世界は、史上最悪の食糧危機に瀕していた。

干ばつと戦争、異常気象の連続で農作物の生産量は激減。米や小麦の価格は天井知らずに跳ね上がり、肉や野菜は庶民の口に入らなくなった。先進国も例外ではなく、世界中の研究機関が必死に対策に取り組んでいた。

そんななか、とある研究所で、ついに“それ”が完成した。

「できたぞ……その名も『感覚遮断機』だ!」

奇抜な格好の博士が、興奮した様子で装置の前に立っていた。隣にいた助手が、ぽかんと口を開ける。

「か、感覚遮断機……? そんなもの、いったい何の役に立つんです?」

この博士、極度の秘密主義で有名である。設計図も与えず、指示通りに部品を組み立てさせるだけ。助手はずっと疑問に思いながらも手伝っていたのだ。

「まさか世界が食糧難に喘ぐなか、こんな意味不明な装置を作っていたとは……さすが博士、変わり者ですね」

「馬鹿者! これこそが食糧問題を解決する“究極の装置”なのだ!」

「ま、まさか……空腹感を遮断して、無理やり飢えを感じさせなくするつもりですか? そんなの根本的な解決には──」

「まあ見ておれ」

博士は助手の言葉を途中で遮ると、何やら設定を入力し、何の予告もなくスイッチを押した。

ゴゴゴゴ……と、巨大な柱のような装置が低く唸りを上げる。室内の空気が震え、床がわずかに揺れた。

それから数日──世界は目を疑うような変化を見せた。

ある家庭の食卓。家族四人が、にこやかに食事を囲んでいる。

「ママ、これ、すごくおいしい!」

小学生くらいの男の子が、丸焼きにされたネズミにかぶりつく。母親は微笑みながら皿を差し出す。

「おかわりもあるわよ。今日はたくさん焼いたから」

テーブルには、蛇の串焼き、バッタとクモの素揚げ、巨大なサンショウウオの煮込み料理まで並んでいた。どれもグロテスク極まりないが、家族は誰一人眉ひとつ動かさず、むしろ笑顔で食べていた。


本来、人間が本能的に抱くはずの「嫌悪感」──それを、博士の装置は見事に消し去っていた。

味覚、視覚、嗅覚、そして記憶や文化が培ってきた“気持ち悪さ”という感覚すら、装置の前では意味をなさなかった。

ゲテモノが、ただの“食べ物”として、世界の食卓に並び始めたのだ。

博士は研究所のラウンジで、一人祝杯をあげていた。

「見たか、世界が笑顔でゲテモノを食っておる! 我が装置は大成功じゃ!」

助手は浮かない顔で問う。

「博士……この装置、永久に作動させ続けるおつもりですか?」

「まさか。政府高官や一部の食糧生産者の感覚は、遮断せずそのままにしてある。奴らが生産を立て直したら、装置を止めるつもりだ。……ワシの大好物のゲテモノが食い尽くされてしまったら、ワシが困るからな!」

助手は思わず震えた。装置を止めた瞬間、今までゲテモノを笑顔で食べていた人々が正気に戻ったら──その怒りは、どこに向かうのか。

「……もし、世論が暴走したら、どうするおつもりです?」

博士は、にやりと笑ってグラスを傾けた。

「ふふ、心配には及ばんよ。そのときは……彼らの“怒り”の感情も遮断すればよいだけのことじゃ。なあ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

コント文学『パンチラ』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
春風が届けてくれたプレゼントはパンチラでした。

処理中です...