『行動予約』

スタシスホメオ

文字の大きさ
27 / 41

水商売

しおりを挟む
 ホストクラブ《Zodiac》では、今夜、No.1ホスト「夜空(よぞら)」の売上記念イベントが行われていた。

 照明の下、シャンパンの泡が弾け、嬌声と笑顔が飛び交う。だが、主役の夜空の表情はどこか冴えなかった。

 イベント終了後、夜空はホールを抜け、奥の事務所へと向かった。そこにいたのは、今は裏方を務める伝説の元ホスト──神谷だった。


「……神谷さん、今ちょっといいですか」

 夜空の声に、神谷は片眉を上げた。

「なんだよ、No.1様がそんな顔して」

 夜空は少しだけ言い淀み、低い声で言った。

「……枕元に女の霊が出るんですよ。最近、ずっとです」

 冗談かと思った神谷だったが、夜空の顔があまりにも真剣で、言葉を飲み込んだ。

「……客に恨まれるようなこと、してないか?」

 夜空は視線を落とし、ここ最近の接客を思い返していた。

 焦っていた。No.1の座が見えてきた頃から、とにかく売上を積まなければという思いが先行し、客の気持ちより数字を優先するようになっていた。

 最初は軽く乾杯のカクテル。そこから会話を弾ませて、次第にグラスを空けさせ、タイミングを見計らって高級ボトルへと誘導する──それが夜空のやり方だった。

“最初は安い酒から始めて、段々と高い酒を注文させるのが、この商売のコツだ”

 それを自分に言い聞かせるように、幾度も繰り返していた。

 だが、その過程で何人もの女性に無理をさせた。真剣な想いを向けてくれた客に曖昧な言葉を使い、期待だけを膨らませて──拒絶した。

 そして、ある日を境に、来なくなった客がいた。

 (まさか……あの子が)

 夜空の顔色を見た神谷は、軽くため息をつき、名刺を一枚差し出す。

「……あまりオススメはしないが。ひとり、紹介してやろうか。霊媒師だ。俺も昔、世話になった」



 指定されたマンションの一室。控えめな飾りつけと香の匂いが漂う空間で、夜空は静かに腰を下ろしていた。

「どのような霊ですか?」
 机越しに、霊媒師の女が尋ねた。

「……長い黒髪で……枕元に立っています。顔はぼやけて見えません。いつも酒の匂いがして、眠っていると……ひび割れた爪で、顔を撫でてくるんです」

 霊媒師は黙って頷き、小さな木箱から青い液体の入った小瓶を取り出した。

「それは、おそらくあなたに強い執着を持った女性の霊でしょう。これはまじないをかけた聖水です。次にその霊が現れたら、これを霊にかけてください。きっと退いてくれるはずです」

 「1,500円で結構です」と霊媒師はさらりと言う。

 夜空は財布を取り出し、ためらいなく支払った。

 ──もし本当にこれで霊が消えるなら、安いものだ。



 その夜、午前二時。

 夜空はふと、胸の上に重みを感じて目を覚ました。部屋に充満する強い酒の匂いが、鼻をつく。

 視線を天井から下げると、布団が妙に盛り上がっていた。布団の中に、何かがいる。

 布団の隙間から髪が垂れ、その髪の向こうに女の顔が覗く。

 血走った目。ひび割れた唇。口がゆっくりと開かれる。

「……ゴボゴボゴボゴボゴボゴボ……」

 吐き出されるのは言葉ではなく──大量の酒。

 女は呻きながら、酒をあふれさせ続ける。そして、しわがれた声で言った。

「貴方が……飲ませたのよ……」

 夜空は絶叫しながら女を突き飛ばし、ベッドから転がり落ちた。机の上にあった聖水の瓶を掴み、蓋を開け、半狂乱で振りまく。

 聖水が霊にかかると、女は叫び声を上げてのたうち回った。顔の皮膚が泡立ち、溶けていく。

 ──だが、目だけは最後まで夜空を睨んでいた。怨念が渦巻くような視線で。

 女は手を伸ばしかけたまま、崩れ落ちて溶けて消えた。



 翌朝、床には女が倒れていた形のまま、酒の染みが残っていた。

 夜空は急いで神谷に連絡する。

『……もう一度、その霊媒師に会って来い』

 神谷はそれだけ言って電話を切った。



 再び霊媒師の部屋を訪れ、夜空は聖水の効果を伝え、頭を下げた。

 「助かりました。本当にありがとうございました」

 すると、霊媒師は淡々と返した。

「効果があって何よりです。では、次の聖水はいかがいたしますか?」

「……次って……どういう……」

 夜空は固まった。

「もちろん霊は消えましたよ。ですが──その恨みは、消えていない。怨念のまま消された霊は、やがて“もっと強い霊”になって、再び現れます」

「……そんな……」

 霊媒師はにっこりと笑った。

「でも、ご安心ください。次に現れる霊に効く、もっと強力な聖水を、ちゃんとご用意しておりますよ。三万円になります」

 そして霊媒師は、意味ありげに微笑んだ。

「“最初は安い聖水から始めて、段々と高い聖水を注文させるのが──この商売のコツです”」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

コント文学『パンチラ』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
春風が届けてくれたプレゼントはパンチラでした。

処理中です...