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北海道紀行
第一話
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九尾比丘尼も時に旅行というものに勤しむこともある。誰かに、もしくは何かに依頼されてその場にいたわけではない。それでも九郎太と関わることになったのは、神のいたずらでもあったのだろうか。
時は昭和四十年代の後半。夏も終わりに向かい始めた九月の中旬。
九尾比丘尼が北海道を訪れたのは、初めての事ではない。蝦夷地と呼ばれていた時代にも、それ以前の明確な名前もない時代にも来たことがある。
その時は神仙である九尾狐としての用向きだけで終わらせていたのだが、今回はベタベタな観光も満載である。五稜郭、支笏湖洞爺湖、神居古潭、知床半島、宗谷岬(当初予定のみ)。なんでここまで、と言いたく なるくらいの有名どころ勢揃いである。
「なに難しい顔しとるんじゃ。ほれ、お主も飲まんか」
今日の宿近くの食堂でジンギスカン鍋をつつきながら、一杯。九尾比丘尼の向かいに座っているのは将矢の祖父にあたる将平である。
将平が九尾比丘尼の付き人となって半年ほどたつ。将平は今朝普段通りに家を出て、普段通りの経路で神社に向かい、普段通りに社務所に着いて、「おはようござ」まで言った時に、
「北海道に行くぞ、用意せい」
という言葉に朝の挨拶を遮られた。
声のした方を振り向くと、旅行カバンを従えた人が立っていた。
「九尾…び…?」
将平が言葉を詰まらせたのも無理はない。そこにいたのは、明るい色柄の洋服を着ていた、見るからにプロポーション抜群の、背丈も将平と同じくらいの女性だったのだから。声と顔から、なんとか九尾比丘尼であるということがわかったが、その顔もいつもの少女然としたものでなく、きっちり大人びたものになっている。
「ほれ、何をボーッとしとるんじゃ。お主、わしの付き人であろう。荷物くらいはわしが自分で用意しておるわ。行くぞ」
九尾比丘尼は将平の腕を取ってグイグイと引っ張って行く。
「皆もお土産、期待しておってよいぞ」
「い、いやその。行くってどこに」
「さっき言ったであろうが。北海道じゃ」
もう神社の参道まで出てしまっている。そして鳥居の向こうには、しっかりタクシーが待機していた。
「えええー…」
将平の叫びまでにならぬ、困惑100%の声はタクシーの中に吸い込まれていった。
そしてタクシーは空港に向かい、気がつけば将平は函館空港で荷物を引っ張って外に向かっていた。
「あ? なんで? いつの間に?」
「飛行機は騒ぐと面倒じゃから、ちいとな」
九尾比丘尼は人差し指を立ててクルクルと回す。
「いい加減にして下さい。いくら付き人だからって、やっていい事と悪い事がありますよ」
将平はつい声を荒げてしまう。まあ、当然の事とは思う状況ではあるのだが。
「騒ぐなら…」
九尾比丘尼は右手を広げて将平に差し出す。
「わかった、わかりましたよ。でも、きっちり説明はしてくださるんでしょうね」
「無論じゃ。さあ行くぞ」
そしてまず向かったのは五稜郭。さらに函館山。本当なら函館山は夜の景観も楽しみたいところなのだが、飛ばして大沼公園、洞爺湖、支笏湖と巡って今日の宿である登別温泉に着いた時には、もう夜の七時をとっくに回っていた。それでも普通は一日で巡る分量ではない。遅くなることを始めから想定していたのか、宿の食事は注文していなかったので、外の食堂で食事をしている次第である。
「心配せんでも、主の嫁のサエにもちゃあんと連絡はしておるわ。心配ならお主も後で電話しておけば良いわい。ほれ辛気くさい顔せんで飲め。肉ももう焼けておるようじゃぞ」
九尾比丘尼は鍋の上の肉を取り、自分と将平の皿に盛って、自分は肉を頬張って、ビールをあおる。
この時将平はまだ二十五歳。将吉もまだ生まれておらず、当然、将矢なんか影も形もない。
サエは朝、将平を送り出したと思った直後の九尾比丘尼からの電話に「は?」と答えただけで、他に何か言う暇もなく、電話が切られてしまった。当時は携帯電話どころか、ポケベルすら出てもいなかった時代であるから、サエの方から将平に連絡をとる手段はなかった。社務所には臨時の留守番はいたが、こちらも連絡先は知らされていなかった。季節柄、繁忙期ではないので、予約なしでも当地の観光案内所で宿を予約すれば余裕で上宿が取れていた。宿を取ってから初めて社務所に連絡を入れるのだ。有名どころばかり選んでいたのは、宿も多いであろうという理由もあった。
「かー、やはり本場は美味いのう。五十年前に来た時にいただいたアイヌの料理もなかなかのものじゃったがな」
「比丘尼様、しーっ、しーっ!」
「なんじゃ、トイレかや」
「違います! 」
実は九尾比丘尼、姿を成人化しているだけでなく、名前も九尾美玲としている。
将平がここに来て静かなのは、今日の九尾比丘尼の行動にあった。急な旅行のことでも、北海道弾丸ツアーに疲れたわけでもない。
函館から大沼公園に向かう途中で説明は一応受けたのであるが、
「野暮用ついでの観光三昧じゃ」
「野暮用?」
「野暮用は野暮用じゃ」
会話の殆どが野暮用で済ませられてしまう内容でしかなかった。こういう時の九尾比丘尼には何を聞いても無駄であることは、将平も承知していた。
それでその先、旅の開放感というものもあってか、なにかと将平に絡んでくるのだから、将平にはたまったものではない。二の腕にその豊満な胸が押し付けられてきただけでも、とっくに両の手指を越える回数となっている。
それに加えて、旅館の部屋が同室なのである。宿帳に書かれた名前も、将平が九尾将平にされてしまっていた。それで仲居が見た印象というのが、明るく美人のしっかり者の奥さんと冴えない旦那さん(二人の前で口にはしなかったが)である。しかも予算はしっかりとあるものだから、結構大きな家族風呂付きの部屋である。
万一、身元を証明する物の提示を要求されても、そこは対策は万全である。といっても、普通の人にできる方法などではない。二人が持っているのは、何の変哲もないプラスチックのプレートで、柄も字もなにもないが、九尾比丘尼が暗示の術式を施していて、提示を求めた人の目に要求した事項が見えたと思わせるようになっている。大体は確認したい事項が見えたと思わせておけば良いが、必要事項の記入の場合もあるので、その場合は運転免許証か健康保険証の情報が見えるようになっている。当時、健康保険証はカードサイズではなく、かなりの大判であるが、相手の認識を騙す術であるので、持っている物は色もサイズも何でもいいのであった。コピー機や写真で撮られたりしても、相応のデータが表示されるようになっている。無論、将平はちゃんと正規の免許証も保険証も持っているが、今回の旅では偽名を使っているわけであるから、社務所に置いてくるように言われていた。
将平はさすがに酒は進まなかったが、食事を終えて旅館に戻る。実のところは酔った勢いで、という行動に出ない自信がなかったので、そこは自制していたのだった。
しかし、部屋の布団は仲居さんが気を利かせて布団がぴたりとくっつけてあった。さらに九尾比丘尼はいそいそと服を脱ぎだす始末。
「比丘尼様、何をしてるんですか」
「風呂じゃ」
「脱衣所、脱衣所」
「よいではないか。どうせ見ている者などおらん」
「私がいます!」
「なんじゃ、二年前の…」
「わーっ、わーっ! それは言わないでください」
「悲しいのう。やはり自分の嫁が一番ということか。据え膳にもならんとはのう。およよ…」
九尾比丘尼は浴衣で目をぬぐう。
「涙出てませんよ」
「ちぇっ」
「大体、比丘尼様、そんな勢いみたいな行動してますけど、酔ってないでしょう」
「当り前じゃ。あれしきで酔うようなヤワではないわ。九百歳なめんな」
「どういうサバ読みですか。もう千歳超えてるでしょうに」
「永遠の九百歳と言うとろうに」
「面倒だからでしょ」
「まあよいわ。お主も急なことで疲れたであろう。混浴したいのじゃったら来るがよい」
「行きません…」
「語尾が弱いぞ」
そう言い残して九尾比丘尼は脱衣所に入った。だが、戸を閉める直前に、さらっと軽く手を振る。何かの術でも使ったようだった。
「行きません。行かない。行くとき、行けば、行こう。いやそうじゃなくて」
「そうじゃ、背中流してくれい」
九尾比丘尼は、そう言い残して脱衣所から浴室へ行った。
「あああ…。どうすれば」
おい、何をどうすればなんだ、とツッコミを入れたくなる言動になっていることに気がつかないほど動揺していた将平であった。無論、さっきの術の影響である。結局ふらふらと中に入ってしまう。あーあ。
夜になって外の気温は結構下がってきていたので、脱衣所と浴室の間に大きな窓があったが湯気で曇っていてまったく中は見えなかった。脱衣かごに入っている九尾比丘尼の服を見て、ついごくりとのどが鳴る。そして自分も服を脱ぎ、浴室に入る。すでに九尾比丘尼は浴槽に浸かっているようだった。露天になっている浴室もまわりは竹で編んだ塀で囲まれており、風がないのか結構湯気がこもっていて視界をさえぎっていた。水音がする方に目を向ける。
「比丘尼様…」
湯けむりの先の影が動いた。意を決して近寄る将平。だが、近くに寄って目にした姿に、思わず膝が崩れた。
「おう、やはり来よったか」
「詐欺だあー!」
将平が目にした姿、それはそれは神々しい白狐であったとさ。
「詐欺とはなんじゃ。風呂に入るときはいつもこうじゃ。何のために内風呂付きの部屋にしたと思うとるんじゃ」
声もなんか男っぽいもの。本来の実体のものである。
「知りませんよ。旅館の人が思ったこととは違うとはわかりますけどね。今まで入浴したときの姿なんて知るわけないじゃないですか」
「ん? 覗いておらんかったんか」
「覗いてません!」
「最近の男は甲斐性がないのう。まあよい。せっかく来たのじゃから背中を流していくがよい」
「犯罪と甲斐性を結び付けないで下さい。ちくしょう! 俺の青春を返せー!」
「大仰なことじゃのう」
かくして初日の夜は更けていった。
(続く)
時は昭和四十年代の後半。夏も終わりに向かい始めた九月の中旬。
九尾比丘尼が北海道を訪れたのは、初めての事ではない。蝦夷地と呼ばれていた時代にも、それ以前の明確な名前もない時代にも来たことがある。
その時は神仙である九尾狐としての用向きだけで終わらせていたのだが、今回はベタベタな観光も満載である。五稜郭、支笏湖洞爺湖、神居古潭、知床半島、宗谷岬(当初予定のみ)。なんでここまで、と言いたく なるくらいの有名どころ勢揃いである。
「なに難しい顔しとるんじゃ。ほれ、お主も飲まんか」
今日の宿近くの食堂でジンギスカン鍋をつつきながら、一杯。九尾比丘尼の向かいに座っているのは将矢の祖父にあたる将平である。
将平が九尾比丘尼の付き人となって半年ほどたつ。将平は今朝普段通りに家を出て、普段通りの経路で神社に向かい、普段通りに社務所に着いて、「おはようござ」まで言った時に、
「北海道に行くぞ、用意せい」
という言葉に朝の挨拶を遮られた。
声のした方を振り向くと、旅行カバンを従えた人が立っていた。
「九尾…び…?」
将平が言葉を詰まらせたのも無理はない。そこにいたのは、明るい色柄の洋服を着ていた、見るからにプロポーション抜群の、背丈も将平と同じくらいの女性だったのだから。声と顔から、なんとか九尾比丘尼であるということがわかったが、その顔もいつもの少女然としたものでなく、きっちり大人びたものになっている。
「ほれ、何をボーッとしとるんじゃ。お主、わしの付き人であろう。荷物くらいはわしが自分で用意しておるわ。行くぞ」
九尾比丘尼は将平の腕を取ってグイグイと引っ張って行く。
「皆もお土産、期待しておってよいぞ」
「い、いやその。行くってどこに」
「さっき言ったであろうが。北海道じゃ」
もう神社の参道まで出てしまっている。そして鳥居の向こうには、しっかりタクシーが待機していた。
「えええー…」
将平の叫びまでにならぬ、困惑100%の声はタクシーの中に吸い込まれていった。
そしてタクシーは空港に向かい、気がつけば将平は函館空港で荷物を引っ張って外に向かっていた。
「あ? なんで? いつの間に?」
「飛行機は騒ぐと面倒じゃから、ちいとな」
九尾比丘尼は人差し指を立ててクルクルと回す。
「いい加減にして下さい。いくら付き人だからって、やっていい事と悪い事がありますよ」
将平はつい声を荒げてしまう。まあ、当然の事とは思う状況ではあるのだが。
「騒ぐなら…」
九尾比丘尼は右手を広げて将平に差し出す。
「わかった、わかりましたよ。でも、きっちり説明はしてくださるんでしょうね」
「無論じゃ。さあ行くぞ」
そしてまず向かったのは五稜郭。さらに函館山。本当なら函館山は夜の景観も楽しみたいところなのだが、飛ばして大沼公園、洞爺湖、支笏湖と巡って今日の宿である登別温泉に着いた時には、もう夜の七時をとっくに回っていた。それでも普通は一日で巡る分量ではない。遅くなることを始めから想定していたのか、宿の食事は注文していなかったので、外の食堂で食事をしている次第である。
「心配せんでも、主の嫁のサエにもちゃあんと連絡はしておるわ。心配ならお主も後で電話しておけば良いわい。ほれ辛気くさい顔せんで飲め。肉ももう焼けておるようじゃぞ」
九尾比丘尼は鍋の上の肉を取り、自分と将平の皿に盛って、自分は肉を頬張って、ビールをあおる。
この時将平はまだ二十五歳。将吉もまだ生まれておらず、当然、将矢なんか影も形もない。
サエは朝、将平を送り出したと思った直後の九尾比丘尼からの電話に「は?」と答えただけで、他に何か言う暇もなく、電話が切られてしまった。当時は携帯電話どころか、ポケベルすら出てもいなかった時代であるから、サエの方から将平に連絡をとる手段はなかった。社務所には臨時の留守番はいたが、こちらも連絡先は知らされていなかった。季節柄、繁忙期ではないので、予約なしでも当地の観光案内所で宿を予約すれば余裕で上宿が取れていた。宿を取ってから初めて社務所に連絡を入れるのだ。有名どころばかり選んでいたのは、宿も多いであろうという理由もあった。
「かー、やはり本場は美味いのう。五十年前に来た時にいただいたアイヌの料理もなかなかのものじゃったがな」
「比丘尼様、しーっ、しーっ!」
「なんじゃ、トイレかや」
「違います! 」
実は九尾比丘尼、姿を成人化しているだけでなく、名前も九尾美玲としている。
将平がここに来て静かなのは、今日の九尾比丘尼の行動にあった。急な旅行のことでも、北海道弾丸ツアーに疲れたわけでもない。
函館から大沼公園に向かう途中で説明は一応受けたのであるが、
「野暮用ついでの観光三昧じゃ」
「野暮用?」
「野暮用は野暮用じゃ」
会話の殆どが野暮用で済ませられてしまう内容でしかなかった。こういう時の九尾比丘尼には何を聞いても無駄であることは、将平も承知していた。
それでその先、旅の開放感というものもあってか、なにかと将平に絡んでくるのだから、将平にはたまったものではない。二の腕にその豊満な胸が押し付けられてきただけでも、とっくに両の手指を越える回数となっている。
それに加えて、旅館の部屋が同室なのである。宿帳に書かれた名前も、将平が九尾将平にされてしまっていた。それで仲居が見た印象というのが、明るく美人のしっかり者の奥さんと冴えない旦那さん(二人の前で口にはしなかったが)である。しかも予算はしっかりとあるものだから、結構大きな家族風呂付きの部屋である。
万一、身元を証明する物の提示を要求されても、そこは対策は万全である。といっても、普通の人にできる方法などではない。二人が持っているのは、何の変哲もないプラスチックのプレートで、柄も字もなにもないが、九尾比丘尼が暗示の術式を施していて、提示を求めた人の目に要求した事項が見えたと思わせるようになっている。大体は確認したい事項が見えたと思わせておけば良いが、必要事項の記入の場合もあるので、その場合は運転免許証か健康保険証の情報が見えるようになっている。当時、健康保険証はカードサイズではなく、かなりの大判であるが、相手の認識を騙す術であるので、持っている物は色もサイズも何でもいいのであった。コピー機や写真で撮られたりしても、相応のデータが表示されるようになっている。無論、将平はちゃんと正規の免許証も保険証も持っているが、今回の旅では偽名を使っているわけであるから、社務所に置いてくるように言われていた。
将平はさすがに酒は進まなかったが、食事を終えて旅館に戻る。実のところは酔った勢いで、という行動に出ない自信がなかったので、そこは自制していたのだった。
しかし、部屋の布団は仲居さんが気を利かせて布団がぴたりとくっつけてあった。さらに九尾比丘尼はいそいそと服を脱ぎだす始末。
「比丘尼様、何をしてるんですか」
「風呂じゃ」
「脱衣所、脱衣所」
「よいではないか。どうせ見ている者などおらん」
「私がいます!」
「なんじゃ、二年前の…」
「わーっ、わーっ! それは言わないでください」
「悲しいのう。やはり自分の嫁が一番ということか。据え膳にもならんとはのう。およよ…」
九尾比丘尼は浴衣で目をぬぐう。
「涙出てませんよ」
「ちぇっ」
「大体、比丘尼様、そんな勢いみたいな行動してますけど、酔ってないでしょう」
「当り前じゃ。あれしきで酔うようなヤワではないわ。九百歳なめんな」
「どういうサバ読みですか。もう千歳超えてるでしょうに」
「永遠の九百歳と言うとろうに」
「面倒だからでしょ」
「まあよいわ。お主も急なことで疲れたであろう。混浴したいのじゃったら来るがよい」
「行きません…」
「語尾が弱いぞ」
そう言い残して九尾比丘尼は脱衣所に入った。だが、戸を閉める直前に、さらっと軽く手を振る。何かの術でも使ったようだった。
「行きません。行かない。行くとき、行けば、行こう。いやそうじゃなくて」
「そうじゃ、背中流してくれい」
九尾比丘尼は、そう言い残して脱衣所から浴室へ行った。
「あああ…。どうすれば」
おい、何をどうすればなんだ、とツッコミを入れたくなる言動になっていることに気がつかないほど動揺していた将平であった。無論、さっきの術の影響である。結局ふらふらと中に入ってしまう。あーあ。
夜になって外の気温は結構下がってきていたので、脱衣所と浴室の間に大きな窓があったが湯気で曇っていてまったく中は見えなかった。脱衣かごに入っている九尾比丘尼の服を見て、ついごくりとのどが鳴る。そして自分も服を脱ぎ、浴室に入る。すでに九尾比丘尼は浴槽に浸かっているようだった。露天になっている浴室もまわりは竹で編んだ塀で囲まれており、風がないのか結構湯気がこもっていて視界をさえぎっていた。水音がする方に目を向ける。
「比丘尼様…」
湯けむりの先の影が動いた。意を決して近寄る将平。だが、近くに寄って目にした姿に、思わず膝が崩れた。
「おう、やはり来よったか」
「詐欺だあー!」
将平が目にした姿、それはそれは神々しい白狐であったとさ。
「詐欺とはなんじゃ。風呂に入るときはいつもこうじゃ。何のために内風呂付きの部屋にしたと思うとるんじゃ」
声もなんか男っぽいもの。本来の実体のものである。
「知りませんよ。旅館の人が思ったこととは違うとはわかりますけどね。今まで入浴したときの姿なんて知るわけないじゃないですか」
「ん? 覗いておらんかったんか」
「覗いてません!」
「最近の男は甲斐性がないのう。まあよい。せっかく来たのじゃから背中を流していくがよい」
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