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翔太編
十一月
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秋深き 隣は何を する人ぞ。
芭蕉がこの句を詠んだのは、旧暦ではまだ九月末だったそうだが、新暦では十一月の中旬になる。
都会の喧騒を離れて、というのではないが、神社に植えられている樹木は、椎の木のほか、常緑樹ばかりなので、秋になって色づくという事がない。
紅葉狩りというわけではないが、花見の時に来た花町公園は紅葉だけでなく、秋になって葉が色づく木も多い。もちろん、そういう木は落葉樹なので、秋は公園の掃除が大変である。ときおり学区の生徒のボランティア活動もあるらしい。
十月から十一月にかけて、世間一般の行事といったら、最近ではハロウィンであろう。
しかし、これも本来はキリスト教にも関わるものらしい。日本においては、ほとんど宗教的観点はなく、どこか外国のお祭りという扱いであろうけど、クリスマスに手を染めている以上、神社ではやりませんよ、ということを松蔭さまからも一筆いただいている。
いやもうクリスマスをやっちゃってるんだから、という言葉も出てきたが、もっと神社の宮司であることの自覚を持ってもらいたいものだ。柔軟とかいう枠、はるか上を飛び越しちゃってるでしょう、あの人はまったく。
ただもちろん、神社の行事として行なわないだけであって、子供たちでやっているハロウィンの訪問については、三法屋家の方に来てもらっている。準備しているお菓子も「いつものアレ」ではなく、美春さんと美鈴の手作り品なのだ。
ああ羨ましい!(本気)。
それはさておき、そういうわけで、今月の神社は平和である。
秋とはいえ、十一月ともなると、昼でも結構肌寒いこともある。今日は薄曇りの天気であるゆえ尚更だ。
二人でベンチに座って一休み。美鈴が保温ポットで持ってきてくれた熱いお茶を渡してくれる。
「こうやって…」
美鈴がお茶を口にしながら、ぽつぽつと話をする。
「ゆっくりした時間を過ごすのもいいわよね」
「うん」
俺の方も空を見上げたりしながら、言葉を返す。
「この先ずっとこうやっていられたらいいね」
「この先…?」
「来年も、再来年も、ずっと」
少しの間、お互い何も言わずにそうやっていたが、先に美鈴が口を開いた。
「あのね、翔太。去年の夏、結婚しようと言ってくれて、嬉しかった。とっても熱い気持ちになった。そのことを思い返すたびに頬が熱くなって、一人できゃーとか叫んでたりしちゃったの」
翔太はその情景を考えて、笑みがこぼれる。
「でもね」
美鈴は自分のコップのお茶は飲んでしまって、注ぎ直す。
「今はそういった、熱い気持ちはもうないの」
翔太はそれを聞いて、一瞬震えが来てしまった。笑みは消えて顔に緊張が走る。
美鈴はその翔太の様子を見て、一度ゆっくり瞬きをしてから、笑顔で続けた。
「その代わりに、ずっとずっと暖かい気持ちになるの。ぱっと熱くなってぱっと冷める熱さじゃなくて、いつまでも暖かい気持ちになれて…、まるで翔太がいつも包み込んでくれるみたいに」
翔太の緊張が一気に解ける。でも表情はちょっと苦いままだ。
「ずるいよ」
「ふふ。ごめんね。こういうのって、何て言うのかな。気取って言ったら、恋が終わって愛になったって言うのかな」
翔太は息をのんで、小さくため息をついてから、お茶をすすった。
「…ずるいよ」
「うん?」
「俺の方から言いたかったのに」
「言ってくれたじゃない」
「え?」
「来年も再来年も、ずっとって」
実のところ、翔太はそこまで深い意味で言ったのではなかった。今のこの時間の心地よさを表したかっただけだった。しかし、美鈴にとっては一生を共にするという決意であり、その告白であると聞こえていた。だからこその返答の愛の表現だったのだ。
「うわああああ! やっちまったぁあ!」
「あーあ。やっぱり、翔太は翔太かあ。でも、そういう翔太だからよ」
美鈴は笑顔で翔太に寄り掛かった。
秋深き…。
芭蕉がこの句を詠んだのは、旧暦ではまだ九月末だったそうだが、新暦では十一月の中旬になる。
都会の喧騒を離れて、というのではないが、神社に植えられている樹木は、椎の木のほか、常緑樹ばかりなので、秋になって色づくという事がない。
紅葉狩りというわけではないが、花見の時に来た花町公園は紅葉だけでなく、秋になって葉が色づく木も多い。もちろん、そういう木は落葉樹なので、秋は公園の掃除が大変である。ときおり学区の生徒のボランティア活動もあるらしい。
十月から十一月にかけて、世間一般の行事といったら、最近ではハロウィンであろう。
しかし、これも本来はキリスト教にも関わるものらしい。日本においては、ほとんど宗教的観点はなく、どこか外国のお祭りという扱いであろうけど、クリスマスに手を染めている以上、神社ではやりませんよ、ということを松蔭さまからも一筆いただいている。
いやもうクリスマスをやっちゃってるんだから、という言葉も出てきたが、もっと神社の宮司であることの自覚を持ってもらいたいものだ。柔軟とかいう枠、はるか上を飛び越しちゃってるでしょう、あの人はまったく。
ただもちろん、神社の行事として行なわないだけであって、子供たちでやっているハロウィンの訪問については、三法屋家の方に来てもらっている。準備しているお菓子も「いつものアレ」ではなく、美春さんと美鈴の手作り品なのだ。
ああ羨ましい!(本気)。
それはさておき、そういうわけで、今月の神社は平和である。
秋とはいえ、十一月ともなると、昼でも結構肌寒いこともある。今日は薄曇りの天気であるゆえ尚更だ。
二人でベンチに座って一休み。美鈴が保温ポットで持ってきてくれた熱いお茶を渡してくれる。
「こうやって…」
美鈴がお茶を口にしながら、ぽつぽつと話をする。
「ゆっくりした時間を過ごすのもいいわよね」
「うん」
俺の方も空を見上げたりしながら、言葉を返す。
「この先ずっとこうやっていられたらいいね」
「この先…?」
「来年も、再来年も、ずっと」
少しの間、お互い何も言わずにそうやっていたが、先に美鈴が口を開いた。
「あのね、翔太。去年の夏、結婚しようと言ってくれて、嬉しかった。とっても熱い気持ちになった。そのことを思い返すたびに頬が熱くなって、一人できゃーとか叫んでたりしちゃったの」
翔太はその情景を考えて、笑みがこぼれる。
「でもね」
美鈴は自分のコップのお茶は飲んでしまって、注ぎ直す。
「今はそういった、熱い気持ちはもうないの」
翔太はそれを聞いて、一瞬震えが来てしまった。笑みは消えて顔に緊張が走る。
美鈴はその翔太の様子を見て、一度ゆっくり瞬きをしてから、笑顔で続けた。
「その代わりに、ずっとずっと暖かい気持ちになるの。ぱっと熱くなってぱっと冷める熱さじゃなくて、いつまでも暖かい気持ちになれて…、まるで翔太がいつも包み込んでくれるみたいに」
翔太の緊張が一気に解ける。でも表情はちょっと苦いままだ。
「ずるいよ」
「ふふ。ごめんね。こういうのって、何て言うのかな。気取って言ったら、恋が終わって愛になったって言うのかな」
翔太は息をのんで、小さくため息をついてから、お茶をすすった。
「…ずるいよ」
「うん?」
「俺の方から言いたかったのに」
「言ってくれたじゃない」
「え?」
「来年も再来年も、ずっとって」
実のところ、翔太はそこまで深い意味で言ったのではなかった。今のこの時間の心地よさを表したかっただけだった。しかし、美鈴にとっては一生を共にするという決意であり、その告白であると聞こえていた。だからこその返答の愛の表現だったのだ。
「うわああああ! やっちまったぁあ!」
「あーあ。やっぱり、翔太は翔太かあ。でも、そういう翔太だからよ」
美鈴は笑顔で翔太に寄り掛かった。
秋深き…。
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