君に伝えたい言葉

マキノトシヒメ

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翔太編

十月

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 十月になっても晴れていると昼は結構暑くなる。運動をするには厳しいこともある。
「ああ、しんどい」
 普段からちゃんと運動を心掛けていればいいのだろうけど、体を動かすことが特に好きでもない身としては、運動会の時期だからと、どうしても付け焼刃になってしまう。
 ここの町内会が季節ごとの行事が盛んであるのは以前にも言ったが、運動会は伝統あるとまでは言わないが、昔から親しまれている、町内でも最も参加人数の多い行事だ。そんな行事に松蔭さまがノリノリにならぬわけもなく、当たり前のように俺も参加を要請…というか義務付けられている。でも、できれば、走るのはやりたくないんだけどなあ…。
「頑張ってねー」
 うう、美鈴さん、そんなお気楽そうに…。でも、ドリンクを差し入れしてくれるのは嬉しいからよしとしましょう。
 今日は勤務はお休みですが、こういうことになってます。

 学校の運動会なんかも、家族が応援に来てくれるイベントとして好きな方ではあったが、競技そのものに思い入れはない。徒競走なんかもビリになることはないが、トップを争うわけではない。たまたまで一着を取ったことは一回だけあったが、そこから走る喜びに目覚めてなんてのもなかった。
 玉入れとか綱引きのような団体競技のほうが好きだったな。

 町内会運動会は中学校のグラウンドを借りて行なうことになっている。俺もいつの間にか実行委員会の役員にされてしまっていて、中学校との打ち合わせに来ている。でも、役員と言っても、やるのはこれくらいだ。町内会の店やらなにやら、ほとんどの所から「役員」が出されていて、各員の仕事の負担はとても軽い。各所間のコミュニケーションも普段からとられているから、話も早い。だから長続きもするのだろう。

 そして、運動会当日。看板と言うか、入場門もそれなりにきっちり作られている。
 天気は好天に恵まれている。秋晴れという言葉にふさわしいだろう。
 競技は滞りなく進み、午後の部になったのだが、美鈴の格好が何故にか巫女装束である。
「なんで?」
「仮装リレーよ。ちゃんとプログラムに書いてあるでしょ」
 そういえば、そんなのもあったような。各自適当な仮装をするのかと思っていたのだが、店やら会社やらの仕事の内情に合わせた仮装なのだそうだ。普段着にエプロンでフライパンを持っている人もいる。主婦というところか。
 美鈴は三番手である。まあ、仮装であるから全体にスピードは遅い。とはいえ、遅いにしても美鈴のグループはかなり遅れてしまった。他のランナーが出てしまった後に美鈴が一人残されたような形になってしまって、やっと前走者が美鈴にバトンを渡した…のだが。
「はやっ!」
 思わず叫んでしまった。衣装とはまったくそぐわないスピードで美鈴が走る。それなのに、装束は全然はだけてもいないし、動き方が何と言うか変じゃないというか、違和感がない。普通はあの格好で走ったら、みっともないとか、はしたないというように見えるだろうけど、そういう感じがしないのだ。右手に祓串はらえぐし、左手にバトンを持ってあっという間に前のランナーに迫る。まるでビデオの早回しでも見ているみたいだ。
 だが、追いつきかけたところで美鈴の区間は終わってしまった。次のランナーにバトンを渡す。
 これで俄然内容が面白くなった。あとは一進一退。美鈴のグループは二着になった。
「美鈴ってあんな足が速いんだ」
「まあね。小中学校の運動会は一、二着が定番だったわよ」
 うーん。美鈴とは学区が違うから、それを見られる機会はなかったわけだけど、そういう普通のランナー姿も見てみたい…よな。
「見たい?」
 ぐっ! バレバレですか?
「それより、巫女服って、あんな速く走れるものなの? スポーツウェアまでとは言わないけど、走るのに邪魔になってなかったよね」
「あー、誤魔化した」
 ぐっ! バレバレですか(パート2)。
「へへへ。実は改造してあるのよ」
 そう言えば、何かやってたね。見た時は普通に繕いものかと思ってたんだけど。

 午後のプログラムも恙なく進行し、閉会式。撤収になるが、これも速い速い。参加人数もそうだが、運営側の数が多いってのは、要するにここの町内全般がお祭り好きなんだろうなあ。

 ところで後日、「見たい?」に応えていただいて、ランニングデートと洒落込んだわけであるのですが…。うう、美鈴さんや、「見たい?」と言ってたのに、その恰好はどうなんでしょう。いや、シュッとした、いいデザインだと思いますよ。かっこいいですよ。でも、そんな本格的なアスリートみたいなスポーツウェアは…ねえ。
 よこしまな気持ちであるというのは重々承知しているのですが、もっと露出があっても。腕とか肩とか、太ももとか…。なんて口に出すことはとてもできないけど。
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