1 / 8
第一章 解放
(1)
しおりを挟む
今日も今日とて、騎士団の訓練で使われた剣が次々と持ち込まれてくる。打ち合わされて、刃が欠けている物も少なくない。
以前は「研ぎ師」という職人が何人もの作業員を用いて、剣の状態に合わせて打ち直したり、反ってしまった物を伸ばしたり、研いだりと一本の剣を治すのに何日にも渡る工程が必要だった。
そこに出てきたのが「研磨魔法」である。この魔法はついぞ20年ほど前に開発された魔法で、前述の反りの矯正、剣の打ち直し、研ぎを一括した魔法術式である。
剣を扱う所にとっては重宝しそうな魔法であるが、その魔法を使う当人にとっては、便利に使われてしまうだけの、あまりありがたくない魔法とも言える。
ましてや、魔道士スグル・ペリコアのように、研磨魔法しか使えないとなると、騎士団の下働きのような扱いとなってしまうのも無理はないかもしれない。
魔道士でも軍の直接的な補助ができる攻撃魔法分野であるとか、バックアップに欠かせない医療魔法分野であれば、まだ違った働きもできたのかもしれない。
通常、魔道士には補佐役として使い魔がいる。
その魔法を強化したり、魔力を補充したりと魔道士の活動を直接的に助けたり、情報収集や伝達にも活躍する、頼もしい相棒である。
だが、スグルには使い魔はいない。魔法によって剣を研ぐ技術そのものが凡庸で、どこにでもいる研ぎ屋と言える程度の魔道士では、使い魔そのものに用がない。戦場で大量の剣を即時研ぎ上げる力量を持つなら別だが、そもそもスグルには契約をしてくれる使い魔もいないのだ。
持ち込まれた剣の束を見て、スグルはため息をついた。
この本数であれば、定時を少し越えそうだ。残業は申請すれば問題ないのだが、今日はデートの約束がある。最近彼女がちょっと不機嫌な事が多いので、今日は遅れるわけにはいかない。
久々に気合を入れて、仕事をこなし、何とか10分遅れ程度で作業場を出ることができた。
しかし、彼女から出たのは開口一番、別れ話であった。
他に好きな人ができたというわけではない。スグルとの未来の展望が見えない事、最近というか段々と会ってもつまらなくなってきたというのが理由だった。
彼女も魔道士で、基本職は騎士団の後方支援となる医療魔道士である。その能力をもって、普段は医療補という、医師と看護師の中間に位置する仕事をしている。出会ったのも魔道士会議だった。
彼女は使い魔もおり、魔道士としてのランクはスグルより上だが、そういうことは彼女の方も気にしてはおらず、当初は気が合う感じではあったのだが…。
トボトボと自分の住まうアパートに歩を進めるスグル。既に酒が入っている。
よろけて道端にで膝をついてしまう。
しばらくそのままの体勢で何度もため息をつく。数分後、ようやく立ちあがろうとした時、右手に何か柔らかいモノを感じた。びくっとして手を引いて、その方を見ると、そこにいたのは一匹の三毛猫だった。
猫と目が合った。その猫はゆっくり近寄ってきて、スグルにすり寄ってきた。近くの飼い猫か近所で可愛がってもらっている半野良かだろう。人に警戒心がない。
スグルは両手で猫を抱き上げて話しかけた。
「なあ、愚痴でも聞いてくれるか?」
猫はひとつ「ニャーン」と答えた。
「なあ……。あいつ、最後に何て言ったと思う?『研磨魔法がどうこうじゃないの。あなたの魔法には、未来へのワクワクが1ミリもこもってないのよ』だってよ。意味不明だろ?」
確かに、スグルは魔法に限らず、生活全般そのものに覇気がない。元々あまり自分というものを押し出してゆく性格ではないし、成果を自慢する事もない。
それが内向的と言われればそうであるが、研磨魔法しか使えない事には引け目みたいな事を思ったことはないのだが、あまり自慢できることでもない。
…確かに給金は、はっきり言ってしまえば安い。剣ばかり扱っているので、鉄と鉄錆の匂いが染み付いているような感覚に囚われることもある。
何か一つだけでも、外に向かってアピールするような姿勢があったら違っていたのかどうか。
コタツに座って買ってきた安酒をまた一つあおる。三毛猫は黙ってスグルの膝の上で丸くなって撫でられていた。
「はあ…オレも猫にでもなりてえ…」
そしてそのままコタツで眠ってしまった。
三毛猫が顔をもたげてスグルを見つめていた。
(猫だっていつもお気楽なわけじゃないんだよ)
起きている者が誰もいないはずの部屋に、そんな声が聞こえたような気がした。
「またコタツでそのまま寝ちまったのか…」
スグルは眠い目のまま、時計を見た。8時半を回っている。
「やべ、遅刻…じゃねえや」
今日は休日のシフトである。
大きなあくびを一つしてから、コタツの上に残っていたおつまみの豆を口にする。
「はあ…。何もする気起きねえ」
「二ャーン」
「にゃーん? あれ? なんで猫が… 、あ、俺か」
拾ってきてしまったことは思い出したようだ。
「逃げなかったってことは、居てくれるのか。ま、きれいな猫だし、この辺りでみんなの家にでも行ってるのかな。まあ、それでもいいや。腹減ったのか?」
「ニャン」
「わかった。ちょっと待ってろ」
ペットショップでいろいろと買ってきて、いそいそと世話をしていた。
以前は「研ぎ師」という職人が何人もの作業員を用いて、剣の状態に合わせて打ち直したり、反ってしまった物を伸ばしたり、研いだりと一本の剣を治すのに何日にも渡る工程が必要だった。
そこに出てきたのが「研磨魔法」である。この魔法はついぞ20年ほど前に開発された魔法で、前述の反りの矯正、剣の打ち直し、研ぎを一括した魔法術式である。
剣を扱う所にとっては重宝しそうな魔法であるが、その魔法を使う当人にとっては、便利に使われてしまうだけの、あまりありがたくない魔法とも言える。
ましてや、魔道士スグル・ペリコアのように、研磨魔法しか使えないとなると、騎士団の下働きのような扱いとなってしまうのも無理はないかもしれない。
魔道士でも軍の直接的な補助ができる攻撃魔法分野であるとか、バックアップに欠かせない医療魔法分野であれば、まだ違った働きもできたのかもしれない。
通常、魔道士には補佐役として使い魔がいる。
その魔法を強化したり、魔力を補充したりと魔道士の活動を直接的に助けたり、情報収集や伝達にも活躍する、頼もしい相棒である。
だが、スグルには使い魔はいない。魔法によって剣を研ぐ技術そのものが凡庸で、どこにでもいる研ぎ屋と言える程度の魔道士では、使い魔そのものに用がない。戦場で大量の剣を即時研ぎ上げる力量を持つなら別だが、そもそもスグルには契約をしてくれる使い魔もいないのだ。
持ち込まれた剣の束を見て、スグルはため息をついた。
この本数であれば、定時を少し越えそうだ。残業は申請すれば問題ないのだが、今日はデートの約束がある。最近彼女がちょっと不機嫌な事が多いので、今日は遅れるわけにはいかない。
久々に気合を入れて、仕事をこなし、何とか10分遅れ程度で作業場を出ることができた。
しかし、彼女から出たのは開口一番、別れ話であった。
他に好きな人ができたというわけではない。スグルとの未来の展望が見えない事、最近というか段々と会ってもつまらなくなってきたというのが理由だった。
彼女も魔道士で、基本職は騎士団の後方支援となる医療魔道士である。その能力をもって、普段は医療補という、医師と看護師の中間に位置する仕事をしている。出会ったのも魔道士会議だった。
彼女は使い魔もおり、魔道士としてのランクはスグルより上だが、そういうことは彼女の方も気にしてはおらず、当初は気が合う感じではあったのだが…。
トボトボと自分の住まうアパートに歩を進めるスグル。既に酒が入っている。
よろけて道端にで膝をついてしまう。
しばらくそのままの体勢で何度もため息をつく。数分後、ようやく立ちあがろうとした時、右手に何か柔らかいモノを感じた。びくっとして手を引いて、その方を見ると、そこにいたのは一匹の三毛猫だった。
猫と目が合った。その猫はゆっくり近寄ってきて、スグルにすり寄ってきた。近くの飼い猫か近所で可愛がってもらっている半野良かだろう。人に警戒心がない。
スグルは両手で猫を抱き上げて話しかけた。
「なあ、愚痴でも聞いてくれるか?」
猫はひとつ「ニャーン」と答えた。
「なあ……。あいつ、最後に何て言ったと思う?『研磨魔法がどうこうじゃないの。あなたの魔法には、未来へのワクワクが1ミリもこもってないのよ』だってよ。意味不明だろ?」
確かに、スグルは魔法に限らず、生活全般そのものに覇気がない。元々あまり自分というものを押し出してゆく性格ではないし、成果を自慢する事もない。
それが内向的と言われればそうであるが、研磨魔法しか使えない事には引け目みたいな事を思ったことはないのだが、あまり自慢できることでもない。
…確かに給金は、はっきり言ってしまえば安い。剣ばかり扱っているので、鉄と鉄錆の匂いが染み付いているような感覚に囚われることもある。
何か一つだけでも、外に向かってアピールするような姿勢があったら違っていたのかどうか。
コタツに座って買ってきた安酒をまた一つあおる。三毛猫は黙ってスグルの膝の上で丸くなって撫でられていた。
「はあ…オレも猫にでもなりてえ…」
そしてそのままコタツで眠ってしまった。
三毛猫が顔をもたげてスグルを見つめていた。
(猫だっていつもお気楽なわけじゃないんだよ)
起きている者が誰もいないはずの部屋に、そんな声が聞こえたような気がした。
「またコタツでそのまま寝ちまったのか…」
スグルは眠い目のまま、時計を見た。8時半を回っている。
「やべ、遅刻…じゃねえや」
今日は休日のシフトである。
大きなあくびを一つしてから、コタツの上に残っていたおつまみの豆を口にする。
「はあ…。何もする気起きねえ」
「二ャーン」
「にゃーん? あれ? なんで猫が… 、あ、俺か」
拾ってきてしまったことは思い出したようだ。
「逃げなかったってことは、居てくれるのか。ま、きれいな猫だし、この辺りでみんなの家にでも行ってるのかな。まあ、それでもいいや。腹減ったのか?」
「ニャン」
「わかった。ちょっと待ってろ」
ペットショップでいろいろと買ってきて、いそいそと世話をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私の名は多米又三郎。三河東部の国境を任されていますが周囲は全て親今川なので安全安心。と思っていたらその今川と揉めた国衆が我が城に……。
俣彦
ファンタジー
超無名でありますが戦国時代に実在した国衆多米又三郎。
三河と遠江の国境地帯に居を構えるも、多米氏を含め周りは全て今川方のため安全安心。
と思っていたら独立心旺盛な牧野氏が今川と喧嘩。ただこれは全盛期の伊勢盛時の力もあり、火の粉が降りかかる事は無かったのでありましたが……。
次に出て来た戸田氏が宣戦布告の地に選んだのが……。
今川より託されている我が居城。船方山城でありました……。
魔力ゼロの落ちこぼれ貴族、神々のエラーメッセージが読めるようになる~「神罰」のシステム権限で学園無双しつつ、本人だけはただのデバッグ作業だと
蒼月よる
ファンタジー
魔法(ナノマシン干渉)が使えず、名門アルマンド家の恥晒しとされた三男アッシュ。
実技試験に落ちて旧図書棟の掃除をさせられていた彼は、謎の遺物(管理デバイス)に触れたことで、世界の最高管理者権限(デバッガー権限)を手に入れてしまう。
「魔法」とは環境中の魔素を操作する事象。そして「神の奇跡」とは環境管理AIの気まぐれであるこの世界において。
アッシュの目には、相手の放つ魔法が単なる『不正なプロセスのエラーログ』として映り、頭の中で『YES(強制終了パッチ)』を選択するだけで完全に消去できるようになったのだ!
一切の詠唱も魔力発生も伴わずに、同級生の最大魔法をフッと消し去り、暴走する巨大魔物をワンボタンで光の粒子に還元するアッシュ。
本人はただ「うるさい警告文が出たからOKを押してデバッグ(人助け)しているだけ」のつもりなのだが……。
これは、エラーログを消しているだけの落ちこぼれ少年が、王都の至高魔法学園で「神の奇跡を下す聖者」として盛大に勘違いされながら成り上がっていく、痛快無双ファンタジー!
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
影を継ぐ双貌の王子
立板三
ファンタジー
辺境の小さな村で、病弱な母を支えながら静かに暮らす少年レオン。彼には魔法の才能がない。十歳の魔力測定で水晶玉は沈黙したまま光らず、「魔力ゼロ」の烙印を押された過去を持つ。それでも彼は腐らなかった。薬草を摘み、畑を耕し、母の薬を届ける日々の中に、自分なりの居場所を見つけていた。
そんなレオンを支えてきたのが、幼馴染のカイとエマだ。カイは王都の騎士見習いとして鍛え上げられた快活な少年。エマは魔導学院で風の魔法を操る聡明な少女。二年ぶりに村へ帰ってきた二人は、変わらぬ明るさでレオンを迎える。母を囲んだ温かな食卓には笑い声が絶えない。
しかし、再会の喜びの裏で、不穏な影が忍び寄っていた。王都では王子暗殺の噂が飛び交い、「影の部隊」と呼ばれる正体不明の暗殺集団が暗躍しているという。カイとエマの目の下には隈が刻まれ、二人はレオンに「伝えなければならないこと」があると言いかけては口をつぐむ。
そして夜、星空を見上げるレオンを、森の奥から銀の仮面の人影が静かに見つめていた。「対象、確認」——その言葉が意味するものを、まだ誰も知らない。
魔法なき少年の平穏な日常が、静かに、しかし確実に終わりを告げようとしている。母を守ることだけを生きる理由にしてきたレオンは、やがて自分自身の存在に隠された秘密と向き合うことになるのか。幼馴染の絆、辺境の知恵、そして迫りくる闇——すべてが交差する物語の幕が、今ここに上がる。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略
神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。
そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。
これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる