世界を磨く

マキノトシヒメ

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第一章 解放

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 猫を拾ってから一ヶ月ほど経過したが、猫の世話をして遊んでやっていたせいか、スグルは思うほど落ち込んでいなかった。
 彼女のことを思い出しそうな時もあったが、そのタイミングを知っているかのように猫がちょっかいをかけてきたり、おやつをねだったりしてきたので、スグルの心境も落ち着いてきたようだ。
 そのお陰で仕事も結構順調にやれている。砥石の感覚もいい感じだ。

 ときに、「研磨魔法」とはいえ砥石を使うということに違和感を覚える人もいるだろう。
 この砥石は魔法の触媒で、魔法の杖や魔石のように、魔法の効果を増幅したり効率よく出すためのもので、剣に当てることはしない。その魔法の効果に関連する道具を直接魔法の媒体にすることは珍しいことで、他の例では火炎魔法に火種を用いることがあるくらいだ。それも魔法の効果を増幅させるものではなく、発動しやすくする程度のものである。

 帰宅して自分と猫の食事の支度をする。
 当たり前のように居着いてしまった…というより居てくれたと思うようになった。
 ただ、一つわからないというか、不思議というか、猫砂も用意したのだったが、一度も使った様子がない。使ったことがわかりやすように固まるタイプにしたから、何も変化がない以上使っていないということになる。
 自分の決めた場所でしかしないのもいるという事を聞いたような気もするので、そっちなのかと思うことにした。他の家でも可愛がってもらっているのだとしたら、それを止める理由はない。外には自由に出られるように窓は少し開けてある。それ以上開かないようにロックしているので、とりあえず防犯には問題ないはずだ。
「ほら、ミケ。できたぞ」
 特に命名したわけではないが、なんとなくでミケと呼んでいた。
 ミケの器にカリカリと茹でた鶏のささみ。自分の方は冷凍食品も使ったワンプレート。
「では、いただきます」
 一人だけでいたときは、もう何年も無言でただ食べるだけだった。きちんと温まっていない物も気にしていなかった。
 今はまた食事の前後の感謝の言葉を言うようになったし、用意する食べ物がいい加減な状態であることもなくなった。
 割ると湯気をあげたコロッケを口に運ぼうとした、その時だった。
 カッと紫色の閃光が走った。
 手が止まり、フォークの先からコロッケが落ちる。雷鳴が鳴るかとちょっと構えていたが、何も聞こえてくる様子がない。
 そして違和感が起こる。それは魔力の奔流だった。スグルも魔道士の端であり、その流れを追うことくらいできる。流れてゆく先は。
「ミケ?」
 器の前にいたミケに大量の魔力が流れ込んでゆく。そしてミケの姿が変わり始める。うっすらとした光に包まれ、だんだん大きくなり手足が伸びてゆく。
 変化が止まったとき、そこにいたのは、人間の姿だった。
「あー、やれやれ」
 伏せられていた顔を上げると、かなりの美人であった。ネコミミがあること以外は普通に人間の女性である。
「…ミケなのか?」
「そうだよ」
 スグルは改めてその姿を見直した。今は床のカーペットの上であぐらをかいている。背格好や年齢はスグルと同じくらいだろうか。巻き毛のショートの髪は三色に分けられている。服は着てはいるが最低限という感じの装いで、トップはヘソ出しのタンクトップに、ボトムはホットパンツである。
 スタイルは非常に良いと言って良いだろう。バストもかなりのものだ。
「なんで?」
 どう問うていいかわからないスグルは、それだけしか言えなかった。
「んー、どっから言ったもんかな。あ、その前に」
 ミケは器を手にして、カリカリを一気に口に入れガリガリと噛み砕く。そしてささみも口にする。
「スグルも食べちゃっていいよ」
 まだささみが口に入っていたので、少しくぐもった感じだったが普通に通じるくらいには聞こえた。自分の皿の上のものを食べつつ、ミケを見ていると、毛繕いのような仕草をしている。
 よく味もわからなかったが、スグルもとりあえず食事を終えた。
 それを見たミケがなぜか「それじゃあ、おやすみー」と、横になろうとする。
「待て待て待て待てーーい」
「そうそう。そうじゃなかったね。つい」
「少なくとも、そういう姿になった理由だけは教えてくれ」
「簡単でいい? それとも詳しく?」
「詳しく聞かせてくれ」
「あいよ。それじゃあ早速」
 と言いつつ、水で喉を潤す。
「えーと、どこから話したもんかな。そうねえ、むかしむかし、まだこの星が固まり切っておらず、岩石やらガスやらチリやらが」
「…真面目にやって?」
 ここでミケはひとつ咳払い。
 そして手招きでスグルを正面に座らせる。
「研磨魔法」
「…」
「使われ始めてから20年程になるこの魔法は、今は主に刃物。スグルがいるような所では剣。調理が関わる所では包丁や鋏、縫製の針にも使われているわね」
「研ぐ魔法なんだからねえ」
「そういう使われ方が「普通」だと思われているんだけど、スグル、あんたの場合おかしいと思わない?」
「何がだよ」
「研磨魔法は特別の才能は求められていない。術式契約をすれば言ってみれば誰でも使える魔法。まあ、まだ新しいから用法研究も進行中で、人による得手不得手の差は大きいけどね。まあ、そういうレベルの魔法だから、他の魔法を得意とする人の方が多いわよね。あなたの職場に同じ仕事をしている人は何人いる?」
「60人てとこだろう。1組4人の組が5個あって、それが三交代制の各班があるから」
「研磨魔法だけしか使えない人っている?」
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