世界を磨く

マキノトシヒメ

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第一章 解放

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 MAA(魔法動物協会)のレベル的には、本来、三毛猫のほうが黒猫より上である。
 黒猫は基礎能力が高く、魔法のジャンルも広く精通している。使い魔として適合する個体も多い。人間との相性もいいので多くの黒猫が使い魔として活躍している。
 一方、三毛猫は使い魔として適合する個体は黒猫の十分の一もいないが、使い魔となった個体の魔力は非常に高く、ランクとしても黒猫より二つも上になる。ミケのように決まった契約を持たずにフリーランスで活躍している者もいる、傾向的には気が多い質である。
 なのだが、この二人を比較すると、自力に頼って自己流の耐え方をしているミケの能力よりも、理論的で理想に近いトレーニングで長年鍛錬を続けており、今も継続しているクロ先輩のほうが力量で勝っていた。
 クロも以前は使い魔として働いていた。功績を認められ、監査部に配属されたが、多彩な才能によって、管理部や諜報部の仕事も兼任している。今日のこれも、ミケの状況を確認、調整する、どちらかと言えば管理部の仕事である。

 クロの「理論的な接続」は、ミケのような情動に任せた密着とは対極にあるものであった。
 クロはスグルから1メートルほどの距離を保ったまま、空中に緻密な幾何学模様の魔導回路を展開している。それは、感情や体温といった「ノイズ」を一切排除し、魔力という情報だけを純粋に交換するための、極めて効率的で冷徹な儀式となっていく。
「無駄な興奮は不要よ。私の回路に、あなたのマナを預けなさい」
 クロの指先から極細の魔力線が伸びてくる。ミケによって「メンテナンス」されて、魔力的に鋭敏になっていたスグルでも何とか見える程度だ。
「うっ」
 その魔力線がスグルの胸元に刺さってゆく。痛みも何も感じなかったが、魔力線が見えていたスグルは思わず声をあげてしまう。ミケとの接続のときのような、脳を焼くような熱狂はない。代わりにスグルを襲ったのは、恐ろしいほどの静寂と明晰さだった。
(…見える。部屋の空気、壁のひび割れ、ミケの震え…。その全てが『研磨』すべき対象として、数式のように理解できる)
 スグルの脳内から雑念が消え、純粋な「研磨術師」としての意識が覚醒してゆく。
 クロは当初、スグルの潜在能力を「通常の数倍」と見積もっていた。しかし、ノイズが取り払われたスグルのマナは、彼女の予測を遥かに上回る速度で膨張を始めていた。
「何よ、この出力は。 理論値を超えている…!」
 クロの端正な顔が驚愕に歪んだ。スグルの背後に浮かび上がったのは、巨大な「光の砥石」。それはこの世界を構成する概念そのものを削り、書き換えてしまうほどの力を持っていた。
「先輩、危ない! スグルはまだ、自分の出力の止め方を知らないのよ!」
 壁に拘束されていたミケが悲鳴を上げた。
 理論的に接続し、制御下に置いたはずのクロだったが、逆にスグルの巨大すぎる魔力の奔流に飲み込まれそうになっていた。
「くっ…! 私の回路が焼き切れる……⁉ この男、底が知れない…!」
 そしてスグルが無意識に放った「研磨」の波動が、部屋を駆け抜けた。
 壁紙は汚れが落ちるどころか、古代神殿の白大理石のような輝きを放ち始め、コタツは物理法則を研磨され、入るだけであらゆる傷病を治癒する「癒やしの聖域」へと変貌。クロのスーツは概念を磨かれすぎた結果、防弾・防魔法性能が極限まで高まり、もはや「物理的に破壊不可能な鎧」のような硬質感と光沢を帯びていた。
「はぁ…はぁ。…俺、また何かやらかしちゃいました?」
 ふと我に返ったスグルだが、今度は魔力切れは起こっていなかった。このような状況下でもミケとの接続は切れておらず、すべての魔力が解放されずにいたからだった。
 その前で、完璧なエリートだったはずのクロは、きちんとまとめられていた髪はほどけて振り乱し、膝をついて激しく息をついていた。しかしその瞳には、恐怖ではなく、かつてない「興味」が宿っていたのだった。
 まだ呼吸が荒いクロが顔を上げると、その顔は不敵な笑みを浮かべていた。何をしようとしているのか、右手に魔力が込められた時、その手首に撒かれていた時計のアラームが鳴った。

 するとばたばたと数人の男性が部屋に飛び込んでくる。
「クロ様! 次の閣僚会議の護衛任務まであと15分です!」「監査報告書の提出もまだですよ! 何をしているんですか!」
 アパートの前に横付けされた真っ黒な高級車に、これまた黒スーツの集団が待機していたようで、涙目でスグルに手を伸ばすクロを半ば引きずるようにして連れ去ろうとしていた。
「離しなさい。あの個体は理論の範疇を超えているのよ。私が…私がもっと深く、隅々まで研究しなきゃならないんだからあああああ!」
 バタン、と景気のいい音を立ててドアが閉まり、急発進する車の音だけが遠ざかっていく。
「………。…なんだったんだ、一体」
 スグルは呆然と立ち尽くし、窓から差し込む夕日を見つめた。
 夕日に照らされた部屋は、スグルの無意識の「研磨」によって、安アパートとは思えないほど神々しい光沢を放ってた。床の畳一枚一枚が、もはや国宝級の工芸品のような肌触りになっていた。
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