四大国物語

マキノトシヒメ

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始まり

第一話乃一

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 四大国南の国セイオウ王国の王都サイバリオ。北区の宮殿へと繋がるマイシュール商店街は、宮殿への観光ルートであるが、周辺の都民の買い物の場でもあるので、観光客向けの店舗と一般家庭向けの店舗が混在する、ともかく長く広い活気にあふれた商店街である。
 その商店街を颯爽と歩く女性二人連れの姿がある。
 先に歩を進める女性。服装は上品ではあるが質素で気取ったところは全くないのだが、とにかく目立つ。なにゆえに目立つのかと言えば、その背格好である。身長192cm、スリムできれいなシルエット(胸までスリムなのはちょっと残念であるが)、豊かなストレートの金髪を長く伸ばしスタイリストによる部分的に編んだ髪型はその顔立ちにも非常に似合っている。顔もまた母親譲りで出会う人全てが振り向かずにおられない美貌の持ち主である。その背丈ゆえに出会う人全部を見下ろす形となってしまうのだが、その表情にも立ち居振る舞いにも、相手を見下すような振舞いは全くない。
 そして今一人の方というと、身長は150cmちょっと。太ってはいないが痩せているというほどでもない。ストレートの黒髪はショートであるが、女性らしくきれいにまとめられている。顔立ちは言ってはなんだが、十人並よりちょっと上くらいの、まあ普通にどこにでもいるような女性である。先を歩く長身の女性の後をやや早足で距離を空けずに着いて行っている。
 長身の女性はハイネックのブラウスを着ており、その襟には王家の紋章がデザインされている。そう、この長身の美しい女性こそ、この国の王女、マキトシ・プレア・ヴァイオレット・セイオウである。
 そして連れの小柄な女性は従者のリンデン・カイルマン。紺のワンピースで胸元は上品なフリルデザインが施されている。細縁のメガネをかけ、右手には王家から支給されているパッドを持っている。
 高校卒業と同時にマキトシ姫の従者に応募。ものの見事に一発合格を勝ち取り、着任してもう六年にもなる。リンデン自身は、六人兄弟の最年長者で、忙しい父母に代わって優しく厳しく弟妹の面倒を見てきたしっかり者である。
 元々治安が良く、王宮に近い道であるとはいえ、一国の王女が従者のみで街中を散策するとは危険があるのではないかと思われるであろうが、目立たぬ服装のSPがあちこちに護衛に着いている。姫の方もいかつい黒服集団に囲まれて、というような状況は好みではないので、行動予定は専従長に提出し、予定外の行動は極力避けている。そのおかげで、多少離れた位置にいても、先々に人員を配置しておけるので、護衛は隙なく行われているというわけである。
 マキトシ姫は商店街の中ほどにある、案内所に立ち寄る。その日の様々な情報を聞くためである。この案内所には国内外の情報はもちろん、商店街の商品の動向といった、地元向けの情報も集まる。
「まいど。もうかりまっか~」
 マキトシ姫が、いかにも機嫌の良さ気な笑顔で案内所に挨拶する。
 その声に通りにいた二~三人が思わず振り返る。振り返ったのは、間違いなく観光客である。特に国外からの始めての観光客はマキトシ姫の顔はパンフレット等で知っていたとしても、声まで知っている者は、少ない。その姿とのあまりのギャップに驚きの表情を隠しきれない。なにせ、マキトシ姫の声は低い。女性的ハスキーとかアルトヴォイスなどではない。完全な男性のバスバリトンヴォイスなのである。そして言葉がセイオウの公用語である標準エンガル語(これは一般的な国際公用語でもある)ではなく、カンサイ語。これは四大国西の国ワチベン周辺の数カ国のみで用いられている言語である。基本的な部分はエンガル語との共通部が多いので、エンガル語圏ではおおむね通用するが、かなりクセの強い言語である。
 さて、通りにはその振り返った人だけでなく、多くの人が行き来しているが、他の人たちのほとんどは全く振り向きもしない。地元の人にとっては、マキトシ姫が通りに姿を現わすのは当たり前のことであり、その容姿、声質、カンサイ語すべてが当たり前の日常なのである。
 後に説明するが、マキトシ姫の容姿(特に身長)、声質、カンサイ語には全て理由がある。変な成長ホルモンを投与されたわけでも、実は男性であったというわけでも、カンサイ語圏からの養子だったとかいうわけでもない。
「これは姫さま、いらっしゃいませ」
 案内所の係員も、礼儀正しく丁寧ではあるが、対応は全くの通常対応である。
「今日はなんぞおもろい話でも来とる?」
「今日は残念ながら、まだまだ先週の地震の話ばかりですねえ。被害らしい被害もなかったというのに、いろんな所から来てますよ。あ、角のミレイさんの八百屋が今日はノツの寒地リンゴを仕入れたそうですよ。他にドライフルーツもいろんな所の物を仕入れたとか」
「お、そらええな。紅玉も入っとったかわかるん?」
「少々お待ちください。あ、入ってますね」
「やりぃ。なあネエさん」
 リンデンの方を向いて、お願いのポーズを取る。
「はいはい。よろしいですよ。タルトタタンですね」
「よっしゃ!」
 マキトシ姫も今年十九歳になり、大学に通う学生である。兄弟姉妹のいない姫は、従者となって来たリンデンを姉と慕う面があって、特にリンデンの作る菓子類には目がない。王家専属のコック、パティシエもいるが、リンデンの作る物は家族の親しみを感じられ、姫には何よりも大切な物なのである。国王として王妃として多忙な父母は尊敬しているが、愛情という面はどうなのだろうと自問してしまう。そして、その答えは出たことはない。兄弟姉妹もいない姫にとって、リンデンの存在はあまりにも大きくなっている。

 さて、先ほどの案内所に出てきた地震の話。
 セイオウはその国土となっている大陸島が非常に安定したプレート上にあり、地震というものがほとんど発生しない。セイオウ最高峰、ヴィーナスマウンテンの異名を持つカララル岳も太古の時代の土地隆起と浸食によって出来上がった山で、セイオウには火山は一か所もない事が判明している。
 そんなセイオウに先週、震度2の地震が発生した。震源はセイオウ東端マリス岬の東方十五kmの海底。陸地の震度は最大で2。ほとんどの人が揺れを感じることもない地震であったのだが、これはセイオウにとっては十数年ぶりの「大地震」であった。当然その日はもちろん、他に大きな事件等もなかったことから、三日ほどはトップニュースであった。マキトシ姫が立ち寄ったような案内所にも、今だに各地から地震関連の情報が送られてくる。
 そして、その地震に直接関係があるのかどうかわからないが、マキトシ姫にとって驚きのニュースがもたらされる。

 案内所に立ち寄った次の日、大学から戻った姫を待ち受けていたのが、リンデン特製のタルトタタン。早速リンデンと共にお茶の時間を楽しんでいた時、姫の携帯が鳴った。
 ちょっと気分を壊されたのだが、発信者を見ると、大学で同じ教授の元で研究を共にしている先輩からのものであった。この先輩、研究は深い関係で、プライベートはノータッチで、という姿勢で挑んでいる人で、マキトシ姫に電話をしてくるということは、研究以外の事ではあり得ない。
 マキトシ姫の研究テーマ、それはアイネリア文明である。今より二千五百年ほど前に発祥し、約三百年に渡って高度な文明を築き上げた、その存在までは確認されているのだが、二千二百年前になって、その存在が消滅する。一つの文明が消滅するなど珍しいことではないとも言えるが、アイネリア文明の場合はあまりに急激であった。今までの状況的な証拠はいずれもアイネリア文明がわずか二~三日のうちに滅んだことを示していた。大地震、大陸陥没、隕石衝突といったことならそれもありうるが、天変地異があった証拠は何も残っていない。逆にそのような広大強力な天変地異があれば必ず他の地にも影響をもたらすはずで、その時代の残された記録には、いずれの場所のものにも天変地異の兆候はなかったのである。
 マキトシ姫が師事しているサイレン教授はセイオウにおけるアイネリア文明に関する第一人者で、同じく師事している先輩もまた、マキトシ姫と同様にアイネリア文明に惹かれた一人である。
「ニイさん、どないしたんですか。ニイさんが電話をくれるなんぞ珍しですなぁ」
「近くにテレビはあるか。衛星チャンネルの入るやつ」
「衛星チャンネルですかいな」
 マキトシ姫がリンデンの方を見ると、リンデンは自分のパッドを指差した。
「あります」
「735チャンネル、フューチャーexを見てくれ」
「735でんな」
 リンデンはパッドを操作して、衛生チャンネルを出す。
「なんですかいな…え、ニイさん、これ、ここ」
「ああ。先週地震のあった震源の近くだ。もう少ししたら、最初からニュースが繰り返される。聞いて驚け!」
 ニュースの内容は正にマキトシ姫の驚くべきものであった。
 先週セイオウにおいて発生した地震の震源調査を行っていた、セイオウ天候庁の水中探査機が海底に陥没した洞窟を発見した。
 その探査機によって洞窟内の調査を行ったところ、部分的に人工的な兆候が見られ、撮影した映像を各方面へ調査を要請したところ、歴史調査班においてアイネリア文明とおぼしき文字パターンが発見された。
 今後、歴史調査の観点から洞窟内の探索チームが収集される運びとなっている。予定人員は以下の通り(敬称略)

・エンガル:エンガル国立大学、歴史学科、ムレアム教授
・エンガル:ランドナー市立博物館、古代史研究班、ハルガン博士
・ワチベン:ケイブ総科大学、歴史科、コダイ教授
・セイオウ:サイバリオ王立大学、歴史学科、サイレン教授
・グライブ:アルナス市立博物館、総合歴史探索班、ジェイナス博士

「何このメンバー、ごっつすぎるやろ。ちゅうか、ジェイナス博士って、ホンマに来るんかいな。あん人は一人であっちゃこっちゃ行く、学者言うより探検家な人やろ」
「もう一つ驚け。サイレン教授はこの探索チームには参加しない」
「なんやてぇ!」
「サイレン教授は、セイオウ独自の探索チームに参加する。教授がチームリーダーだ。さっきの放送にあった探索チームには、サルペル中央大学のフェイルスキー教授を推薦すると言っていた」
「それはそれでまた、ごっつい名前、出てきよったなあ。最初(ハナ)からさっきのチームに入っててもおかしない人やもんなあ」
「それで、ここからが話の本筋だ。サイレン教授はチームリーダーとして、セイオウの大学他各研究機関にメンバーの要請を始めている。それで、決定事項ではないが、姫にも探索チームのメンバーになる可能性がある」
「ホンマに?」
「喜ぶのは正式に決定してからだよ。まだ可能性があるというだけだから」
 マキトシ姫は何度も「おおきに」を繰り返して電話を終える。その後、しばらくはお茶にも手をつけずに、ボーっとしていた。妄想の世界に浸っているらしい。リンデンが冷めてしまったお茶を替えて、ようやくマキトシ姫が現世に戻ってきたときに、姫の携帯がまた鳴った。しかし、今度は電話ではなく、アラーム機能の方だった。
「ネエさん、今日はお家に戻る日でっしゃろ。ここは侍女にまかして、支度しなはれや」
「でもねえ」
「デモもストライキもあらしまへん。いっつもネエさんをウチが独り占めしとるんやさかい、帰る時はちゃあんと帰したらなあかん。もちろん、ネエさんのことがいらんとか思てるわけやないで。全くその逆や。せやからこそ、気持ちよう出させてや。あさってになったら、また同じように会えるんやし。あ、ウチの食べさしで悪いねんけど、これおみやに持ってかはる?」
 カットした残りのタルトタタンを指差して言う。
「大丈夫ですよ。ちゃんと家に持ち帰る分も作るの許可もらってましたから」
「さすがネエさん、抜け目ないでんな」
 それでもリンデンは従者としての一礼をしてから、その場を離れた。どのように親しくなっても従者としての立場は忘れない。だからこそ六年もの間、従者という激務を勤めて来られたのである。
 マキトシ姫は侍女を呼ぶと、残った菓子で共にお茶の時間を楽しんだ。ここ、セイオウ王宮は勤務環境が良く、侍女も長年勤めている者が多い。ゆえに顔見知りも多い。そうは言っても、やはりリンデンを送り出した後は、少し寂しさを感じるマキトシ姫であった。
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