水に泥む

つきねこ

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井戸

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空に吸われし十五の心、とかなんとか言ったのは、誰だったかな…
水の上に漂って、ぼんやりと空を見つめていると、そんな気持ちがちょっと分かる気がする。
果てしない空、なんて表現はよく使われるけど、今日を境に、それは特別な意味を持った言葉になる気がする。
果てのなさにある可能性や自由は勿論理解していた気はするけど、そんな軽々しい感覚ではなく、本当な何もかもが繋がれていない自由というのが空にはあったと、今日、初めて知った。
そんな、そら恐ろしいほどの果てしなさの真横に、秀真の靴が見えるのは、なんとなく可笑しみがあって、これが現実やしがらみの安心感なのかな?と考えてみる。
自分はしがらみを捨てて、ここへ逃げてきたくせに、多少のしがらみで安心感を得る矛盾…。ぐるぐるしてきた。

「秀真ー。クロワッサン食べよー。」
雫はそう言ってから、わざと勢いをつけて起き上がった。
自由という思考の呪縛から解き放たれて、うー、っ伸びをする。
「雫、お昼ご飯の前にクロワッサン?」
2人とも時計などしていないから、はっきりと時間は分からない。
太陽の位置から察するに、そろそろお昼なのかもしれない。雫は少し考えてから、
「お弁当、なんだろ?」
秀真はそんな雫をみて、声を立てて笑い、なんだよ、それと、呟く。
そして、トートバックの中のお弁当の袋を開き、おにぎりの包みをよけると、底にあったお弁当箱の蓋を器用に開けてみる。
中身は卵焼きに、唐揚げ、海苔とチーズをくるくると巻いもの、ブロッコリーと、ミニトマト。
全部に串が刺してあって、箸はいらないように考えてある。
「んー、お弁当食べるか…」
唐揚げがあまりに美味しそうで、まずはお弁当を食べた方がいい気になる。
秀真はまた声をたてて笑うと
「だね。」
と言って、一旦お弁当の蓋をし、トートバックから袋ごとお弁当とおにぎりを取り出す。
そして、トートを脇によけると、さっさとお昼の支度を始める。
にわかに舟が揺れて、雫はちょっとドキドキしたけど、秀真は手慣れたもので、揺れをものともせず、場を整えた。
「はい、おにぎり。中身は梅かなぁ。」
秀真の手渡してきたおにぎりを受け取る。雫がおにぎりのラップを剥がし始めると、秀真もおにぎりを手に取りラップを剥がし始めた。
そして、2人でそろっていただきますを言うと海苔の香りのするおにぎりにかぶりついた。塩気がたまらない。
串に刺さったおかずは、唐揚げがとにかく楽しみだったのだけど、意外と卵焼きも美味しい。甘味は割と強めなタイプで、おかずというよりお菓子みたいだが、柔らかくて、こういう卵焼きも美味しいと思う。
雫は2個のおにぎりと、おかずを食べ終えると、めちゃくちゃ美味しかったな、と呟いた。
秀真はうんと頷くと保温ポットからお茶を入れてくれた。あったかい緑茶だ。
「どうする?このまま船でぼんやりでもいいけど、ちょっと周りを漕いでみる?」
そう言われて周りを改めて見てみる。
雫達がこの小船に乗りこんだ場所は、薄い草むらになった踏み固められた土手のようになっているが、反対岸からその土手につながっている右端の岸は森になっていて張り出した木が水面に覆い被さるようになっている。
左側も森のようになっていて、先が見えなくなっていた。
雫は左側を指差して聞いてみる。
「あっちが川になってるの?下れちゃったりする?」
秀真は軽く首を横に振ると
「いや、下れない。浅い川だし、橋がかかってるんだよ。水面と変わらない高さで。」
それを聞くと、冒険心は沸き立つこともなく、鬱蒼とした森に近付くのも、なんとなく気が引けて、真ん中でふらふらと漂っている事を希望した。
秀真は、だよね、と言って、竿を操り、真ん中あたりに船を戻した。
雫はもう一度周りを見渡してみる。本当に周りは森だらけで、そこの草むらが妙に踏み固められているのが、却って奇妙にも見える。すると、その草むらが森に飲み込まれる少し手前あたりに、先程は見えなかったが、石を積み上げたような古井戸のような物があるのが見えた。
もしかしたら、あの辺りに昔は家があったのかもしれない。
雫は秀真に向かって言った。
「ね、あそこ、井戸があるんだね。」
秀真は、はっと振り返って井戸を確認した。つまり、それは存在を正確に知っていたという事だ。それなのに、秀真はなんとなく、知らないような、触れたくないような感じで、ふーんといった流し方をした。
ある意味、そつのない少年の秀真にしては不器用な誤魔化し方で。
却って、それは、これ以上聞いてはいけないように感じさせる反応だった。
「前は家があったのかもね。な、それよりクロワッサン食べよう!」
秀真は、夢から醒めたようにはっとすると、雫の顔をしばらく見つめてから苦笑した。
「もう?」
雫はそんな秀真を見て、安心すると、
「もう!」
と頷いた。

チョコのガナッシュが挟まれたクロワッサンは、サクサクでとんでもない美味しさだった。温かい紅茶も別で持たせてくれている気の利き方に、脱帽だ。
そうして、船で漂いながら、ただのんびりと過ごし、結局、散策とは名ばかりだったけど、心の底から楽しめた1日だった。
ただ、あの古井戸の存在だけは、何かチクチクと引っかかるものとして、記憶に留められた。





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