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5話 気まずい帰り道

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 保健室で珠希ちゃんに会った日から一週間以上過ぎた火曜日、授業が終わった後に自転車置き場で珠希ちゃんに偶然会って、声をかけられた。
 
 それから色々と話していたら、いつのまにか辺りがすっかり暗くなっている。
 
 そんなに長い時間が経った気がしないのに、いつの間にこんなに暗くなったんだろう?もう七時くらいかな?
 
 自転車置き場には、いつも遅くまで練習している野球部の人やサッカー部らしき人もちらほらいる。
 
 もう少し話していたい気もするけど、さすがにそろそろ帰ろうかな。

 そんなことを思っていたら、珠希ちゃんがいきなり誰かに向かってぶんぶんと勢いよく手を振った。
 
 友達かな?
 珠希ちゃんが手を振っている相手が気になったので、珠希ちゃんの視線の先をたどると、そこには背の高い男子二人組がいた。
 
 ふたりとも学ランの袖を肘までまくり、サッカー部の黒いエナメルのバッグを肩からかけている。あれって……。

「圭佑! 前田くん~!」
 
「珠希? こんな時間まで何してたの?」
 
 珠希ちゃんが声をかけると、前田くんは笑顔で手を振り返し、渡辺くんも珠希ちゃんに声をかける。やっぱり前田くんと渡辺くんだったね。
 
 私にまでおつかれと気さくに声をかけてくれた前田くんの笑顔にドキドキしながらも、私も頭を下げる。
 
「あたしら学校の用事で残ってて、さっき帰ろうとしたんだけど、なんか痴漢?みたいな人がいて。まだいたら嫌だしこわいから、圭佑たち送ってくれない?」
 
 な……? 痴漢!?
 い、いなかったよね? そんなひと。
 珠希ちゃん~……っ!
 
「痴漢? 災難だったね、送ってくよ。
和也もいいよね」
 
「もちろん!」
 
 いきなり堂々とそんな嘘をつく珠希ちゃんに驚いている間に、男子ふたりはあっさりと珠希ちゃんの提案を了承する。
 
 ええ~……、うそだよね……?
 ……まさかあのとき保健室で言ってたことって本気だったの?
 
 珠希ちゃんは前田くんと仲良くなるのに協力するって言ってくれてけど、まさか本気だなんて思わなかった。だって珠希ちゃんとは今はクラスも違うから、わざわざ何かするなんて思わなかったよ……。
 
 う、……嬉しいような、困るような……。
 ……や、やっぱり困る、かも……。
 
 ただでさえ話すの苦手なのに、あの前田くんと一緒に帰るなんて何話したらいいのか……。
 
 

 
 
「それでさ、……斉藤さん? 聞いてる?」
 
「は、はい! ご、ごめん、なさい。何でしたか?」
 
 珠希ちゃんからの突然の協力に喜ぶよりも内心あせっていると、いつのまにか隣りで自転車をこいでいた前田くんに慌てて返事をする。
 
「痴漢大丈夫だった? あとさ、何で敬語なの?」
 
「え、あれ、私敬語でし……だった?
ち、……かんも、うん。えっと、……全然大丈夫」
 
 ……痴漢にあったのに大丈夫っていうのも、おかしいよね。
 せっかく前田くんが心配してくれたのに、緊張して上手く話せない。
 
 前を見ると、珠希ちゃんと渡辺くんの会話は盛り上がっているみたい。楽しそうに仲良く自転車を走らせている。
 
 田んぼ道がしばらく続くこの道は、夜は車もほとんど通らない。だけど、さすがに二列以上になるのは他の人にも迷惑になるし、よくないよね。
 
 珠希ちゃんたちに今から割り込むのはやめたほうがよさそうだし……、ということは、この状況のままってこと?
 
 うぅ……、むり。
 緊張して何話せばいいのか全然分からないし、この状況本気で無理だよ珠希ちゃん……っ。
 
 それからも前田くんは気を使って(?)色々話しかけてくれたけど、相づちをうつのがやっとだった。
 せっかく話しかけてくれてるのにまともに話もできないし、気まずすぎて申し訳ない……。
 
 
 
「和也ここ曲がるよね? 珠希もだから送ってやって。斉藤さんは?」
 
 トンネルの前までくると、前を走っていた渡辺くんたちが足を止めてこちらを振り返った。
 
「わ、私はこっち」
 
 私の家はトンネルを越えて、まだしばらくまっすぐ。こっちとトンネルの向こうを指差す。
 
「そう、じゃあ俺と一緒だ。
送っていくよ」
 
「え~でもさ、」
 
「同じ方向だし、お願いします……!
じゃあ、珠希ちゃんまたね。
ま、前田くんも今日はありがとうございました」  
 
 たぶん私と前田くんをふたりにさせたい珠希ちゃんが何か言おうとする前に、あわてて口を挟む。
 
 ごめん珠希ちゃん。せっかく協力してくれたのに申し訳ないけど、これ以上はもう無理です……。
 
 結局前田くんとは最後までまともに話もできないまま、二組に別れて家に帰ることになった。前田くんと珠希ちゃん、私と渡辺くんという組み合わせで。
 
 色々話しかけてくれた前田くんとは違って、渡辺くんは自分から話しかけてくることはなかった。 
 私も何を話しかけていいのか分からず、街灯もほとんどない暗い夜道の中、無言でふたりで自転車をこぐ。
 
 これはこれで気まずいけど、お互いに最初から会話をしようという気がない分、さっきよりも気は楽かもしれない。……かな?
 
 その後も一言も会話がないまま、家の前につくと、ちょうど仕事から帰ってきたのか、車から出てきたお母さんと鉢合わせしてしまった。

 私がただいまとお母さんに声をかけると、渡辺くんもこんばんはとお母さんに小さく頭を下げる。
 
「じゃあ、また。学校で」
 
「う、うん。送ってくれてありがとう。またね」
 
 それから渡辺くんは私に一言だけ声をかけると、すぐにその場を離れた。
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