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4、魔王子様の妻らしく振る舞えているのでしょうか?
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それから一週間が経った今夜、このお城で舞踏会が行われるそうです。私としては、殿下の妻として初めてのパーティー出席となります。
今夜の私は、いつにもまして華やかなドレスを着せて頂きました。
ふわりと広がったスカート部分は幾十もの段になっていて、ブラックとクリーミーピンクのレースが交互に重なっています。胸元と袖と裾には、繊細なフリルレースとリボンがあしらわれていました。
エマは私の腰まであるピンクブロンドの髪を華やかに結い、ドレスとお揃いの髪飾りも付けてくれました。
せっかく美しいドレスを着せて頂いたのですから、ラオニール様の妻として恥ずかしくない振る舞いをしなければなりません。
ささやかなお茶会くらいしか参加したことのない貧乏男爵令嬢の私とは違い、第六魔王子殿下ともなればお付き合いもきっと多いのでしょう。
いつもはシンとしている広間には、たくさんの人が集まっています。
どうしましょう、ちゃんと第六魔王子の妻らしく振る舞えるのか心配になってきました。
ガチガチに緊張してしまって、私の足は広間の前でピタリと止まってしまいます。早く皆様にご挨拶しなければいけないというのに、足が動いてくれません。
「緊張することはない」
隣にいらっしゃるラオニール殿下は、私にお言葉をかけてくださいました。殿下はいつもの黒いサーコートではなく、正装をしていらっしゃいます。
襞襟の白いシャツ、金色のボタンのついた黒のベストとコート。ぴったりとした黒いズボンは、同じ色のロングブーツの中に入れていらっしゃいます。
こうしていらっしゃると、本当に王子様のようです。
「ユシェルは何もしなくてもいいから」
何もお言葉を返さない私に対し、殿下はそうおっしゃいました。
余計なことをするな、ということでしょうか。
そうはおっしゃられましても、全く何もしないというわけにもいきません。
「お気遣いありがとうございます」
私はぷるぷる震えながら、背の高いラオニール殿下を見上げます。そうしたら、ラオニール殿下はためらいがちに手を差し出されました。
これは、握れということなのでしょうか。
夫婦としては、初めての触れ合いです。
お食事の際には時折お会いするものの、初夜以降、殿下は私のお部屋にはいらっしゃいません。私はやはりラオニール様を苛立たせてしまうみたいで、こんなにおそばでお話しするのもずいぶんと久しぶりな気がします。
きっとラオニール様は、進んで私に触れたくないのだと思います。ですが、皆様の前なので、仲睦まじい夫婦の姿をお見せしなければいけないのかもしれません。
「失礼いたします」
差し出されたラオニール様の大きな手をおそるおそる握ります。そうしたら、お背中の翼がわずかにパタパタと動いたような気がしました。
そして、殿下は、私の手をそっと握り返されました。
予想よりも、ずっと優しい手です。
でも、そういえば……。
本当に幼い頃、森で迷った私の手を殿下が引いてくださったことがあったような……。
殿下の手は、幼い頃よりもずっと大きくなっていて、ドキドキします。それでも、あの時と同じ優しい手に握られ、少しだけ緊張が和らいできました。
広間の中に行くと、皆様の注目が私たちに一斉に集まります。あわわ……っ、心臓が止まりそうです。
ワタワタしている私とは違い、ラオニール殿下は落ち着いていらっしゃいます。
「行ってくる」
殿下は私の手を一度ぎゅっと握ってから、お離しになられました。
「本日はお忙しいなかお集まり頂き、ありがとうございます。楽しいひとときを過ごしていただけると幸いです」
殿下が簡潔な挨拶をなさると、拍手の渦が起こりました。私の方に一瞬視線を送ってくださったような気がしましたが、殿下はすぐに周りを取り囲まれてしまいます。
私からは背の高い殿下のお姿が拝見できるものの、あちらからは小さな私が見えなくなってしまったに違いありません。
その間、代わる代わる皆様が私の元へいらっしゃいました。
「初めてお目にかかります、奥方様」
「は、はいっ。ユシェルと申しますっ」
男爵家の生まれの私よりもずっと身分の高そうな方も、美しい方も、皆様が私の前にかしづかれました。
ああ、そんな、申し訳ない。
私はそのようなことをして頂くような者ではございませんのに。
ですが、第六魔王子の妻としては、もっと堂々と構えなければいけないのでしょうか。
第六魔王子の妻らしく振る舞おうと、拙いながらも皆様へご挨拶にまわりました。
とにかく殿下にお恥ずかしい思いをさせないようにしなければいけません。しかし、そう思えば思うほど焦りが募り、余計に空回りしている気がします。
そんな折、ようやく皆様の輪から抜け出された殿下が私の元にいらしてくださいました。
「ユシェル」
「は、はいっ。何でございましょう」
殿下のお顔がいつもよりさらに固い気がします。
お叱りを頂くのでしょうか。
「無理に会話しなくても、お前は私の横にいたら良い」
ラオニール様は厳しい表情のまま、そうおっしゃられました。ご挨拶もまともに出来ない私に呆れていらっしゃるのだと存じます。
ラオニール様の妻としてろくに会話も出来ず、私は何て役立たずなのでしょう。
愛がないとはいえ、ラオニール様は私の夫としてのお役目を十分過ぎるほど果たしてくださってしまいます。
それに対し、私は何も返せてはいません。
彼に恥をかかせないよう、第六魔王子の妻らしく立派に振る舞わなければいけないのに。
どれだけ着飾ったとしても、結局中身は気弱な男爵令嬢ユシェルのままなのです。
自分が本当にみじめで、情けないです。ラオニール様にも、皆様にも申し訳なく感じ、涙がこぼれました。
「ユシェル……」
ラオニール様が、長い腕を振り上げました。
殴、られる? 怖くなって、反射的に身体に力が入ってしまいます。
ゆっくりとこちらに伸びてきたラオニール様の腕は、ためらいがちに下ろされました。お背中についている翼も一緒に。
きっとはじめから暴力をふるわれるおつもりはなかったのでしょう。ラオニール様が私にそのようなことをされたことは一度もないというのに、私ったら……。
「申し訳ございません、少々気分が優れず……。失礼いたします」
いたたまれなくなり、私は背を向け、その場から走り去りました。
ラオニール様は一度だけ私を呼び止めましたが、追っては来られませんでした。
今夜の私は、いつにもまして華やかなドレスを着せて頂きました。
ふわりと広がったスカート部分は幾十もの段になっていて、ブラックとクリーミーピンクのレースが交互に重なっています。胸元と袖と裾には、繊細なフリルレースとリボンがあしらわれていました。
エマは私の腰まであるピンクブロンドの髪を華やかに結い、ドレスとお揃いの髪飾りも付けてくれました。
せっかく美しいドレスを着せて頂いたのですから、ラオニール様の妻として恥ずかしくない振る舞いをしなければなりません。
ささやかなお茶会くらいしか参加したことのない貧乏男爵令嬢の私とは違い、第六魔王子殿下ともなればお付き合いもきっと多いのでしょう。
いつもはシンとしている広間には、たくさんの人が集まっています。
どうしましょう、ちゃんと第六魔王子の妻らしく振る舞えるのか心配になってきました。
ガチガチに緊張してしまって、私の足は広間の前でピタリと止まってしまいます。早く皆様にご挨拶しなければいけないというのに、足が動いてくれません。
「緊張することはない」
隣にいらっしゃるラオニール殿下は、私にお言葉をかけてくださいました。殿下はいつもの黒いサーコートではなく、正装をしていらっしゃいます。
襞襟の白いシャツ、金色のボタンのついた黒のベストとコート。ぴったりとした黒いズボンは、同じ色のロングブーツの中に入れていらっしゃいます。
こうしていらっしゃると、本当に王子様のようです。
「ユシェルは何もしなくてもいいから」
何もお言葉を返さない私に対し、殿下はそうおっしゃいました。
余計なことをするな、ということでしょうか。
そうはおっしゃられましても、全く何もしないというわけにもいきません。
「お気遣いありがとうございます」
私はぷるぷる震えながら、背の高いラオニール殿下を見上げます。そうしたら、ラオニール殿下はためらいがちに手を差し出されました。
これは、握れということなのでしょうか。
夫婦としては、初めての触れ合いです。
お食事の際には時折お会いするものの、初夜以降、殿下は私のお部屋にはいらっしゃいません。私はやはりラオニール様を苛立たせてしまうみたいで、こんなにおそばでお話しするのもずいぶんと久しぶりな気がします。
きっとラオニール様は、進んで私に触れたくないのだと思います。ですが、皆様の前なので、仲睦まじい夫婦の姿をお見せしなければいけないのかもしれません。
「失礼いたします」
差し出されたラオニール様の大きな手をおそるおそる握ります。そうしたら、お背中の翼がわずかにパタパタと動いたような気がしました。
そして、殿下は、私の手をそっと握り返されました。
予想よりも、ずっと優しい手です。
でも、そういえば……。
本当に幼い頃、森で迷った私の手を殿下が引いてくださったことがあったような……。
殿下の手は、幼い頃よりもずっと大きくなっていて、ドキドキします。それでも、あの時と同じ優しい手に握られ、少しだけ緊張が和らいできました。
広間の中に行くと、皆様の注目が私たちに一斉に集まります。あわわ……っ、心臓が止まりそうです。
ワタワタしている私とは違い、ラオニール殿下は落ち着いていらっしゃいます。
「行ってくる」
殿下は私の手を一度ぎゅっと握ってから、お離しになられました。
「本日はお忙しいなかお集まり頂き、ありがとうございます。楽しいひとときを過ごしていただけると幸いです」
殿下が簡潔な挨拶をなさると、拍手の渦が起こりました。私の方に一瞬視線を送ってくださったような気がしましたが、殿下はすぐに周りを取り囲まれてしまいます。
私からは背の高い殿下のお姿が拝見できるものの、あちらからは小さな私が見えなくなってしまったに違いありません。
その間、代わる代わる皆様が私の元へいらっしゃいました。
「初めてお目にかかります、奥方様」
「は、はいっ。ユシェルと申しますっ」
男爵家の生まれの私よりもずっと身分の高そうな方も、美しい方も、皆様が私の前にかしづかれました。
ああ、そんな、申し訳ない。
私はそのようなことをして頂くような者ではございませんのに。
ですが、第六魔王子の妻としては、もっと堂々と構えなければいけないのでしょうか。
第六魔王子の妻らしく振る舞おうと、拙いながらも皆様へご挨拶にまわりました。
とにかく殿下にお恥ずかしい思いをさせないようにしなければいけません。しかし、そう思えば思うほど焦りが募り、余計に空回りしている気がします。
そんな折、ようやく皆様の輪から抜け出された殿下が私の元にいらしてくださいました。
「ユシェル」
「は、はいっ。何でございましょう」
殿下のお顔がいつもよりさらに固い気がします。
お叱りを頂くのでしょうか。
「無理に会話しなくても、お前は私の横にいたら良い」
ラオニール様は厳しい表情のまま、そうおっしゃられました。ご挨拶もまともに出来ない私に呆れていらっしゃるのだと存じます。
ラオニール様の妻としてろくに会話も出来ず、私は何て役立たずなのでしょう。
愛がないとはいえ、ラオニール様は私の夫としてのお役目を十分過ぎるほど果たしてくださってしまいます。
それに対し、私は何も返せてはいません。
彼に恥をかかせないよう、第六魔王子の妻らしく立派に振る舞わなければいけないのに。
どれだけ着飾ったとしても、結局中身は気弱な男爵令嬢ユシェルのままなのです。
自分が本当にみじめで、情けないです。ラオニール様にも、皆様にも申し訳なく感じ、涙がこぼれました。
「ユシェル……」
ラオニール様が、長い腕を振り上げました。
殴、られる? 怖くなって、反射的に身体に力が入ってしまいます。
ゆっくりとこちらに伸びてきたラオニール様の腕は、ためらいがちに下ろされました。お背中についている翼も一緒に。
きっとはじめから暴力をふるわれるおつもりはなかったのでしょう。ラオニール様が私にそのようなことをされたことは一度もないというのに、私ったら……。
「申し訳ございません、少々気分が優れず……。失礼いたします」
いたたまれなくなり、私は背を向け、その場から走り去りました。
ラオニール様は一度だけ私を呼び止めましたが、追っては来られませんでした。
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