Missing You

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痕跡

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「本当にごめんなさい。私、余計なことばっかり」

「そんな風に思わないで?
あの日のケーキも僕らへの言葉も、すごく嬉しかったから」

「……」

「向日葵ちゃんが僕と彼女の幸せを考えてくれて、その思いで心が温かくなった。

優しい子だなぁって思った」






優しい子?

私が?



零さんにそんなことを言ってもらえる資格があるのだろうか




私は

本当に心から2人の幸せを祈った?



零さんの幸せを考えられても
彼女さんのことまでは…正直、無理だったかもしれない


私はきっと
零さんが思うような優しい人間ではない






「…

零さん」

「うん?」

「とりあえず熱を計りましょう。そして、安静にしていてください」

「あ~、そうだね。よいしょ」



ふらつきながら体温計を取りに行く背中を
ただ黙って見守る



本来なら、熱がある人を動かすべきではない

私が場所を聞いて、代わりに取りに行けばいい



でも



今の心境で
この部屋を歩き回る自信が無かった



「……」



どこを見ても2人の思い出や愛情に満ちていて

私なんかが零さんを好きでいることすらも恥ずかしく思えてしまう








「どうですか?」

「んー…

39度?」

「えっ!」

「びっくりした~
こんな高いの初めてだよ」

「のんきにそんなこと言ってる場合ですか!
40度近いですよ?病院行くレベルです!」

「あはは、大丈夫だよ。寝てたら治ると思う」

「…でも」

「心配してくれてありがとう、向日葵ちゃん」



ずるい


そんな風に優しい笑顔を向けられたら、何も言えなくなる




「…

…冷蔵庫」

「ん?」

「冷蔵庫、勝手に開けてもいいですか?お水飲んだ方がいいと思うんです」

「ありがとう。助かるよ」



零さんが高熱だと知って
"自信が無い"なんて言っている場合ではなくなった

今は彼の体調を一番に考えないと



「……」



深呼吸をして
緊張しながら冷蔵庫の扉を開ける



「水あった?」

「…

はい、ありました」




やっぱりここにも

彼女さんの姿が




《ストックが減ってきたら買い足すこと》


綺麗な字で書かれたメモを見つめながら、ペットボトルを取り出した




「どうぞ、零さん」

「ありがとう。
ごめんね?迷惑かけて」

「いえ。私は何も」


水を飲んだ後、ベッドに横になる零さんの身体を支え
そっと布団をかけた


「あとは大人しく寝てれば大丈夫だと思う」

「はい…ゆっくり休んでください」


その後
零さんが眠ったのを確認してから、家の鍵を借りて買出しに出掛けた



目が覚めたとき
お粥があったらいいかもしれない

一応風邪薬も

おでこに貼る冷却シートもあったら役に立つかな



そんなことを考えながら次々と商品を買い物かごに入れてレジを通る


早足で家に戻り、今度はキッチンを借りた



様々な調味料や素敵な食器が揃ってる

前はここで彼女さんが料理をしてたのかな…





広い部屋だし

同棲してたのかも





恋人との思い出がたくさん残っているだろうこの部屋に、1人でいるのは辛くないのだろうか



それとも



思い出と離れることの方が辛いのだろうか









「…

…よし」



お粥を作り終え、後片付けも済んだので
ベッドに近づき零さんの様子を見る




「……ぅ、…っ」



眉間にシワを寄せて苦しそう

おでこに触れると、やっぱりまだ熱かった



冷蔵庫から冷却シートを取り出し

起こさないように気をつけて、そっとおでこに貼る



「んん…」



可哀想だな

代わってあげたいくらい




「……で、…」

「え?」



何か聞こえた気がして
耳を近づける



「…い、で

……い…かないで、…



 香菜子かなこ

「……」






"行かないで、香菜子"











恋人の名前

だろうな






聞かなくてもわかる







「…

ごめんなさい、零さん。
香菜子さんじゃないけど…」



夢の中では香菜子さんの手を握ってくださいね




少しでも苦しみから解放されるようにと願い
零さんの手を握った









______


_____









「向日葵ちゃん」

「…

…う……ん、?」

「起こしてごめんね。
でも、このまま風邪引いたら大変だと思って」

「…

…あ!
すみません。私、寝ちゃってたんですね」



慌てて起き上がり

握ったままになっていた手を離す



「僕の看病して疲れちゃったんだよね。ごめんね、ありがとう」

「あ…いや…
大したことは、何も」

「手も握っててくれたんでしょう?
安心して眠れたのは向日葵ちゃんのおかげだね」

「……」

「ん?なんか美味しそうな匂いがする」

「あっ、そうでした。私お粥を作ったんです」

「お粥?」

「何か食べた方がいいと思って。
勝手にキッチンを借りてしまってすみません」

「手料理なんて久しぶりだから、すごく嬉しいよ」


すぐに食事の用意をして
ダイニングテーブルに移動した零さんの元へ運ぶ


「こんなものですが…どうぞ」

「いただきます」

「熱いから気をつけてくださいね」

「ふぅー、ふぅー



ん~美味しい」

「味、変じゃありません?」

「すっごく美味しいよ。すぐ元気になりそう」

「お口に合ってよかったです」



大好きな人の看病をして

手料理を食べてもらえて

美味しいって言ってもらえて


ドキドキして幸せなはずなのに



すごく

悪いことをしている気分






「零さん

…彼女さんのお名前って
香菜子さん、ですか?」

「えっ?

そう、だけど…
どうして知ってるの?」

「寝言で言ってました」

「わ!ほんと?うわぁ…恥ずかしいなぁ」



弱ってるときは大切な人に会いたくなるものだよね

零さんは今、癒しを求めてるんだ




肩を貸して家まで送ることはできても
身体に良い料理は作れても

私では零さんを癒すことはできない


香菜子さんじゃないと意味がないんだ






「…

…こんなことを聞いていいのかわからないんですけど


香菜子さんが…
ご病気で、もう助からないとわかったとき


零さんは
離れようとは思わなかったんですか?」



零さんの寝顔を見つめる間、私ならどうするだろうと考えていた



もうすぐ亡くなってしまう人の"恋人"でい続けることは難しいだろう


どんなに好きな相手だとしても
恋人という関係のままで ひとり残されるのは…
きっと耐えられない





「実はね、香菜子に言われたんだ。

"私はもうすぐ死ぬから別れて"って」

「え…」

「そんなこと言われても困っちゃうよね。

確かに、大好きな人が病気で衰弱していくのを傍で見ていることは辛かった。
何もできなくて悔しかった。

でも

あのとき別れていたら僕は一生後悔したと思う」

「……」

「世界で一番愛する人がこの世からいなくなるなら僕は最期まで傍にいたい。

終わりがわかってるなら尚更
1分も1秒も無駄にできないでしょう?

手を握って
何度でも、愛してると伝えたい。


僕はそう思ったんだ」





あぁ

そうか





私が考える愛と
零さんが考える愛は

全く別物なのかもしれない





辛くても苦しくても、それでも傍にいたいと思うことこそが

本当の愛なのだろうか







「…

……すいません。

私、用事を思い出したので帰ります」

「用事?じゃあ送って行くよ」

「大丈夫です」

「でも、外はもう暗いし」

「病人が何を言ってるんですか。

私は1人で大丈夫なので、零さんはちゃんと寝ててください」

「でも」

「早く元気になって、またカフェに来てくださいね。

…待ってますから」





これが

私の精一杯





本当は用事なんてものは無いけど


これ以上はここにいられないと思った
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