Missing You

17CARAT

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寂しそうなわけは

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「あんなに人気があってもさ
零さんって調子に乗らないし浮かれないし、みんなに平等だよな」

「うん…
特別な人がいるからこそ、他の人たちにはみんな同じように接するんじゃないかな」



誰にでも笑顔で
誰にでも優しくて




特別な人には、どんな表情を見せてどんな言葉を贈るのだろう




「でも

何となくだけど
向日葵に対しては、みんなとはちょっと違う気がする」

「え?」

「零さんは注文するとき、絶対向日葵に言うんだ。向日葵がカウンターにいないときはメニュー眺めて待ってるみたいだし」

「…そんなの…気の所為、でしょ。ただ単に何を頼むか迷ってるとか」

「そんなに悩んで毎回同じようなもの頼む?」

「そ、そういうことも…ある、でしょ。偶然よ、偶然。

変なこと言って動揺させないで」



他の人たちより私の方が少しだけ特別なんて

そんなことない
あるわけない

零さんは常に平等で、特別なのは恋人だけ



私は

カフェ店員の中の1人ってだけ

つまり
大勢の中の1人




心の中で自分に言い聞かせ、余計な期待を抱かないようにする






「なぁ、お前この先もずっとそうしてる気なの?」

「……」

「好きな気持ちをひた隠しにして、零さんの前で平気そうにして無理して笑って。
そんなんじゃいつか壊れるぞ」

「…だって
彼女いるし、私には何も」

「別に告白ぐらいしたっていいじゃん。零さんにその気が無ければ断られて終わりなんだから。
それとも、フラれるのが怖くて言えない?」

「…

フラれたら…もう、今みたいに気軽に会えなくなるかもしれない。
零さんに会うことが楽しみなのに、それすら無くなっちゃうなんて…」



考えるだけで涙が出そうになり、慌てて上を向く



「そんなに好きか」

「……」

「まったく。拗らせてるな。

俺にできることがあれば何でも言えよ?助けてやるから」

「世呉…ありがとう」

「手がかかる奴だな」

「自覚してます」

「あ~もどかしい。俺が全部言いたい」

「絶対ダメ!」

「はいはい。わかってるよ」


世呉は少し不満そうな顔をしたけれど、最後には優しく"仕方ないな"って笑ってくれた




「そういえば
向日葵は零さんの恋人のこと、どれくらい知ってんの?」

「え?」

「会ったことはないだろ?」

「ないよ。話で聞くだけ。

零さんの恋人はスターチスっていう花が好きで、甘いものも好きで、心配性…

私が知ってるのなんてそれくらい」


2人にとって私は
物語の脇役でしかない

だから、この距離が縮むことなんてないだろう


…そう思っていた







______

_____






大学から家に帰る途中


大好きな人の背中を見つけて、足が勝手に後を追いかけた







お仕事終わったのかな?

どこ行くんだろう




彼の手には黄色のスターチス






ということは


今から、恋人に会いに…?







じゃあ
このままついて行ったら

彼の恋人を見ることができるのだろうか




「……」




見たいような見たくないような
複雑な気持ち



零さんはきっと
好きな人に会ったらいつも以上に優しい笑みを浮かべて
嬉しさのあまり抱きしめてしまうかも

そんな光景を見たら、私はしばらく立ち直れないだろう




「…あれ?」



零さん

なんか、フラフラしてる



「あっ」



おぼつかない足取りで進んで行くと

何もないところで躓いて
そのまま地面に膝をつく



「!」



今日は遠くから見つめるだけにしようと思ってたのに
身体が勝手に反応して

気づいたときにはもう、零さんの横にいた




緊急事態だから仕方ない

そういうことにしておこう





「大丈夫ですか?」

「あ…
すいません、大丈夫です……って、あれ?

向日葵ちゃん?」


無理に作った笑顔が驚きの表情に変わる


「どうしてここに…」

「偶然通りかかったんです。

そんなことより、大丈夫ですか?急に倒れるなんて」

「平気だよ。ちょっとした眩暈だから」

「顔色悪いです。それに、身体がすごく熱い…」


背中に添えた手から伝わってくる温度

どう考えても普通じゃない


「熱、計りました?」

「ううん…熱がありそうだとは思ったんだけど、数字で明確にわかっちゃったら外に出る元気がなくなりそうで」

「…大事なご用事ですか?どうしても今行かなきゃダメなんですか?」

「うん」

「明日以降にした方がいいんじゃ」

「今日がいいんだ……今日、この日じゃないと…ゴホゴホッ」


そんなことを言いながら、苦しそうに顔を歪めて咳き込む


"今日"にこだわるのは、恋人との特別な日だからだろうか

スターチスを見つめながらぼんやりと考える


「日にちが変えられないのなら、せめて時間を変えませんか?
今すぐ行くんじゃなく、体調が少し落ち着いてから行きましょう」

「……」

「このままじゃ辿り着くのも難しいと思います。途中で倒れるかもしれないし、事故に遭うかもしれないし、すごく危ないですよ」

「ん…そうだね。確かに危ない」

「家に帰りましょう。手を貸します」

「ありがとう」


私に寄り掛かるようにして、零さんはゆっくりと立ち上がる


「お家はここから近いですか?」

「うん、歩いてすぐのところだよ」

「…

誰かと一緒に住んでたり…」

「ううん。ひとり暮らし」

「そうなんですね。じゃあ、私がお家まで送って行きます」

「え?」

「ご迷惑かもしれませんけど、付き添わせてください」

「迷惑だなんて思わないけど…
僕1人で大丈夫だよ?」

「ダメです。心配です」

「…

ふふ

優しいね、向日葵ちゃん」









.








.







.






「お邪魔します…」

「ん~どうぞ、ゴホゴホッ」



ここが

零さんの家



新しい世界が開けたようで、心臓の震えが全身に響く


「こんなところまでありがとね」

「いえ…全然、です」


フラフラと壁伝いに歩く零さんについて行き、部屋に足を踏み入れる



「ゴホッ
今お茶か何かを」

「零さん、まずは座っ…」



目の前に広がる光景に驚いて
言葉を失う








時計の横



カレンダー

冷蔵庫の扉



部屋のいたるところに、メモのような紙が貼り付けてある




「ちょっと待っててね」

「……」


零さんの後を追うようにして歩みを進め

メモ用紙に書かれた文字を見つめる





《明日何時に起きるの?アラームのセット忘れないでね》

《オシャレをするのは私と会うときだけにして》

《大事な予定はすぐにメモすること!》

《甘いものを食べすぎないで。身体に悪いから》





「…

……これって…」

「うん?」

「この、いっぱい貼ってあるメモは」

「あぁ~

不思議でしょう?初めて見たらびっくりするよね」

「これ全部、彼女さんが…?」

「うん」

「…マメな方なんですね。こんな風に、零さんのために」

「そうだね。心配性だったから」


冷蔵庫を開けてお茶のペットボトルを取り出し、グラスに注ぐ



「……」



"心配性だった"


過去形で言ったことに違和感があったし

零さんの表情が寂しそうで
気になった




「僕は忘れっぽいし頼りないから、彼女はいつも僕の心配ばかりしてて。

最期までずっと僕の心配をしてた。




今も、天国で心配してるんじゃないかな」









.







え…?








"最期まで"って

"天国で"って




それは

どういうこと?









「…



零さん

もしかして、彼女さんは…」

「そっか。言ってなかったっけ」








ドクン



ドクン



ドクン








零さんが寂しそうなのは


その、理由は









「彼女は亡くなったんだ。5年前に」

「……」

「昔から身体が弱かったみたいでね。入院と退院を繰り返して、そのまま」

「……」

「ごめんね。驚かせちゃったかな」

「……いえ


あの…」




頭の中がぐちゃぐちゃで整理できない





零さんの恋人は
もう亡くなっている?

それも、5年も前に







それじゃあ
スターチスを持ってカフェに来たあの日は…





"もしかしてそのお花、誰かに…プレゼントするんですか?"



"恋人へのプレゼントですか?"





プライベートなことをずけずけ聞いたりして




"今日は、記念日か何かですか?"




悲しい記憶があることも知らず




"このケーキを食べながら、素敵な時間を過ごしてもらえたら嬉しいです。

大切な日、ですから"





勝手なことばかりして





「私

ごめんなさい



…今まで、何も知らずに軽率なことを」







そっか

そうだったんだ







だから零さんは

いつも



あんなに寂しそうだったんだ
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