『コニファーガーデン』

segakiyui

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 古めかしい階段を上がると、中央の踊り場に見上げるほど大きな絵が掛かっている。
 すらりとした長身、黒髪と薄水色の瞳のアシュレイ家の当主、マース・アシュレイ。
 その前の椅子に座って微笑む背筋を伸ばした日本人女性、マースの生涯ただ一人の伴侶とされた芽理・アシュレイ。
 彼女の生き方に敬意を払い、アシュレイ家は彼女の名前に『チュラルカ』の称号を与えた。
 『チュラルカ・アシュレイ』ーアシュレイを支える光。
「ずるいわよね」
 マリアは唇を尖らせる。
「ずるいわ、芽理」
 マリアには芽理のような艶やかな黒髪はない。枯れ葉色と呼ばれる中途半端な茶色のくるくる短髪だけ。芽理のように濃くて深い黒い瞳はない。薄青い、どこかぼやけた春霞のような瞳だけ。
「私、あなたみたいなもの、何にも持っていないのに」
 それでも、マリアはやり遂げなくてはならない。
「マリア? マリア・スティングレイ?」
「はい」
 自分の名前だと未だに思えないけれど、はっきり答えて振り返る。
 階段の下、白いタキシードを着たプラチナブロンドの男が驚いたように目を見開く。
「…君が?」
「ええ、私が」
 ぐい、と歯を食いしばった。
 大丈夫、がっかりだって顔には慣れっこだわ。
「あなたが、クリス・アシュレイ?」
 息を吸い込み、真っ白なドレスの裾をさばいて振り返る。
「今日から私の旦那さまね?」
「…そうなるね」
 一瞬眉を寄せて顔を背けた相手に、もう一度歯を食いしばってから、口を開く。
「エスコートをよろしく」
 階段を下りる。足が震える。ハイヒールなんて二度と履かないから。
「…スティングレイ財団は、約束を裏切らないわ」
 言い放つとクリスは鋭い視線を肩越しに投げてきた。
「…それはどうも」
 そのまま背中を向ける。
 細身だと思ったけれど違った。意外に肩幅はあるわ。
 ドレスに手間取るマリアを振り向きもせず、遠ざかる後ろ姿にまた歯を食いしばる。
 頑張って、マリア。
 彼を掌に落とすの、何としても、1週間以内に。
 でなければ。
 もう一度後ろを振り返る。
 肖像画が微笑む。
「……負けないから」
 
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