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「大槻くうん、あたし帰るね?」
「え? 教授は?」
「今日はやめだって。結果でないってふて腐れて逃げた」
「ふうん…じゃ、一杯やってから帰りませんか…って、万里さん、新婚ほやほやでしたっけ。誘っちゃだめだな」
実験助手同士、ちろんと上目遣いに見た大槻くんが苦笑いするのにちょっと考える。
「いや…いいよ」
「いいんですか?」
「うん。あっちも出かけてるだろうし」
「へえ、さばけてるんだ、新妻を一ヶ月で放っておけるなんて、よっぽど自信があるんですね?」
「さ、どうだろ? で、どこいく? 『串源』? 『ラップ?』」
「じゃ、『ラップ』」
「おっしゃ、いこ」
音楽ががんがん鳴ってて会話もろくにできないけど、お酒と食べ物はめっぽう旨い店に大槻くんとなだれ込む。
へたってる胃に穴を開ける勢いでがんがん飲んで食べて笑ってハイペースで飛ばしてたら、大槻くんが先に潰れた。仕方なしにタクシー呼んで、担ぎこんでマンションで放り出して、そのまま家に戻ると玄関で胃痛がした。
部屋の鍵を開けようとして開いてるのに気づき、どきんとする。
この前みたいにややこしいところに出くわすのは御免だから、何があっても驚かないつもりで深呼吸して部屋に入りながら、酔っ払いを装って騒ぐ。
「おーい、帰ったよぉ、玄関の鍵かけてないなんてぶっようじーん! かっなめー、水、持ってきてー!!」
数秒待ったけど沈黙。
まあいいだろう、これぐらい騒げば、何かしててもおさめるだろうし。
なお十分ほど待って、どたどた足音たててリビングに入り、そのとたん、ひやんとして体を竦めた。
リビングのソファに要が座ったまま眠っている。ワイシャツにスラックス、けれどその体にはちゃんと毛布がかけられてて、テーブルに水割り二つ。
茶色のくせっ毛をあどけない寝顔に乱してくうくう眠っているのを覗き込んで、
「て」
また胃が痛くなった。
可愛い要、これで28は罪だろう。言い寄る女を蹴散らしてゲイ街道まっしぐら、連れ込んだのか連れ込まれたのか、今夜もダレカが要の面倒を見ていたらしい。
そうだ。
要は『ホモ』だ。
純正にきちんと同性しか魅かれないし愛さない。好きになったら結構一途で恋人がだぶっていたりはめったにない。
なのに、なぜあたしと結婚したかというと、あたしはずっと研究室に残って研究に没頭していたかったし、要は同性愛者であることをカミングアウトすることができなかった。利害は一致し、あたしは要の妻として振舞うけれど、事実上はただの同居人で、要はそのときどきの恋人とよろしくやってるわけだ。
だからといって要が不誠実なわけではなくて、家の管理だとか社交的な場とかではちゃんと振舞ってくれてるし、あたしが何日も帰らなくて研究に没頭しようとも怒らないでにこにこ笑って送りだしてくれる理解ある夫を持った女性研究者として、周囲にうらやましがられてる。
そうなんだ、何の不自由もない。何の不満もない。
そりゃあ、始めはルールがうまくできてなくて、とんでもない修羅場に遭遇するときはあったけれど、あたしにしてみれば修羅場でも、要にとっては大事なデートだったりするわけで、相互理解とルール設定の問題だ、純粋に。
ただ。
ただ、あたしが要に惚れてるだけで。
気がついたのが遅過ぎた。
結婚して二週間目に朝目が覚めたら、一緒に眠ってるはずのない要が真横に居て、しかもとろんと幸せそうに眠ってて、気持ちよさそうだなあと見ていたらふいにぎゅっと抱き寄せられた。え、まじですか?って凍ったのは一瞬で、何だかふわんとぬくい匂いがして、思わずこっちもとろんとしかけたところに、呟かれたのが男の名前で。
ああ、間違ってやがる、こいつ、バカだなあ、そう吐いた瞬間にぼろぼろ泣いてる自分に気づいた。うろたえて慌てて起きてシャワーを浴びながら確信してしまった。
あたしは要が好きなんだ。ホモだってわかってるのに好きで、一緒に暮らせるならいいやってそうやって自分をごまかした。そのつけをこれから一生支払うんだ、だってあたしは要を手放したくないから。
「けど」
ふわふわの髪の毛を触りたくなったのを堪えて急いで側を離れてシャワーに逃げる。
「あんまり保たないかもなぁ」
最近ずっと胃が痛い。大事な相手が毎度毎度違う男に攫われてくのを指くわえて見てるなんて、マゾっけにもほどがある。しかも要にとって『ヘテロ』はもう論外なんだ。
あたしはシャワーを冷水にする。震えるほど体が冷たくなれば、きっと頭も落ち着くだろう。
「え? 教授は?」
「今日はやめだって。結果でないってふて腐れて逃げた」
「ふうん…じゃ、一杯やってから帰りませんか…って、万里さん、新婚ほやほやでしたっけ。誘っちゃだめだな」
実験助手同士、ちろんと上目遣いに見た大槻くんが苦笑いするのにちょっと考える。
「いや…いいよ」
「いいんですか?」
「うん。あっちも出かけてるだろうし」
「へえ、さばけてるんだ、新妻を一ヶ月で放っておけるなんて、よっぽど自信があるんですね?」
「さ、どうだろ? で、どこいく? 『串源』? 『ラップ?』」
「じゃ、『ラップ』」
「おっしゃ、いこ」
音楽ががんがん鳴ってて会話もろくにできないけど、お酒と食べ物はめっぽう旨い店に大槻くんとなだれ込む。
へたってる胃に穴を開ける勢いでがんがん飲んで食べて笑ってハイペースで飛ばしてたら、大槻くんが先に潰れた。仕方なしにタクシー呼んで、担ぎこんでマンションで放り出して、そのまま家に戻ると玄関で胃痛がした。
部屋の鍵を開けようとして開いてるのに気づき、どきんとする。
この前みたいにややこしいところに出くわすのは御免だから、何があっても驚かないつもりで深呼吸して部屋に入りながら、酔っ払いを装って騒ぐ。
「おーい、帰ったよぉ、玄関の鍵かけてないなんてぶっようじーん! かっなめー、水、持ってきてー!!」
数秒待ったけど沈黙。
まあいいだろう、これぐらい騒げば、何かしててもおさめるだろうし。
なお十分ほど待って、どたどた足音たててリビングに入り、そのとたん、ひやんとして体を竦めた。
リビングのソファに要が座ったまま眠っている。ワイシャツにスラックス、けれどその体にはちゃんと毛布がかけられてて、テーブルに水割り二つ。
茶色のくせっ毛をあどけない寝顔に乱してくうくう眠っているのを覗き込んで、
「て」
また胃が痛くなった。
可愛い要、これで28は罪だろう。言い寄る女を蹴散らしてゲイ街道まっしぐら、連れ込んだのか連れ込まれたのか、今夜もダレカが要の面倒を見ていたらしい。
そうだ。
要は『ホモ』だ。
純正にきちんと同性しか魅かれないし愛さない。好きになったら結構一途で恋人がだぶっていたりはめったにない。
なのに、なぜあたしと結婚したかというと、あたしはずっと研究室に残って研究に没頭していたかったし、要は同性愛者であることをカミングアウトすることができなかった。利害は一致し、あたしは要の妻として振舞うけれど、事実上はただの同居人で、要はそのときどきの恋人とよろしくやってるわけだ。
だからといって要が不誠実なわけではなくて、家の管理だとか社交的な場とかではちゃんと振舞ってくれてるし、あたしが何日も帰らなくて研究に没頭しようとも怒らないでにこにこ笑って送りだしてくれる理解ある夫を持った女性研究者として、周囲にうらやましがられてる。
そうなんだ、何の不自由もない。何の不満もない。
そりゃあ、始めはルールがうまくできてなくて、とんでもない修羅場に遭遇するときはあったけれど、あたしにしてみれば修羅場でも、要にとっては大事なデートだったりするわけで、相互理解とルール設定の問題だ、純粋に。
ただ。
ただ、あたしが要に惚れてるだけで。
気がついたのが遅過ぎた。
結婚して二週間目に朝目が覚めたら、一緒に眠ってるはずのない要が真横に居て、しかもとろんと幸せそうに眠ってて、気持ちよさそうだなあと見ていたらふいにぎゅっと抱き寄せられた。え、まじですか?って凍ったのは一瞬で、何だかふわんとぬくい匂いがして、思わずこっちもとろんとしかけたところに、呟かれたのが男の名前で。
ああ、間違ってやがる、こいつ、バカだなあ、そう吐いた瞬間にぼろぼろ泣いてる自分に気づいた。うろたえて慌てて起きてシャワーを浴びながら確信してしまった。
あたしは要が好きなんだ。ホモだってわかってるのに好きで、一緒に暮らせるならいいやってそうやって自分をごまかした。そのつけをこれから一生支払うんだ、だってあたしは要を手放したくないから。
「けど」
ふわふわの髪の毛を触りたくなったのを堪えて急いで側を離れてシャワーに逃げる。
「あんまり保たないかもなぁ」
最近ずっと胃が痛い。大事な相手が毎度毎度違う男に攫われてくのを指くわえて見てるなんて、マゾっけにもほどがある。しかも要にとって『ヘテロ』はもう論外なんだ。
あたしはシャワーを冷水にする。震えるほど体が冷たくなれば、きっと頭も落ち着くだろう。
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