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俊次は池上の顔をしみじみと眺めながら、枕の下をゆっくり探った。
目が覚めたときから気づいていた。ちりちりと鳴るあの独特な音。
自分の腹を突き刺して、その後どこかへ放り投げたつもりだったのに、この病院の枕の下に入り込んでいた。
きっとあのコートの男のように、誰かに託さない限り、この剣は俊次から離れずに、俊次の心に応じて怒りに応じて、殺せ、と囁き続けるのだろう。
「池上さん」
「何だね」
「洋子が戻って来る前に、これ」
枕の下から引っ張り出したそれは、まばゆいほどの銀の柄をもっている。そして、鞘にはやはり不器用に彫り込まれた何かの文字。
それにゆっくり触れると、
『我が責任において事を為すべし』
深い声が頭に響いた。
俊次は何度もこの鞘に触れていたが、この声がなかなか聞こえなかった。きっと、世の中にはこの声がすぐに聞こえるものもいて、そういうものはこの剣を私利私欲にも、大義名分のためにも使わないのだろう。
ひょっとすると、この剣は、そういう持ち主を求めて、世界をさ迷い続けているのかも知れない。
でも、今は。
俊次はうっすらと笑った。
「何だ、これは」
「不思議な剣です。人を殺してもね、殺したことにならない」
「何をふざけた」
「ほら、洋子が帰ってくると渡せないから」
拒みかけた池上の手に俊次は剣を乗せた。
そのとたん、池上のしわのよった浅黒い手に、剣が吸い付くように見えた。心なしか、輝きを増したようにも見える。池上の目がどこかうっとりと光を帯びた。
「知ってる、でしょう? あんたは酔ってなんかいなかった。本当は俺が刺した、んですよね」
「う」
池上は探るような目になった。俊次のあてずっぽうは当たっていたらしい。
「けど、あんたは刺されたことにならなかった。あのままだったらどうなっていたか、わかりますよね」
「どうして、わしに」
池上は掠れた声で尋ねた。
「刺すほど憎んでたのに」
だからですよ、とは言えなかった。
「俺には不似合いな持ち物だ。分に合わないってわかったんです。退院したら、またお願いします」
「う、うん、そうか。まあ、そうだろうな、こういう、特別なものは、それなりの人間がもってこそのものだ、うん、ああ、奥さん」
洋子が入ってきたのに、池上はするりとポケットに手をいれた。そのまま手を出そうとしない。感触を味わっているのか、わずかに顔が上気している池上を、気持ち悪そうに洋子はそっと避けた。
「ありがとう、ございました」
「いや、どうも、はは。また来ますね」
池上は今にも踊りそうな足取りで部屋を出て行く。
「変な人」
見送った洋子がぽつりと言った。
「放っとけよ」
俊次は大きく吐息をついて、目を閉じた。
もし、池上が、俊次の考えているような嫌な男でないなら、あの剣に振り回されることもないだろう。
けれど、もし、そうでないとしたら。
「我が責任において、事を為すべし」
「なあに? 俊ちゃんまでおかしくなっちゃったの? 池上さん、何だか、やくざ映画の主人公になったみたいに、肩で風切って歩いていったわよ?」
呟いた俊次に洋子が答え、俊次は思わず吹き出した。
おわり
目が覚めたときから気づいていた。ちりちりと鳴るあの独特な音。
自分の腹を突き刺して、その後どこかへ放り投げたつもりだったのに、この病院の枕の下に入り込んでいた。
きっとあのコートの男のように、誰かに託さない限り、この剣は俊次から離れずに、俊次の心に応じて怒りに応じて、殺せ、と囁き続けるのだろう。
「池上さん」
「何だね」
「洋子が戻って来る前に、これ」
枕の下から引っ張り出したそれは、まばゆいほどの銀の柄をもっている。そして、鞘にはやはり不器用に彫り込まれた何かの文字。
それにゆっくり触れると、
『我が責任において事を為すべし』
深い声が頭に響いた。
俊次は何度もこの鞘に触れていたが、この声がなかなか聞こえなかった。きっと、世の中にはこの声がすぐに聞こえるものもいて、そういうものはこの剣を私利私欲にも、大義名分のためにも使わないのだろう。
ひょっとすると、この剣は、そういう持ち主を求めて、世界をさ迷い続けているのかも知れない。
でも、今は。
俊次はうっすらと笑った。
「何だ、これは」
「不思議な剣です。人を殺してもね、殺したことにならない」
「何をふざけた」
「ほら、洋子が帰ってくると渡せないから」
拒みかけた池上の手に俊次は剣を乗せた。
そのとたん、池上のしわのよった浅黒い手に、剣が吸い付くように見えた。心なしか、輝きを増したようにも見える。池上の目がどこかうっとりと光を帯びた。
「知ってる、でしょう? あんたは酔ってなんかいなかった。本当は俺が刺した、んですよね」
「う」
池上は探るような目になった。俊次のあてずっぽうは当たっていたらしい。
「けど、あんたは刺されたことにならなかった。あのままだったらどうなっていたか、わかりますよね」
「どうして、わしに」
池上は掠れた声で尋ねた。
「刺すほど憎んでたのに」
だからですよ、とは言えなかった。
「俺には不似合いな持ち物だ。分に合わないってわかったんです。退院したら、またお願いします」
「う、うん、そうか。まあ、そうだろうな、こういう、特別なものは、それなりの人間がもってこそのものだ、うん、ああ、奥さん」
洋子が入ってきたのに、池上はするりとポケットに手をいれた。そのまま手を出そうとしない。感触を味わっているのか、わずかに顔が上気している池上を、気持ち悪そうに洋子はそっと避けた。
「ありがとう、ございました」
「いや、どうも、はは。また来ますね」
池上は今にも踊りそうな足取りで部屋を出て行く。
「変な人」
見送った洋子がぽつりと言った。
「放っとけよ」
俊次は大きく吐息をついて、目を閉じた。
もし、池上が、俊次の考えているような嫌な男でないなら、あの剣に振り回されることもないだろう。
けれど、もし、そうでないとしたら。
「我が責任において、事を為すべし」
「なあに? 俊ちゃんまでおかしくなっちゃったの? 池上さん、何だか、やくざ映画の主人公になったみたいに、肩で風切って歩いていったわよ?」
呟いた俊次に洋子が答え、俊次は思わず吹き出した。
おわり
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