『ブラックソード』

segakiyui

文字の大きさ
7 / 7

7

しおりを挟む
 俊次は池上の顔をしみじみと眺めながら、枕の下をゆっくり探った。
 目が覚めたときから気づいていた。ちりちりと鳴るあの独特な音。
 自分の腹を突き刺して、その後どこかへ放り投げたつもりだったのに、この病院の枕の下に入り込んでいた。
 きっとあのコートの男のように、誰かに託さない限り、この剣は俊次から離れずに、俊次の心に応じて怒りに応じて、殺せ、と囁き続けるのだろう。
「池上さん」
「何だね」
「洋子が戻って来る前に、これ」
 枕の下から引っ張り出したそれは、まばゆいほどの銀の柄をもっている。そして、鞘にはやはり不器用に彫り込まれた何かの文字。
 それにゆっくり触れると、
『我が責任において事を為すべし』
 深い声が頭に響いた。
 俊次は何度もこの鞘に触れていたが、この声がなかなか聞こえなかった。きっと、世の中にはこの声がすぐに聞こえるものもいて、そういうものはこの剣を私利私欲にも、大義名分のためにも使わないのだろう。
 ひょっとすると、この剣は、そういう持ち主を求めて、世界をさ迷い続けているのかも知れない。
 でも、今は。
 俊次はうっすらと笑った。
「何だ、これは」
「不思議な剣です。人を殺してもね、殺したことにならない」
「何をふざけた」
「ほら、洋子が帰ってくると渡せないから」
 拒みかけた池上の手に俊次は剣を乗せた。
 そのとたん、池上のしわのよった浅黒い手に、剣が吸い付くように見えた。心なしか、輝きを増したようにも見える。池上の目がどこかうっとりと光を帯びた。
「知ってる、でしょう? あんたは酔ってなんかいなかった。本当は俺が刺した、んですよね」
「う」
 池上は探るような目になった。俊次のあてずっぽうは当たっていたらしい。
「けど、あんたは刺されたことにならなかった。あのままだったらどうなっていたか、わかりますよね」
「どうして、わしに」
 池上は掠れた声で尋ねた。
「刺すほど憎んでたのに」
 だからですよ、とは言えなかった。
「俺には不似合いな持ち物だ。分に合わないってわかったんです。退院したら、またお願いします」
「う、うん、そうか。まあ、そうだろうな、こういう、特別なものは、それなりの人間がもってこそのものだ、うん、ああ、奥さん」
 洋子が入ってきたのに、池上はするりとポケットに手をいれた。そのまま手を出そうとしない。感触を味わっているのか、わずかに顔が上気している池上を、気持ち悪そうに洋子はそっと避けた。
「ありがとう、ございました」
「いや、どうも、はは。また来ますね」
 池上は今にも踊りそうな足取りで部屋を出て行く。
「変な人」
 見送った洋子がぽつりと言った。
「放っとけよ」
 俊次は大きく吐息をついて、目を閉じた。
 もし、池上が、俊次の考えているような嫌な男でないなら、あの剣に振り回されることもないだろう。
 けれど、もし、そうでないとしたら。
「我が責任において、事を為すべし」
「なあに? 俊ちゃんまでおかしくなっちゃったの? 池上さん、何だか、やくざ映画の主人公になったみたいに、肩で風切って歩いていったわよ?」
 呟いた俊次に洋子が答え、俊次は思わず吹き出した。

                                                     
                                                              おわり
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...