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俊次は正しかったのだろうか。もっとましな選択があったのだろうか。
もし、はなからあんな公園にいかなければ、あるいはあんな男から剣を受け取ってしまわなければ。
あの死に神は結局俊次を恨み心が呼び起こした悪夢だったのだろうか。
俊次はゆっくりと瞬きした。
「痛む?」
洋子がのぞき込むのに少し笑って見せる。
ずきりと改めて腹の傷の痛みが体の奥まで響いて顔をゆがめた。
「びっくりしたよ。ひとしについて病院に来たら、すぐに俊ちゃんが運び込まれてきて。喫茶店で倒れたんだってね」
洋子はそっと俊次の髪をなでた。
「ひとしはたいしたケガもなくてすんだけど、俊ちゃんが腹膜炎起こしてたなんて。おとうさんが身代わりになったんですかね、ってお医者さんが言ってたけど、ひどい言い方よね」
「池上…は」
「ああ、俊ちゃんと前後して倒れた人?」
洋子はふん、と軽く鼻を鳴らした。
「何だか、昼間っからお酒飲んでたんだってね。お昼食べにきたときから、大きな声でわめいてて、おかしいなと思ってたって、喫茶店の人が言ってたよ。後から来た俊ちゃんが心配そうに近寄っていったから、関わらない方がいいって言おうとしたけど、思い詰めた顔してたから黙ってみてて悪かったって。あの人なんだってね、変な噂、流してたの」
「気にすんな」
「気にするよ。そんな人と、俊ちゃん、もうしばらく働くんだよ? いくらもう一カ月で定年だからって、甘いよね、会社」
「え?」
俊次は瞬きした。
「何て言った? 俺は馘じゃなかったのか?」
「え?」
きょとんとした顔で洋子が俊次を見返し、唐突にくすりと笑った。
「ああ、ごめん、そうか、俊ちゃん眠ってたんだよね。あの倒れたとき、会社からいろんな人が駆けつけてきてね、その中に、今度新しく取引先になったところの社長さんがいたんだって。そしたら、その人が、俊ちゃんを知ってるって。会社でのおかしな噂を聞いてくれて、そんなことをするような人間じゃないって言ってくれたんだって。『何せ、人が一杯いる駅の中で、老人に親切にしろなんていうような男ですよ?』って」
あの男だ。
俊次の体にざわざわとした興奮が走った。
「その社長さんがね、元気になったら俊ちゃんの企画をぜひ見たいって。いつの間に俊ちゃん、そんな人と知り合いになったの?」
洋子にどう説明すればいいのかわからなくて、俊次は溜め息をついた。
「そうか。馘じゃなかったんだ」
「入院している間の席も大丈夫だって。よかったね、俊…あ」
洋子の声がふいに途切れた。それから、鈍くこもったような怒りを込めて、
「ありがとうございます」
目を開けると、目の前に池上の顔があった。
「やあ、その、大丈夫かね、心配してたんだよ、わしは」
へらへらとした薄っぺらい笑いを浮かべて、池上が手にした花を洋子に押し付けながら、ことさら胸を張るように入ってくる。
「まあ、ゆっくり休養したまえよ、その間はわしが頑張ろう。まあ、君ほどはやれんがね」
はっはっはっと続いた白々しい笑いは、俊次が池上が酔いつぶれたということになっていることを知らないと思っているせいだろう。
洋子はあまりの厚顔さに切れそうになったのか、むっつりとした顔をして、
「この花を生けてきます」
部屋を出ていってしまった。
もし、はなからあんな公園にいかなければ、あるいはあんな男から剣を受け取ってしまわなければ。
あの死に神は結局俊次を恨み心が呼び起こした悪夢だったのだろうか。
俊次はゆっくりと瞬きした。
「痛む?」
洋子がのぞき込むのに少し笑って見せる。
ずきりと改めて腹の傷の痛みが体の奥まで響いて顔をゆがめた。
「びっくりしたよ。ひとしについて病院に来たら、すぐに俊ちゃんが運び込まれてきて。喫茶店で倒れたんだってね」
洋子はそっと俊次の髪をなでた。
「ひとしはたいしたケガもなくてすんだけど、俊ちゃんが腹膜炎起こしてたなんて。おとうさんが身代わりになったんですかね、ってお医者さんが言ってたけど、ひどい言い方よね」
「池上…は」
「ああ、俊ちゃんと前後して倒れた人?」
洋子はふん、と軽く鼻を鳴らした。
「何だか、昼間っからお酒飲んでたんだってね。お昼食べにきたときから、大きな声でわめいてて、おかしいなと思ってたって、喫茶店の人が言ってたよ。後から来た俊ちゃんが心配そうに近寄っていったから、関わらない方がいいって言おうとしたけど、思い詰めた顔してたから黙ってみてて悪かったって。あの人なんだってね、変な噂、流してたの」
「気にすんな」
「気にするよ。そんな人と、俊ちゃん、もうしばらく働くんだよ? いくらもう一カ月で定年だからって、甘いよね、会社」
「え?」
俊次は瞬きした。
「何て言った? 俺は馘じゃなかったのか?」
「え?」
きょとんとした顔で洋子が俊次を見返し、唐突にくすりと笑った。
「ああ、ごめん、そうか、俊ちゃん眠ってたんだよね。あの倒れたとき、会社からいろんな人が駆けつけてきてね、その中に、今度新しく取引先になったところの社長さんがいたんだって。そしたら、その人が、俊ちゃんを知ってるって。会社でのおかしな噂を聞いてくれて、そんなことをするような人間じゃないって言ってくれたんだって。『何せ、人が一杯いる駅の中で、老人に親切にしろなんていうような男ですよ?』って」
あの男だ。
俊次の体にざわざわとした興奮が走った。
「その社長さんがね、元気になったら俊ちゃんの企画をぜひ見たいって。いつの間に俊ちゃん、そんな人と知り合いになったの?」
洋子にどう説明すればいいのかわからなくて、俊次は溜め息をついた。
「そうか。馘じゃなかったんだ」
「入院している間の席も大丈夫だって。よかったね、俊…あ」
洋子の声がふいに途切れた。それから、鈍くこもったような怒りを込めて、
「ありがとうございます」
目を開けると、目の前に池上の顔があった。
「やあ、その、大丈夫かね、心配してたんだよ、わしは」
へらへらとした薄っぺらい笑いを浮かべて、池上が手にした花を洋子に押し付けながら、ことさら胸を張るように入ってくる。
「まあ、ゆっくり休養したまえよ、その間はわしが頑張ろう。まあ、君ほどはやれんがね」
はっはっはっと続いた白々しい笑いは、俊次が池上が酔いつぶれたということになっていることを知らないと思っているせいだろう。
洋子はあまりの厚顔さに切れそうになったのか、むっつりとした顔をして、
「この花を生けてきます」
部屋を出ていってしまった。
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