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俊次はカウンターに座らないまま、池上に近寄った。ママが不安そうな顔をしてこちらをちらちら見ているのを、一瞬見つめて、池上の背後に忍び寄る。
「あ、あ、なんだ」
池上は俊次に気づくとうろたえた顔になった。さっきまでのずうずうしい大声はどこへやら、体をすくめ、喫茶店のソファの上でにじるように逃げる。
「池上さん、あんたこそ、最低だ」
言ったとたんに右手の剣がポケットから飛び出した。カウンターから見えない場所、体をよじって逃げかけた池上の腹に向かって吸い込まれていく剣を、俊次は満足感とともに見つめた。
「ひあああっ」
池上が妙な声を出して腹を押さえ、ソファからころがり落ちる。同時に剣は再び吸い付くように俊次の手におさまって、ポケットの鞘に滑り込んでいった。
「どしたの、ねえ、ちょっと」
ママがひきつった声を上げて走り寄ってくる。そのとき、俊次のポケットでもう一度ちりちり、と剣が鳴った。いっそこの場でママも殺すか。そう身構えた俊次の耳に、それがあるメロディをつむぐのがわかる。
剣ではなくて、携帯電話だ。
「池上さんっ、池上さん、ちょっとっ」
「はい、もしもし」
ヒステリックに跳ね上がるママの声に背中を向けた俊次は、同じぐらい慌てた声が携帯電話から飛び出してきたのに驚いた。
『俊次っ、俊ちゃんっ!』
「ちょっと、救急車…っ、金沢さんっ」
「何、洋子か、今ちょっと」
ばたばたと走っていくママに電話を切ろうとすると、
『ひとしが胸を打ったの! ジャングルジムから落ちて! 命が危ないって救急車で!』
「えっ」
全身の血が突然深い暗がりに吸い込まれたような衝撃が襲って、俊次はことばを失った。
『あたし、病院行ってくる! 仕事のこと、知ってるから、すぐ来て、大西病院よ!』
ぷつ、と切れた電話を手に、俊次は呆然と喫茶店のソファで、中身を抜かれたぬいぐるみのようにだらりとねそべっている池上を見下ろす。そのとき、また、ちりちりっと、手の中で剣が鳴った。
震え出す手で、おそるおそる剣をポケットから抜き出してみると、さっきまでは気づかなかったが、柄が銀色だったものがどんよりと鈍く黒ずんでいる。そして、鞘の側面に、不器用に彫った文字のようなものが浮かび上がっている。
剣を握った手を開けないまま、俊次はそろそろと左手で文字を撫でた。と、何か重々しい声が頭の内側で呟いた。
『我が責任において事を為すべし』
「何…何だって」
『我が責任において事を為すべし』
声はもう一度囁いた。
俊次の頭の中にエレベーターの中で変死してしまった女のことが甦った。心臓マヒ。ジャングルジムから落ちて、胸を打って命が危なくなったひとし。
どうしてこんな便利なものをくれたのか。
そう思った問いかけには、薄気味悪く笑った男の黄色く濁った目が応じた。
この剣の制裁には自分の大切なものを引き換えにすることが条件になっているということではないのか。
公園で絶命したやくざふうの男と、去って行くコートの男の腹に広がっていたように見えた真紅の汚れはひょっとすると。
体の震えがどんどんひどくなってくるのがわかった。せわしく慌ただしく、ソファに崩れている池上の白い顔とぐったりした口元、股間をぬらしている異臭のある染みと、手の中でちりちりと鳴っている剣を見る。
俊次は池上を殺してしまった。それではいつ誰がこの代償を支払うのだろう。俊次ではない、けれども洋子かかなこか両親か、誰かは確実に池上と同じ状況に追い込まれるのだ。
正義の制裁にかけられた死の約束を話さなかったあのコートの男は、死に神だったのかもしれない。
俊次は苦笑いした。
こんな男と刺し違えとは。こんな情けなくてどうしようもない男と引き換えにする命だったとは。
喫茶店の外からサイレンが響いてくる。
俊次は唇を引き締めて、手の剣の鞘を払い落とした。ぎらぎらと光る剣の先を腹に向けて、
「くそうっ」
叫びながら振り下ろした。
「あ、あ、なんだ」
池上は俊次に気づくとうろたえた顔になった。さっきまでのずうずうしい大声はどこへやら、体をすくめ、喫茶店のソファの上でにじるように逃げる。
「池上さん、あんたこそ、最低だ」
言ったとたんに右手の剣がポケットから飛び出した。カウンターから見えない場所、体をよじって逃げかけた池上の腹に向かって吸い込まれていく剣を、俊次は満足感とともに見つめた。
「ひあああっ」
池上が妙な声を出して腹を押さえ、ソファからころがり落ちる。同時に剣は再び吸い付くように俊次の手におさまって、ポケットの鞘に滑り込んでいった。
「どしたの、ねえ、ちょっと」
ママがひきつった声を上げて走り寄ってくる。そのとき、俊次のポケットでもう一度ちりちり、と剣が鳴った。いっそこの場でママも殺すか。そう身構えた俊次の耳に、それがあるメロディをつむぐのがわかる。
剣ではなくて、携帯電話だ。
「池上さんっ、池上さん、ちょっとっ」
「はい、もしもし」
ヒステリックに跳ね上がるママの声に背中を向けた俊次は、同じぐらい慌てた声が携帯電話から飛び出してきたのに驚いた。
『俊次っ、俊ちゃんっ!』
「ちょっと、救急車…っ、金沢さんっ」
「何、洋子か、今ちょっと」
ばたばたと走っていくママに電話を切ろうとすると、
『ひとしが胸を打ったの! ジャングルジムから落ちて! 命が危ないって救急車で!』
「えっ」
全身の血が突然深い暗がりに吸い込まれたような衝撃が襲って、俊次はことばを失った。
『あたし、病院行ってくる! 仕事のこと、知ってるから、すぐ来て、大西病院よ!』
ぷつ、と切れた電話を手に、俊次は呆然と喫茶店のソファで、中身を抜かれたぬいぐるみのようにだらりとねそべっている池上を見下ろす。そのとき、また、ちりちりっと、手の中で剣が鳴った。
震え出す手で、おそるおそる剣をポケットから抜き出してみると、さっきまでは気づかなかったが、柄が銀色だったものがどんよりと鈍く黒ずんでいる。そして、鞘の側面に、不器用に彫った文字のようなものが浮かび上がっている。
剣を握った手を開けないまま、俊次はそろそろと左手で文字を撫でた。と、何か重々しい声が頭の内側で呟いた。
『我が責任において事を為すべし』
「何…何だって」
『我が責任において事を為すべし』
声はもう一度囁いた。
俊次の頭の中にエレベーターの中で変死してしまった女のことが甦った。心臓マヒ。ジャングルジムから落ちて、胸を打って命が危なくなったひとし。
どうしてこんな便利なものをくれたのか。
そう思った問いかけには、薄気味悪く笑った男の黄色く濁った目が応じた。
この剣の制裁には自分の大切なものを引き換えにすることが条件になっているということではないのか。
公園で絶命したやくざふうの男と、去って行くコートの男の腹に広がっていたように見えた真紅の汚れはひょっとすると。
体の震えがどんどんひどくなってくるのがわかった。せわしく慌ただしく、ソファに崩れている池上の白い顔とぐったりした口元、股間をぬらしている異臭のある染みと、手の中でちりちりと鳴っている剣を見る。
俊次は池上を殺してしまった。それではいつ誰がこの代償を支払うのだろう。俊次ではない、けれども洋子かかなこか両親か、誰かは確実に池上と同じ状況に追い込まれるのだ。
正義の制裁にかけられた死の約束を話さなかったあのコートの男は、死に神だったのかもしれない。
俊次は苦笑いした。
こんな男と刺し違えとは。こんな情けなくてどうしようもない男と引き換えにする命だったとは。
喫茶店の外からサイレンが響いてくる。
俊次は唇を引き締めて、手の剣の鞘を払い落とした。ぎらぎらと光る剣の先を腹に向けて、
「くそうっ」
叫びながら振り下ろした。
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