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会社近くのいつもの喫茶店に近づくと、ちょうど玄関から池上が出てくるのが見えた。やや猫背に丸めた背中、こそこそとした動きで道路の隅をなめるように歩いて行く。
なんだかひどくみっともなく見えた。疲れ切った背中だ。疲れ切った仕草だ。顔にも生気なんかない。念願の俊次を追い出し、おそらくは俊次の後釜に座っただろう男にしては、情けなくて影が薄い。
照りつける夏の日差しに追い立てられるように、白いハンカチで顔を拭いながら、這いずるように喫茶店に入って行く。
俊次も少し間を置いて、後から店に入った。
池上は奥から二つ目の席に背中を向けて座っている。いつも通りの場所、そしていつも通りのAランチを待っているに違いない。
「それでさ、傑作なんだ、これが」
池上はきんきんした声を張り上げていた。
「金沢って若いのがいただろ、あれがついに馘になった、いや、かわいそうなんかじゃないよ、あんな年でローン組んでマンションなんか手にいれたような奴だからね、どこで何をやってるかわからないと思ってたら、どうだい、女房を働かせてるわ、子どもは保育所へいれてるわ、ありゃ、何だね、近ごろの大人になりきれない奴らだな、自分達のために子どもを犠牲にしても平気なもんだ、仕事だって、ちょっとコンピューターが使えるからって、わしが長い間足を運んでようやく話を聞いてくれたところに、ずかずか入り込んできてだね、ああ、もう礼儀も何もあったもんじゃない、そりゃ、すっと話が通る、通りますよ、そりゃ、なのに、お
つかれさまでしたの一言もないし、まあ、家のことだか何だかしらんが、男は仕事が第一、遅刻の理由にはならんでしょう、それを平然と子どもが熱を出して遅れます、なんて、ふざけた理由だ、そうでしょう」
池上の前には誰も座っていない、どこに向かって話しているのかと思えば、Aランチを置いてさっさと引っ込んでしまったカウンターのママ相手らしい。
彼女は俊次の顔を見ると、少し困ったような顔をして頷いた。それに頷き返して、
「アイス」
呟いて、俊次は池上から離れたカウンターに腰を降ろしかけたが、相変わらず続いていた池上の声に体が凍りつくような気がした。
「まったく、あんな奴らに会社を任せるとは。いや、わしだって、そりゃ、少なからず働いてきましたからね、でもいくら金がほしくても、女房にテレクラさせないだろう、それをあの金沢ってのはやらせて平気だ、あの感覚がよくわからん、最低だね、人間として最低の男だ、だから馘になっても仕方がない、これは天の計らいというものだよ、ママ」
あいつだったのか。
俊次の頭の血が激しい音をたてて渦巻いた。
少し前に、洋子がテレクラで働いているという怪文書がコピーされ、すさまじい数が社内にばらまかれたことがあった。事実無根、洋子は近くのスーパーでレジを打っていることを知っていた同僚達のほとんどは、気にもせずに捨ててくれたが、本社から異動してきたばかりの部長には警戒するべしと移ったのだろう、それ以後、俊次の企画が通りにくくなったのだ。
だめだ、池上は駅の男のように、それなりの理由があって、傍目には荒々しい態度を取っているというんじゃない。自分の小さなプライドと世界を守るために、どれほど周囲を傷つけてもかまわないと思っているのだ。
それならそれで、考えがある。
なんだかひどくみっともなく見えた。疲れ切った背中だ。疲れ切った仕草だ。顔にも生気なんかない。念願の俊次を追い出し、おそらくは俊次の後釜に座っただろう男にしては、情けなくて影が薄い。
照りつける夏の日差しに追い立てられるように、白いハンカチで顔を拭いながら、這いずるように喫茶店に入って行く。
俊次も少し間を置いて、後から店に入った。
池上は奥から二つ目の席に背中を向けて座っている。いつも通りの場所、そしていつも通りのAランチを待っているに違いない。
「それでさ、傑作なんだ、これが」
池上はきんきんした声を張り上げていた。
「金沢って若いのがいただろ、あれがついに馘になった、いや、かわいそうなんかじゃないよ、あんな年でローン組んでマンションなんか手にいれたような奴だからね、どこで何をやってるかわからないと思ってたら、どうだい、女房を働かせてるわ、子どもは保育所へいれてるわ、ありゃ、何だね、近ごろの大人になりきれない奴らだな、自分達のために子どもを犠牲にしても平気なもんだ、仕事だって、ちょっとコンピューターが使えるからって、わしが長い間足を運んでようやく話を聞いてくれたところに、ずかずか入り込んできてだね、ああ、もう礼儀も何もあったもんじゃない、そりゃ、すっと話が通る、通りますよ、そりゃ、なのに、お
つかれさまでしたの一言もないし、まあ、家のことだか何だかしらんが、男は仕事が第一、遅刻の理由にはならんでしょう、それを平然と子どもが熱を出して遅れます、なんて、ふざけた理由だ、そうでしょう」
池上の前には誰も座っていない、どこに向かって話しているのかと思えば、Aランチを置いてさっさと引っ込んでしまったカウンターのママ相手らしい。
彼女は俊次の顔を見ると、少し困ったような顔をして頷いた。それに頷き返して、
「アイス」
呟いて、俊次は池上から離れたカウンターに腰を降ろしかけたが、相変わらず続いていた池上の声に体が凍りつくような気がした。
「まったく、あんな奴らに会社を任せるとは。いや、わしだって、そりゃ、少なからず働いてきましたからね、でもいくら金がほしくても、女房にテレクラさせないだろう、それをあの金沢ってのはやらせて平気だ、あの感覚がよくわからん、最低だね、人間として最低の男だ、だから馘になっても仕方がない、これは天の計らいというものだよ、ママ」
あいつだったのか。
俊次の頭の血が激しい音をたてて渦巻いた。
少し前に、洋子がテレクラで働いているという怪文書がコピーされ、すさまじい数が社内にばらまかれたことがあった。事実無根、洋子は近くのスーパーでレジを打っていることを知っていた同僚達のほとんどは、気にもせずに捨ててくれたが、本社から異動してきたばかりの部長には警戒するべしと移ったのだろう、それ以後、俊次の企画が通りにくくなったのだ。
だめだ、池上は駅の男のように、それなりの理由があって、傍目には荒々しい態度を取っているというんじゃない。自分の小さなプライドと世界を守るために、どれほど周囲を傷つけてもかまわないと思っているのだ。
それならそれで、考えがある。
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