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池上は昼、近くの喫茶店で外食している。そこで、俊次は恨みを晴らすことにした。
池上のような、自分の責任を考えずに、自分の不運を他人のせいにする奴は、これから先も多くの仲間を陥れたりするだろう。俊次が今しようとしていることは制裁、正義の鉄槌を振り下ろすことに他ならない。だから、池上をここで刺し殺しても、きっとさっきの女のように殺したことさえわからないはずだ。
けれど、これほど便利なものを、さっきの男はなぜ手放すことに決めて、俊次に渡したのだろう。
「気をつけろ、ばか!」
ふいに、激しい罵声が響いて、俊次は我に返った。
駅の構内で、立ちすくんだ老婆に、がっしりした男が居丈高に怒鳴りつけている。
「とろとろと歩いてるんじゃない、乗り遅れたじゃないか!」
老婆は青い顔で繰り返し頭を下げているが、男は許す気など毛頭ないようだ。老婆が謝れば謝るほど大声で嘲笑うように、
「年とってうろうろしてもらっちゃ困るんだよ、あんたはおれ達が面倒を見てるんだ、何にもできないくせに、大人しく家でじっとしててほしいな、これ以上手間かけさせないでくれよ」
男の声は無遠慮で、物分かりがよさそうな口調だけに嫌みで一杯だ。憎らしそうに老婆を見やって、
「だいたい、あんたらって自分だけいい思いしてさ。わかってんの、後のことなんて考えずに、それで苦労してんのはおれ達なわけ、わかってる?」
俊次はためらうことなく男の側へと歩み寄った。いざとなれば、ポケットの剣がある。
周囲で見ていた人々が俊次の動きに驚いた顔をするのも、物語のヒーローになったようで気持ちがよかった。
男がうっとうしそうに俊次を見る。
「何だ、おまえ」
「もういいだろ、謝ってるじゃないか、電車に乗れなかったぐらいで」
老人に八つ当たりしたあげくに、俺に殺されたくはないだろう。
そう続けかけて危うくことばを飲み込む。
「放っといてくれ、こいつはな」
男は顎をしゃくった。
「おれの母親なんだ、それも、おれと妹を捨てて男と逃げやがった母親だ。それを、この年になって男に逃げられたんだとよ、それでもご丁寧に引き取ってる」
男は苦々しげに言った。なおも罵倒したそうな顔で俊次を見たが、たじろぎもせずに見つめているのに瞬きし、目を逸らせ、やがてふう、と大きな溜め息をついた。
「わかってる、大人気ない。お前のおせっかいに感謝するべきなんだろうな」
俊次は怯んだ。
そんなつもりで近寄ったのではない、制裁を加えようとしたのだ。
だが、男はにやっと笑った。
「お前みたいな奴がいると思わなかった。少し気が楽になった。じゃな、ほら、いくぜ、ばあさん」
男が体を翻すと、老婆が小走りについていく。去り際にふっと俊次を振りかえり、小さく笑って頭を下げた。慌てて頭を下げ返した俊次の手の中に、粘り着くような剣の感触がまた戻ってきた。
そうだ、池上だ。
俊次は固く唇を引き締めると、再び足を会社に向かって速めていった。
池上のような、自分の責任を考えずに、自分の不運を他人のせいにする奴は、これから先も多くの仲間を陥れたりするだろう。俊次が今しようとしていることは制裁、正義の鉄槌を振り下ろすことに他ならない。だから、池上をここで刺し殺しても、きっとさっきの女のように殺したことさえわからないはずだ。
けれど、これほど便利なものを、さっきの男はなぜ手放すことに決めて、俊次に渡したのだろう。
「気をつけろ、ばか!」
ふいに、激しい罵声が響いて、俊次は我に返った。
駅の構内で、立ちすくんだ老婆に、がっしりした男が居丈高に怒鳴りつけている。
「とろとろと歩いてるんじゃない、乗り遅れたじゃないか!」
老婆は青い顔で繰り返し頭を下げているが、男は許す気など毛頭ないようだ。老婆が謝れば謝るほど大声で嘲笑うように、
「年とってうろうろしてもらっちゃ困るんだよ、あんたはおれ達が面倒を見てるんだ、何にもできないくせに、大人しく家でじっとしててほしいな、これ以上手間かけさせないでくれよ」
男の声は無遠慮で、物分かりがよさそうな口調だけに嫌みで一杯だ。憎らしそうに老婆を見やって、
「だいたい、あんたらって自分だけいい思いしてさ。わかってんの、後のことなんて考えずに、それで苦労してんのはおれ達なわけ、わかってる?」
俊次はためらうことなく男の側へと歩み寄った。いざとなれば、ポケットの剣がある。
周囲で見ていた人々が俊次の動きに驚いた顔をするのも、物語のヒーローになったようで気持ちがよかった。
男がうっとうしそうに俊次を見る。
「何だ、おまえ」
「もういいだろ、謝ってるじゃないか、電車に乗れなかったぐらいで」
老人に八つ当たりしたあげくに、俺に殺されたくはないだろう。
そう続けかけて危うくことばを飲み込む。
「放っといてくれ、こいつはな」
男は顎をしゃくった。
「おれの母親なんだ、それも、おれと妹を捨てて男と逃げやがった母親だ。それを、この年になって男に逃げられたんだとよ、それでもご丁寧に引き取ってる」
男は苦々しげに言った。なおも罵倒したそうな顔で俊次を見たが、たじろぎもせずに見つめているのに瞬きし、目を逸らせ、やがてふう、と大きな溜め息をついた。
「わかってる、大人気ない。お前のおせっかいに感謝するべきなんだろうな」
俊次は怯んだ。
そんなつもりで近寄ったのではない、制裁を加えようとしたのだ。
だが、男はにやっと笑った。
「お前みたいな奴がいると思わなかった。少し気が楽になった。じゃな、ほら、いくぜ、ばあさん」
男が体を翻すと、老婆が小走りについていく。去り際にふっと俊次を振りかえり、小さく笑って頭を下げた。慌てて頭を下げ返した俊次の手の中に、粘り着くような剣の感触がまた戻ってきた。
そうだ、池上だ。
俊次は固く唇を引き締めると、再び足を会社に向かって速めていった。
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