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3.死闘(2)
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「!!」
干涸びて互いの組織を張り付かせたような肺の痛み、顔を歪めてユーノは『運命(リマイン)』を睨み降ろした。アシャの短剣を抜き放ち、体を潜り込ませてねじ曲げる、だがその意図を察した『運命(リマイン)』もまた、黒剣を手に体を伸ばし、水中とは思えない素早さでユーノの片腕を薙ぐ。
「ぐ!」
激痛に視界が眩んだ。
もわり、と黒い煙のように、ユーノの腕から水中に血が広がる。剣を放しかけたユーノを見つめる『運命(リマイン)』の眼、真紅の輝きが残忍な喜びをたたえて笑み綻ぶ。力をなくしたユーノを引き寄せる腕、勝利を確信したその時、『運命(リマイン)』に僅かな隙ができる。引き寄せられるのに乗じて咄嗟に短剣を構え直し、はっとして身を引く『運命(リマイン)』の肩を掴む。そのまま自ら水底へ突っ込むようにのしかかって、相手の胸に短剣を突き立てる。
「ぎゅ!」
『運命(リマイン)』がもがいてユーノの足首を放した。白く黒く不気味な泡を吹き出す傷口を押さえて沈む『運命(リマイン)』を蹴り、ユーノは一気に水面へ浮上する。
「ぶっ、はっ、は、はあっっ」
セレドには海はない。水練の必要性もなかったが、それでも敵に水面下に体を沈められることはあった。もし川底深くに追い込まれたら、そう考えて密かに呼吸訓練をしていたのが役立った。
荒い呼吸を繰り返しつつ、傷と冷水に痺れて無感覚になる右腕から、短剣を左腕に持ち代える。あんな一撃で終わる相手ではないだろう、そう思って転じた目に、水面下から急速に迫ってくる影がある。
(来たな)
こちらが助かったと安堵しているところを不意打ちするつもり、そう踏んで、思い切り息を吸い込み逆襲しようと潜ったとたん、目の前一杯に怪物の顔が広がった。
(速い!)
「っっ!」
反射的に短剣の柄を右手で支え、怪物にまっすぐ突き立てた。一瞬短剣が黄金に光り、怪物が激しくもがき暴れる。水が波打ち、ユーノの傷という傷をこじあける。
「あぁっ!」
跳ね飛ばされた、次にはもう水中深くに引きずり込まれていた。必死に吸い込んだ空気が圧力で口から零れる。かろうじて抜いた短剣が、左手の先で微かに輝いている。
ほんのわずか、意識が肉体を離れたのだろう。我に返った時には、背後から首を絞めつけられていた、抵抗しようとする右腕の傷を強く捻られ、激痛に悲鳴を絞り出して息を吐く。体が硬直し、視界が真っ黒になり、頭の中が闇に沈む、けれど気を失わない何かが、ユーノの左腕を動かしていた。ゆっくりゆっくり水流を巻き起こさない、気配を消した緩慢な動き、だが、ある一点を越えたとたん、ためらいなく『運命(リマイン)』の脾腹へ貫き通さんばかりに、短剣の切っ先を突き入れる。
「ごぶぁあああ!」
重苦しい絶叫を放って、『運命(リマイン)』がユーノの体を放そうとした、が、今度はユーノが放さない。食い込ませた短剣に渾身の力を込め、傷ついた右腕で相手を抱え込みながら、なおも深く突き込んでいく。
「がぶっがばぁ!!」
白く濁った煙じみたものが『運命(リマイン)』の傷口から広がり、焦げ痕のような裂け目がみるみる大きくなっていった。顔をひきつらせ、痙攣し、大きく口を開けて空気の奔流を吐き出しながら、『運命(リマイン)』はもがく、もがく、もがき続け、ふいにくたりと力が抜けた。抱えていたユーノの腕からも短剣からも、得体の知れない物体のように崩れて抜け落ちていく。
「っ…」
そのぞろりとした感触に無意識にユーノは震えた。
(人、じゃ、ない?)
あれはあれはまるで、なにか、生きている人形、のような。
(あれは、一体)
何、なんだろう?
(あんなものが、世界に居る、なんて)
ぞくぞくするのは水中だからではない、恐怖や傷みだけでもない、命の根源を否定されるような不安のせいだ。
(なぜ、あんなものが、存在するんだろう?)
ふいに湧き上がったその問いに、アシャの姿が重なるのは、この手にした短剣がアシャのもの、だからだろうか。
そのまま、岸から捨てられた金銀財宝があちらこちらに点在する水底へ、『運命(リマイン)』の体は土人形のように二つ、三つ、五つと砕け、やがて数え切れない無数の破片となって融け落ちていく。
(とにかく、やった、んだ…)
それを見下ろしながら、ユーノは襲ってきためまいをこらえた。体力も気力も限界だった。のろのろと上へ向けて水を掻き始める。少しでも速く水面に辿りつかなくてはならないと思うのに、それがひどく難しいことのように思えた。揺らめく視界、揺らめく髪、ふわりと顔を包む、その瞬間。
(!)
本能が警報を鳴らした。
「っっっ!」
振り返るとすぐ真後ろに怪物の顔、とっさに振り上げた短剣が、眩い金に輝きながら怪物の眼と眼の間に突き立つ。だが、怪物も怯まない、深く体を折り曲げ、ユーノを二対の枯れ枝のような手で掴んだ。そのまま左右に引き裂こうとでもするように、体を両側へ引きながら剣からユーノをもぎ離す。
「っ!…、、……ーっ!!」
ユーノは激痛にもがいた。唇から残り少ない空気が吹き出る。必死に怪物の眉間に突き立てた短剣を取ろうとするのに届かない。視界が曇るのは意識が遠のいているせいばかりではない、水中に広がる血、ユーノが吐き出す命の残量。競り上がる呼吸、怪物はまだまだ余裕だ、剣を額に受けたまま、ユーノを捕らえて抱え込み、水底へ引きずり込んでいく。
(いや、だ…ここで、死ぬ、なんて…っ)
いつ死んでもいい、全力を尽くしていればいい、どこかでそう覚悟を決めていたはずだった、なのに今、脳裏を横切り煌めき、幻のように切ない叫びに繋がるのは、アシャの黄金の髪、深く透き通った瞳、あの色をもう一度、そう思う願い、ただ一つ。
(いや、だ、ああ…っ)
自分の体を必死にまさぐって、長剣に触れた。怪物に効果があるとは思えない、だが素手で殴り虚しい蹴りを繰り出すよりはましだと信じたい。痺れる右手で剣の柄を探る。指が触れ、掴みかけ、逃す。
「く…」
水温がいきなり落ちた。
光の差し込まぬ暗く重い澱みに似た色が、すぐそこ、足先にまで近づいてきている。底へ底へ、怪物は潜る。きっとそこに棲み処があるのだろう。右手がようやく柄を包んだ。指先を丸める。力が入らない。強圧が、低温が、水の中に秘められた見えない力が、ユーノの体力と気力を削ぎ落としていく。他の手足から力を抜く。なお強く握り締められ、ざう、とまた唇から悲鳴まじりの空気が飛び出し、あっという間に飛び上がって消えていく。肺に空気はもうほとんど残っていない。苦しい息を呑み込み、怪物の動きをはかる、呼吸をはかり、気配を読み、なお深く潜ろうとした一瞬に、体を掴んだ手を抜き放った剣先で一気に払った。
「ぎょぉおああっ!!」「っっ!」
耳を封じる轟音、衝撃が圧力となってユーノの脳味噌を叩きつける。怪物が絶叫を繰り返しながら、絡んだしつこい水草をほどくように、ユーノを何度も岩に叩きつけながら振り放す。激突しなかったのは水の緩衝力と幸運、それでも呼吸も意識も何もかも吹っ飛ばされる。
「!」
上はどこだ。
「!!」
外はどこだ。
「!!!」
誰か、止めて。
「っく……ぅ…」
やがて。
数瞬が過ぎた。
気がつけば、ただ一人で水中に漂っていた。
(生きて…いる…)
怪物をやっつけたのかどうかはわからないが、とにかく側には居ない。
のろのろと周囲を見回したが、濁った暗い水の中に、ユーノ以外に動くものはないようだ。
視界の端をきらりと何かが光った。小魚か何か、そう思って視線を動かすと、固まった指がまだ長剣を握りしめていて、切っ先がきら、きら、と微かに光を跳ねていた。
(水面……近い……?)
右手を少し動かしてみる。揺れた切っ先がまた光を跳ねる。いつの間にか夜明けを迎え、怪物とやりあっている間に水面近くまで浮き上がっていたのかもしれない。
(くる…し)
気を失いそうになりながら、上を見上げる。どちらが水面に近いのかよくわからない、けれど長剣が次第に光を増していくようだから、浮き上がってはいるのだろう。
髪がゆらゆらと顔にかかり視界を遮る。振り払う気力もないし、水を掻く力も残っていないが、瞬きすると髪のゆらめきとは違った波が動く気がする。水面を吹く風の動きか、それほど戻ってこれたのか。
(も……す……こし………)
次の瞬間。
底から湧き上がってきた水流に乗った気配が、いきなり背後に実体化した。がしりと掴まれた胴、無理矢理振り向かされた視界に映ったのは眉間に突き立つ金色の短剣、今度こそ逃れる気力も体力もない、とっさに長剣を握りしめるユーノに、怪物は残った一対の手でぎりっ、と力を込めた。
「い…!!」
相手の方も死の寸前まで来ているようだった。鈍い光をたたえた瞳が残忍な色を浮かべてユーノを見返し、最後の気力を絞るように掴んだ指に渾身の力を込め続ける。
「!!…………!、!、!!」
指先の鋭く光る爪が深々と肋骨の隙間に、脾腹に、肉も骨も断ち切ろうとするように食い込んでくる。終わることのない激痛、今感じるそれよりもなお強い激痛、それを越えるより鮮烈な痛みの感覚に意識が砕けた。
「うぁあああああああああーっっっ!」
絶叫する。手にした剣があっさり抜け落ち、一気に暗闇に消えていく。吹き零れたのは涙か血か、それとも命そのものか。体に残る空気を全てを吐き尽くしても、痛みはなおも鋭く閃光のように砕け続ける。
(!!!!)
視界はなくなった。握りしめた意識の破片もぼろぼろと崩れ落ちる。
(!…!)
千切れていく。
砕けていく。
自分の全てが。
(………)
残ったのは、深くて安らかで、静かな闇だけだった。
干涸びて互いの組織を張り付かせたような肺の痛み、顔を歪めてユーノは『運命(リマイン)』を睨み降ろした。アシャの短剣を抜き放ち、体を潜り込ませてねじ曲げる、だがその意図を察した『運命(リマイン)』もまた、黒剣を手に体を伸ばし、水中とは思えない素早さでユーノの片腕を薙ぐ。
「ぐ!」
激痛に視界が眩んだ。
もわり、と黒い煙のように、ユーノの腕から水中に血が広がる。剣を放しかけたユーノを見つめる『運命(リマイン)』の眼、真紅の輝きが残忍な喜びをたたえて笑み綻ぶ。力をなくしたユーノを引き寄せる腕、勝利を確信したその時、『運命(リマイン)』に僅かな隙ができる。引き寄せられるのに乗じて咄嗟に短剣を構え直し、はっとして身を引く『運命(リマイン)』の肩を掴む。そのまま自ら水底へ突っ込むようにのしかかって、相手の胸に短剣を突き立てる。
「ぎゅ!」
『運命(リマイン)』がもがいてユーノの足首を放した。白く黒く不気味な泡を吹き出す傷口を押さえて沈む『運命(リマイン)』を蹴り、ユーノは一気に水面へ浮上する。
「ぶっ、はっ、は、はあっっ」
セレドには海はない。水練の必要性もなかったが、それでも敵に水面下に体を沈められることはあった。もし川底深くに追い込まれたら、そう考えて密かに呼吸訓練をしていたのが役立った。
荒い呼吸を繰り返しつつ、傷と冷水に痺れて無感覚になる右腕から、短剣を左腕に持ち代える。あんな一撃で終わる相手ではないだろう、そう思って転じた目に、水面下から急速に迫ってくる影がある。
(来たな)
こちらが助かったと安堵しているところを不意打ちするつもり、そう踏んで、思い切り息を吸い込み逆襲しようと潜ったとたん、目の前一杯に怪物の顔が広がった。
(速い!)
「っっ!」
反射的に短剣の柄を右手で支え、怪物にまっすぐ突き立てた。一瞬短剣が黄金に光り、怪物が激しくもがき暴れる。水が波打ち、ユーノの傷という傷をこじあける。
「あぁっ!」
跳ね飛ばされた、次にはもう水中深くに引きずり込まれていた。必死に吸い込んだ空気が圧力で口から零れる。かろうじて抜いた短剣が、左手の先で微かに輝いている。
ほんのわずか、意識が肉体を離れたのだろう。我に返った時には、背後から首を絞めつけられていた、抵抗しようとする右腕の傷を強く捻られ、激痛に悲鳴を絞り出して息を吐く。体が硬直し、視界が真っ黒になり、頭の中が闇に沈む、けれど気を失わない何かが、ユーノの左腕を動かしていた。ゆっくりゆっくり水流を巻き起こさない、気配を消した緩慢な動き、だが、ある一点を越えたとたん、ためらいなく『運命(リマイン)』の脾腹へ貫き通さんばかりに、短剣の切っ先を突き入れる。
「ごぶぁあああ!」
重苦しい絶叫を放って、『運命(リマイン)』がユーノの体を放そうとした、が、今度はユーノが放さない。食い込ませた短剣に渾身の力を込め、傷ついた右腕で相手を抱え込みながら、なおも深く突き込んでいく。
「がぶっがばぁ!!」
白く濁った煙じみたものが『運命(リマイン)』の傷口から広がり、焦げ痕のような裂け目がみるみる大きくなっていった。顔をひきつらせ、痙攣し、大きく口を開けて空気の奔流を吐き出しながら、『運命(リマイン)』はもがく、もがく、もがき続け、ふいにくたりと力が抜けた。抱えていたユーノの腕からも短剣からも、得体の知れない物体のように崩れて抜け落ちていく。
「っ…」
そのぞろりとした感触に無意識にユーノは震えた。
(人、じゃ、ない?)
あれはあれはまるで、なにか、生きている人形、のような。
(あれは、一体)
何、なんだろう?
(あんなものが、世界に居る、なんて)
ぞくぞくするのは水中だからではない、恐怖や傷みだけでもない、命の根源を否定されるような不安のせいだ。
(なぜ、あんなものが、存在するんだろう?)
ふいに湧き上がったその問いに、アシャの姿が重なるのは、この手にした短剣がアシャのもの、だからだろうか。
そのまま、岸から捨てられた金銀財宝があちらこちらに点在する水底へ、『運命(リマイン)』の体は土人形のように二つ、三つ、五つと砕け、やがて数え切れない無数の破片となって融け落ちていく。
(とにかく、やった、んだ…)
それを見下ろしながら、ユーノは襲ってきためまいをこらえた。体力も気力も限界だった。のろのろと上へ向けて水を掻き始める。少しでも速く水面に辿りつかなくてはならないと思うのに、それがひどく難しいことのように思えた。揺らめく視界、揺らめく髪、ふわりと顔を包む、その瞬間。
(!)
本能が警報を鳴らした。
「っっっ!」
振り返るとすぐ真後ろに怪物の顔、とっさに振り上げた短剣が、眩い金に輝きながら怪物の眼と眼の間に突き立つ。だが、怪物も怯まない、深く体を折り曲げ、ユーノを二対の枯れ枝のような手で掴んだ。そのまま左右に引き裂こうとでもするように、体を両側へ引きながら剣からユーノをもぎ離す。
「っ!…、、……ーっ!!」
ユーノは激痛にもがいた。唇から残り少ない空気が吹き出る。必死に怪物の眉間に突き立てた短剣を取ろうとするのに届かない。視界が曇るのは意識が遠のいているせいばかりではない、水中に広がる血、ユーノが吐き出す命の残量。競り上がる呼吸、怪物はまだまだ余裕だ、剣を額に受けたまま、ユーノを捕らえて抱え込み、水底へ引きずり込んでいく。
(いや、だ…ここで、死ぬ、なんて…っ)
いつ死んでもいい、全力を尽くしていればいい、どこかでそう覚悟を決めていたはずだった、なのに今、脳裏を横切り煌めき、幻のように切ない叫びに繋がるのは、アシャの黄金の髪、深く透き通った瞳、あの色をもう一度、そう思う願い、ただ一つ。
(いや、だ、ああ…っ)
自分の体を必死にまさぐって、長剣に触れた。怪物に効果があるとは思えない、だが素手で殴り虚しい蹴りを繰り出すよりはましだと信じたい。痺れる右手で剣の柄を探る。指が触れ、掴みかけ、逃す。
「く…」
水温がいきなり落ちた。
光の差し込まぬ暗く重い澱みに似た色が、すぐそこ、足先にまで近づいてきている。底へ底へ、怪物は潜る。きっとそこに棲み処があるのだろう。右手がようやく柄を包んだ。指先を丸める。力が入らない。強圧が、低温が、水の中に秘められた見えない力が、ユーノの体力と気力を削ぎ落としていく。他の手足から力を抜く。なお強く握り締められ、ざう、とまた唇から悲鳴まじりの空気が飛び出し、あっという間に飛び上がって消えていく。肺に空気はもうほとんど残っていない。苦しい息を呑み込み、怪物の動きをはかる、呼吸をはかり、気配を読み、なお深く潜ろうとした一瞬に、体を掴んだ手を抜き放った剣先で一気に払った。
「ぎょぉおああっ!!」「っっ!」
耳を封じる轟音、衝撃が圧力となってユーノの脳味噌を叩きつける。怪物が絶叫を繰り返しながら、絡んだしつこい水草をほどくように、ユーノを何度も岩に叩きつけながら振り放す。激突しなかったのは水の緩衝力と幸運、それでも呼吸も意識も何もかも吹っ飛ばされる。
「!」
上はどこだ。
「!!」
外はどこだ。
「!!!」
誰か、止めて。
「っく……ぅ…」
やがて。
数瞬が過ぎた。
気がつけば、ただ一人で水中に漂っていた。
(生きて…いる…)
怪物をやっつけたのかどうかはわからないが、とにかく側には居ない。
のろのろと周囲を見回したが、濁った暗い水の中に、ユーノ以外に動くものはないようだ。
視界の端をきらりと何かが光った。小魚か何か、そう思って視線を動かすと、固まった指がまだ長剣を握りしめていて、切っ先がきら、きら、と微かに光を跳ねていた。
(水面……近い……?)
右手を少し動かしてみる。揺れた切っ先がまた光を跳ねる。いつの間にか夜明けを迎え、怪物とやりあっている間に水面近くまで浮き上がっていたのかもしれない。
(くる…し)
気を失いそうになりながら、上を見上げる。どちらが水面に近いのかよくわからない、けれど長剣が次第に光を増していくようだから、浮き上がってはいるのだろう。
髪がゆらゆらと顔にかかり視界を遮る。振り払う気力もないし、水を掻く力も残っていないが、瞬きすると髪のゆらめきとは違った波が動く気がする。水面を吹く風の動きか、それほど戻ってこれたのか。
(も……す……こし………)
次の瞬間。
底から湧き上がってきた水流に乗った気配が、いきなり背後に実体化した。がしりと掴まれた胴、無理矢理振り向かされた視界に映ったのは眉間に突き立つ金色の短剣、今度こそ逃れる気力も体力もない、とっさに長剣を握りしめるユーノに、怪物は残った一対の手でぎりっ、と力を込めた。
「い…!!」
相手の方も死の寸前まで来ているようだった。鈍い光をたたえた瞳が残忍な色を浮かべてユーノを見返し、最後の気力を絞るように掴んだ指に渾身の力を込め続ける。
「!!…………!、!、!!」
指先の鋭く光る爪が深々と肋骨の隙間に、脾腹に、肉も骨も断ち切ろうとするように食い込んでくる。終わることのない激痛、今感じるそれよりもなお強い激痛、それを越えるより鮮烈な痛みの感覚に意識が砕けた。
「うぁあああああああああーっっっ!」
絶叫する。手にした剣があっさり抜け落ち、一気に暗闇に消えていく。吹き零れたのは涙か血か、それとも命そのものか。体に残る空気を全てを吐き尽くしても、痛みはなおも鋭く閃光のように砕け続ける。
(!!!!)
視界はなくなった。握りしめた意識の破片もぼろぼろと崩れ落ちる。
(!…!)
千切れていく。
砕けていく。
自分の全てが。
(………)
残ったのは、深くて安らかで、静かな闇だけだった。
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