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10.二つの塔(3)
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「……自己嫌悪…」
隣の部屋でアシャは落ち込んでいた。
「あん?」
椅子に埋まり込んで珍しくぐったりと覇気をなくしてしまったアシャを、イルファが不審そうに振り返る。
「ばかなこと考えてるから……これじゃ、まるでガキだ」
「計画がか? よくできてると思うがな」
イルファがきょとんとした顔になる。
「計画じゃない、もっと個人的なことだ」
「というと…女か! 俺に断りもなく!」
「…やめろ、冗談に聞こえん」
「冗談じゃないぞ、俺はだな、この計画の要であるお前がドジったりしやしないかと、純粋な心配をだな」
言いつつ、ぱんぱんと片手でこれ見よがしに剣に結んだリボンを叩いてみせるあたり、どうも怪しい。
「いい加減にそれを外せ」
「なかなか丈夫なものでなあ」
イルファはにこやかに拒む。
「雨風に強く、修羅場を共に生き抜いてくると、なお手放せなくなってくる」
「リボンの話だ」
「剣の話ではなかったのか」
「わかったわかった」
巧みに逸らされているとしか思えない会話にうんざりして、アシャは手を振った。
「やっている間はそれについて悩まないことにする。決行は早い方がいいな。テオ二世は部屋か?」
今では『運命(リマイン)』側についた視察官(オペ)がいないと断言しきれない。どこで情報が漏れていくかわからない。
「ああ。食事の後は大抵私室にいるそうだ」
「経過を説明してくる。決行は明日の夜だ」
「わかった、まかせておけ」
にっと唇を上げたイルファに苦笑を返し、アシャは部屋を出た。まっすぐにテオ二世の部屋に行こうとして、隣の部屋の前で立ち止まる。
「……」
しばらく考え込んでから、アシャは扉を叩いて声をかけた。
「ユーノ? 起きてるか?」
「アシャ? うん、どうぞ」
「入るぞ」
扉を開けて中に入ると、しっ、とユーノが唇に指を当てて制した。見れば、レスファートが彼女の横で丸くなって寝息を立てている。半身起こしたユーノは優しい微笑をレスファートに落とし、
「寝ちゃったんだ」
「ああ」
声の甘さにほっとしながら、アシャは明かりを消した部屋をユーノの側に近づいた。
「さっきはすまなかった」
低い声で謝る。
「ああでもしなきゃ、言うことを聞きそうになかったからな」
我ながら言い訳じみている、しかも不十分でいい加減な内容だ、と思いつつ、レスファートと反対側へ回り、腰を降ろす。
「うん……ボクも反省してる」
ユーノは少しアシャから身を離して肩を竦めてみせた。
「傷が治りきってなけりゃ足手まといになる、そんなこと、わかってたのに」
しょんぼりしてしまった風情に、そういう意味じゃない、と言い返しそうになって危うく口を噤む。
「痛むか?」
離れた距離が寒くて、アシャは気遣うふりをして、もう少しユーノの方へにじり寄った。
「ちょっと。でも、平気。計画はどうなったの?」
二人きりでいるのに、そういう話しか思いつかないのか。
(そこまでの関係じゃない、それはわかっているが)
がっかりしながら、アシャは溜め息をついた。
「あまり顔を知られてないイルファが乗り込む。もっとも手引き程度で、後は俺とテオ達が乗り込んで、一気に片をつける予定だ。明日の夜、決行する」
「そんなに急に?」
「ああ。俺達が『白の塔』に居ることが知れ渡ってからじゃ、警戒が厳重になるからな」
アシャはふっとことばを切って目を閉じた。それほど楽な計画ではない、時間と競争になるはず、一気に落とせなければ、こちらがまずくなる。考えられる状況を次々思い浮かべつつ、目を開ける。
「だから、今夜のうちにテオと手順を打ち合わせておこうと思っている」
「……テオ」
ユーノがためらいがちに切り出した。
「ん?」
「『紅(あか)の塔』に恋人が居るみたいだけど」
「ミルバ、か」
「知ってたの?」
目を見張るユーノに小さく苦笑する。
「それとなくな。テオの部屋に肖像画があった。黒髪に真紅の瞳の娘だ」
「『運命(リマイン)』!」
「おそらくは」
入り込まれて心を許し、気づいた時には全てが遅かった、というわけなのだろう。重く頷くと、唇を噛んで何かを考え込んだユーノが、
「イ・ク・ラトールってどういう意味?」
唐突に問いかけてぎくりとした。
(まさか、テオがそれを囁いたんじゃないだろうな)
「なぜだ?」
ひんやりとした想いに苛まれながら、問い返す。
「テオがミルバのことをそう言ってたんだ」
「そうか」
(それなら、なおさら素早く動くしかない)
冷徹な計算はそのことばの意味を知っているからだ。
「誰よりも愛しい人、だな」
「誰よりも……愛しい人…」
ユーノの黒い瞳が潤むような光を帯びて見返してきた、そう感じたのは一瞬、すぐに絡みかけた視線をユーノから逸らせる。
「かわいそうだね、テオ」
「…ああ」
「ボクに何かできることは?」
それを俺に聞くのか、他の男への憐憫に何ができるか教えろと?
思わず問い正しそうになってユーノを見下ろし、少し開いた唇に視線が止まる。
「そうだな」
おどけるように続けた。
「さしあたっては、しゃべり鳥(ライノ)の時のキスを返してくれること、か」
「え…」
見る見るユーノが頬を紅潮させる。
「だって、あれはガズラで」
「結局返してもらってない」
「ア、アシャぁ…」
何もこんな時にそんなことを持ち出さなくても。
そういう顔で見返すユーノににんまりと笑い返す。
「ん? 剣士に二言があるのか? 返すと言ったな?」
「……あなた、ボクをからかってるだろ」
「半分は当たってる」
困り顔の相手が、今この瞬間は自分のことしか考えていないのが嬉しくて,アシャはくすくす笑った。
「半分?」
きょとんとした顔で無邪気にユーノが首を傾げる。
「後の半分は?」
「後の半分は」
アシャはユーノの肩に手をかけた。びくりとしたユーノが体を強張らせる。その緊張も好ましい。
「本気でお前のキスを…」
欲しいと思ってると答えたらどうする?
吐息で囁きながら顔を傾け、唇を寄せる。
「あ…」
誘われるように呑まれるように、ユーノが微かに震えながら、それでも目を伏せて受け入れようとした、その矢先。
「アシャ!」
バン、と背後の扉が開いて明かりが差し込んだ。
アシャの腕から瞬時にユーノの体が擦り抜ける、まるで始めからそこには居なかったかのように。
「あの計画、どうして下の押さえがないんだ!」
イルファのどら声が響いた。
「……なくていいんだ」
視線の先にはまだユーノがいる、だが、その姿は既に警戒を満たし指さえ届かぬ遠くに引いている。とっさに背けた横顔は表情が読めない、戸惑っているようにも見える、だが、拒んでいるようにもまた見える。
「押さえはいいって言っただろ」
はぁあ、と深く溜め息をついて、アシャはベッドから立ち上がった。突然入ってきたイルファを振り返る。視線がねめつけているかもしれないが、緩める気持ちなどない。
「それを完全に果たしてくれる相手に心当たりがあるって」
そのあたりは十分に説明していたはずだ。
「知り合いか?」
イルファは今初めて聞いた顔で聞き返す。
(絶対わざとだ)
「ああ。とびきり腕のいい狩人だ、だから心配するな安心してろ」
答えながらイルファを部屋の外に押し出していく。背中越しにユーノにおやすみ、と声をかけたが返事がない。
「イルファ」
ぐったりする気持ちを持て余し、扉を閉めてイルファに向き直ったとたん、
「狩人、というと、ラズーンの知り合いなのか?」
「……ああ」
なるほど、単にふざけて突っ込んで来たというわけではないらしい、と相手を見直した。
「やっぱりただ者じゃなかったのか」
イルファがいかつい顔でにやりと笑う。
「ユーノもそうか?」
「いや、彼は違うが…付き人になってからわかったが、俺の本来の役目と無関係というわけでもない」
「じゃあ、何らかの形でラズーンに関わりがあるやつなんだな?」
「そういうことだ」
「視察官(オペ)というのを、風の噂に聞いたことがある」
イルファが日に焼けた顔に鋭い表情を浮かべた。
「諸国を巡るラズーンからの旅人、ラズーン治世を支えるための目だ、と」
そいつか?
ことばは問いかけだが、中身は確認だ。
(もう、無理だな)
アシャはゆっくり瞬きした。この先も一緒に旅を続けるならば、遅かれ早かれ『ラズーン』が何なのかも知れるだろう。
「当たらずと言えど遠からずだな」
促して部屋に戻りながら続ける。
「俺の正体と言う意味なら、もう一つの方が通りがいいぞ」
「もう一つ?」
「ラズーンの正当後継者」
「が」
どしん、とイルファが滑ってこけた。茫然とした顔で見上げて尋ねてくる。
「おい待て、正当後継者? んじゃ何か、ラズーンの王子?」
「そういうことだ」
「そういうことだ、じゃねえよ!」
さすがに怯んだ顔で唸る。
「恐ろしいのと組んじまった」
「そうたいしたものじゃない」
「おいおい、ラズーン支配を甘く考えるなよ、アシャ。俺達にとってラズーンは世界の源だぜ? そこの王子と同行するなんざ、単なる見聞旅行と言うわけに行かねえだろ」
「ならどうする、ここで引くか」
皮肉な笑みを浮かべて見下ろす。
「………どうしてそれを明かす気になった」
「そろそろ隠していられる状況じゃなくなってきた……それに」
結局ラズーンに近づけばわかってくる。
それでも口を噤んだのは語り切れないものが多過ぎたからだ。
「……」
アシャのことばにイルファはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがてぐいと唇を結んで立ち上がった。
「そうだな。それを知ったって、俺の好きなアシャにかわりはねえな」
「…おい」
「そうとも、ラズーンが何だ! 愛は国境を越える、身分差なんかくそくらえだ!」
「待て」
「俺は誓う、この剣にかけて、お前と一緒にラズーンへ見事辿りついて見せるぞ!」
「違う」
俺が言いたかったのはだな。
言いかけて、赤いリボンが結ばれたままになっている両刃の剣を誇らしげに振り回すイルファを眺め、
「……聞く気はないな?…」
アシャは深く溜め息をついて諦めた。
隣の部屋でアシャは落ち込んでいた。
「あん?」
椅子に埋まり込んで珍しくぐったりと覇気をなくしてしまったアシャを、イルファが不審そうに振り返る。
「ばかなこと考えてるから……これじゃ、まるでガキだ」
「計画がか? よくできてると思うがな」
イルファがきょとんとした顔になる。
「計画じゃない、もっと個人的なことだ」
「というと…女か! 俺に断りもなく!」
「…やめろ、冗談に聞こえん」
「冗談じゃないぞ、俺はだな、この計画の要であるお前がドジったりしやしないかと、純粋な心配をだな」
言いつつ、ぱんぱんと片手でこれ見よがしに剣に結んだリボンを叩いてみせるあたり、どうも怪しい。
「いい加減にそれを外せ」
「なかなか丈夫なものでなあ」
イルファはにこやかに拒む。
「雨風に強く、修羅場を共に生き抜いてくると、なお手放せなくなってくる」
「リボンの話だ」
「剣の話ではなかったのか」
「わかったわかった」
巧みに逸らされているとしか思えない会話にうんざりして、アシャは手を振った。
「やっている間はそれについて悩まないことにする。決行は早い方がいいな。テオ二世は部屋か?」
今では『運命(リマイン)』側についた視察官(オペ)がいないと断言しきれない。どこで情報が漏れていくかわからない。
「ああ。食事の後は大抵私室にいるそうだ」
「経過を説明してくる。決行は明日の夜だ」
「わかった、まかせておけ」
にっと唇を上げたイルファに苦笑を返し、アシャは部屋を出た。まっすぐにテオ二世の部屋に行こうとして、隣の部屋の前で立ち止まる。
「……」
しばらく考え込んでから、アシャは扉を叩いて声をかけた。
「ユーノ? 起きてるか?」
「アシャ? うん、どうぞ」
「入るぞ」
扉を開けて中に入ると、しっ、とユーノが唇に指を当てて制した。見れば、レスファートが彼女の横で丸くなって寝息を立てている。半身起こしたユーノは優しい微笑をレスファートに落とし、
「寝ちゃったんだ」
「ああ」
声の甘さにほっとしながら、アシャは明かりを消した部屋をユーノの側に近づいた。
「さっきはすまなかった」
低い声で謝る。
「ああでもしなきゃ、言うことを聞きそうになかったからな」
我ながら言い訳じみている、しかも不十分でいい加減な内容だ、と思いつつ、レスファートと反対側へ回り、腰を降ろす。
「うん……ボクも反省してる」
ユーノは少しアシャから身を離して肩を竦めてみせた。
「傷が治りきってなけりゃ足手まといになる、そんなこと、わかってたのに」
しょんぼりしてしまった風情に、そういう意味じゃない、と言い返しそうになって危うく口を噤む。
「痛むか?」
離れた距離が寒くて、アシャは気遣うふりをして、もう少しユーノの方へにじり寄った。
「ちょっと。でも、平気。計画はどうなったの?」
二人きりでいるのに、そういう話しか思いつかないのか。
(そこまでの関係じゃない、それはわかっているが)
がっかりしながら、アシャは溜め息をついた。
「あまり顔を知られてないイルファが乗り込む。もっとも手引き程度で、後は俺とテオ達が乗り込んで、一気に片をつける予定だ。明日の夜、決行する」
「そんなに急に?」
「ああ。俺達が『白の塔』に居ることが知れ渡ってからじゃ、警戒が厳重になるからな」
アシャはふっとことばを切って目を閉じた。それほど楽な計画ではない、時間と競争になるはず、一気に落とせなければ、こちらがまずくなる。考えられる状況を次々思い浮かべつつ、目を開ける。
「だから、今夜のうちにテオと手順を打ち合わせておこうと思っている」
「……テオ」
ユーノがためらいがちに切り出した。
「ん?」
「『紅(あか)の塔』に恋人が居るみたいだけど」
「ミルバ、か」
「知ってたの?」
目を見張るユーノに小さく苦笑する。
「それとなくな。テオの部屋に肖像画があった。黒髪に真紅の瞳の娘だ」
「『運命(リマイン)』!」
「おそらくは」
入り込まれて心を許し、気づいた時には全てが遅かった、というわけなのだろう。重く頷くと、唇を噛んで何かを考え込んだユーノが、
「イ・ク・ラトールってどういう意味?」
唐突に問いかけてぎくりとした。
(まさか、テオがそれを囁いたんじゃないだろうな)
「なぜだ?」
ひんやりとした想いに苛まれながら、問い返す。
「テオがミルバのことをそう言ってたんだ」
「そうか」
(それなら、なおさら素早く動くしかない)
冷徹な計算はそのことばの意味を知っているからだ。
「誰よりも愛しい人、だな」
「誰よりも……愛しい人…」
ユーノの黒い瞳が潤むような光を帯びて見返してきた、そう感じたのは一瞬、すぐに絡みかけた視線をユーノから逸らせる。
「かわいそうだね、テオ」
「…ああ」
「ボクに何かできることは?」
それを俺に聞くのか、他の男への憐憫に何ができるか教えろと?
思わず問い正しそうになってユーノを見下ろし、少し開いた唇に視線が止まる。
「そうだな」
おどけるように続けた。
「さしあたっては、しゃべり鳥(ライノ)の時のキスを返してくれること、か」
「え…」
見る見るユーノが頬を紅潮させる。
「だって、あれはガズラで」
「結局返してもらってない」
「ア、アシャぁ…」
何もこんな時にそんなことを持ち出さなくても。
そういう顔で見返すユーノににんまりと笑い返す。
「ん? 剣士に二言があるのか? 返すと言ったな?」
「……あなた、ボクをからかってるだろ」
「半分は当たってる」
困り顔の相手が、今この瞬間は自分のことしか考えていないのが嬉しくて,アシャはくすくす笑った。
「半分?」
きょとんとした顔で無邪気にユーノが首を傾げる。
「後の半分は?」
「後の半分は」
アシャはユーノの肩に手をかけた。びくりとしたユーノが体を強張らせる。その緊張も好ましい。
「本気でお前のキスを…」
欲しいと思ってると答えたらどうする?
吐息で囁きながら顔を傾け、唇を寄せる。
「あ…」
誘われるように呑まれるように、ユーノが微かに震えながら、それでも目を伏せて受け入れようとした、その矢先。
「アシャ!」
バン、と背後の扉が開いて明かりが差し込んだ。
アシャの腕から瞬時にユーノの体が擦り抜ける、まるで始めからそこには居なかったかのように。
「あの計画、どうして下の押さえがないんだ!」
イルファのどら声が響いた。
「……なくていいんだ」
視線の先にはまだユーノがいる、だが、その姿は既に警戒を満たし指さえ届かぬ遠くに引いている。とっさに背けた横顔は表情が読めない、戸惑っているようにも見える、だが、拒んでいるようにもまた見える。
「押さえはいいって言っただろ」
はぁあ、と深く溜め息をついて、アシャはベッドから立ち上がった。突然入ってきたイルファを振り返る。視線がねめつけているかもしれないが、緩める気持ちなどない。
「それを完全に果たしてくれる相手に心当たりがあるって」
そのあたりは十分に説明していたはずだ。
「知り合いか?」
イルファは今初めて聞いた顔で聞き返す。
(絶対わざとだ)
「ああ。とびきり腕のいい狩人だ、だから心配するな安心してろ」
答えながらイルファを部屋の外に押し出していく。背中越しにユーノにおやすみ、と声をかけたが返事がない。
「イルファ」
ぐったりする気持ちを持て余し、扉を閉めてイルファに向き直ったとたん、
「狩人、というと、ラズーンの知り合いなのか?」
「……ああ」
なるほど、単にふざけて突っ込んで来たというわけではないらしい、と相手を見直した。
「やっぱりただ者じゃなかったのか」
イルファがいかつい顔でにやりと笑う。
「ユーノもそうか?」
「いや、彼は違うが…付き人になってからわかったが、俺の本来の役目と無関係というわけでもない」
「じゃあ、何らかの形でラズーンに関わりがあるやつなんだな?」
「そういうことだ」
「視察官(オペ)というのを、風の噂に聞いたことがある」
イルファが日に焼けた顔に鋭い表情を浮かべた。
「諸国を巡るラズーンからの旅人、ラズーン治世を支えるための目だ、と」
そいつか?
ことばは問いかけだが、中身は確認だ。
(もう、無理だな)
アシャはゆっくり瞬きした。この先も一緒に旅を続けるならば、遅かれ早かれ『ラズーン』が何なのかも知れるだろう。
「当たらずと言えど遠からずだな」
促して部屋に戻りながら続ける。
「俺の正体と言う意味なら、もう一つの方が通りがいいぞ」
「もう一つ?」
「ラズーンの正当後継者」
「が」
どしん、とイルファが滑ってこけた。茫然とした顔で見上げて尋ねてくる。
「おい待て、正当後継者? んじゃ何か、ラズーンの王子?」
「そういうことだ」
「そういうことだ、じゃねえよ!」
さすがに怯んだ顔で唸る。
「恐ろしいのと組んじまった」
「そうたいしたものじゃない」
「おいおい、ラズーン支配を甘く考えるなよ、アシャ。俺達にとってラズーンは世界の源だぜ? そこの王子と同行するなんざ、単なる見聞旅行と言うわけに行かねえだろ」
「ならどうする、ここで引くか」
皮肉な笑みを浮かべて見下ろす。
「………どうしてそれを明かす気になった」
「そろそろ隠していられる状況じゃなくなってきた……それに」
結局ラズーンに近づけばわかってくる。
それでも口を噤んだのは語り切れないものが多過ぎたからだ。
「……」
アシャのことばにイルファはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがてぐいと唇を結んで立ち上がった。
「そうだな。それを知ったって、俺の好きなアシャにかわりはねえな」
「…おい」
「そうとも、ラズーンが何だ! 愛は国境を越える、身分差なんかくそくらえだ!」
「待て」
「俺は誓う、この剣にかけて、お前と一緒にラズーンへ見事辿りついて見せるぞ!」
「違う」
俺が言いたかったのはだな。
言いかけて、赤いリボンが結ばれたままになっている両刃の剣を誇らしげに振り回すイルファを眺め、
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