『辻封じ』

segakiyui

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9.鬼

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「達夜?」
 しばらくして、克也がそっと声をかけてきた。
「『よくだま』って何なの?」
 俺は無言で首を振った。
 克也に言ったところでどうなるだろう。やることはもうわかっている。『闇舞妓』を仕切っているやつを見つけて、そこにいる『闇舞妓』を狩り倒し、『欲魂』を叩きつぶして『京』に帰る。
 姉貴は元より、祭事方がどう出るかは火を見るよりも明らかで、俺の処遇がどうなるかは克也に話したくもない。
 さすがに座敷牢はないにしても、修行三昧で外出厳禁、それこそ克也に会うなどは一生かなうまい。
(克也に?)
 ふいに、自分の落ち込みの根っこにあるものに気づいてがく然とした。『欲魂』と化した女達への哀れみや自分の無力さへの怒りを越えて、自分が何を望んでいたのかを心の底から思い知る。
 本当は。
 そうだ、本当は。
 首尾よく事を納めて、その見返りの褒美に年に一度でいいから、こちらの世界へ出掛ける許しをもらおうと思っていたのだ。
 無論、克也に会うわけにはいかないけれど、そっと見るぐらいはいいだろうし、そのうちに克也にこちらで恋人なりができればそれで、きっとちゃんとあきらめられる。
 そんなことを、考えていたのだ。
「俺は……どこまで最低なんや…」
 何のことない俺こそ『欲魂』に絞り抜かれた神女達夜の成れの果て、なのではないか。
 何だか自分の身の内が『欲魂』に侵されたような気がして、無意識に身体を抱いたのを、克也はどう取ったのか、静かに肩に手を置いて慰めてくれようとした。
 その手をそっと、避ける。
(俺には……そんなに優しゅう扱ってもらえる資格はあらへん)
 克也だって、俺が『闇舞妓』や『欲魂』を狩る姿を見れば、今抱いてる温かい気持ちなぞ、きっと一瞬にして吹き飛ぶ。
 (そうや…いっそ、そうやって)
 嫌われて、しまえ。
「『欲魂』は、男恋しさに我を忘れた女の魂の行き着く先や。たとえ『京』の女であっても、もう『京』に戻すわけにはいかへん。その果てのない欲で『京』を侵し腐らせるしな。『闇舞妓』と同じに切り捨てて『京』とこっちの狭間の次元に沈めるしかあらへん」
「…達夜が?」
 一瞬の沈黙の後、克也が低い声で返してきた。
「……それが俺の役目や……神女達夜が夜を名に負うてるのは、穢れを始末する役目やしな」
 ちら、と克也を見ると、相手はいつもはふんわりと微笑しているような瞳に鋭いものを浮かべている。
「どうやって?」
「…そやな…」
 既に『欲魂』にまでなっているのならぐずぐずしてはおられない。
「今夜にでも狩りに出るか」
 ことさらあっけらかんと突き放した風を装って笑って見せた。
「ついてこんでもええで。見て楽しいもんやあらへんし」
 鬼が魔を狩る修羅場があるだけだ。
「『針』を仕掛けてたぐらいや、あっちも俺の動きぐらい読んどるやろ。うろうろしてたら、向こうから出てくるやろうで?」
 唇をゆがめて笑ってやると、克也がなおさら真顔になった。
「『針』って……達夜が倒れたやつ?」
「今度は注意しとるし大丈夫や。……油断してたんや」
 その原因が隣にいるのをふいに確認して目を逸らせた。
(あかん……余計なこと、言うてしまいそうや)
 本当は、きわどい賭けだ。
 『針』は一度引っ掛かると次も狙われやすくなる。
 空中に浮かんでる機雷みたいなもので、一度でも引っ掛かった獲物を次に確認すると、術者の気持ち一つで攻撃してくる飛び道具に変ぼうする。
 一本二本なら、つまり操る相手が数人ならばかわせもするだろうが、五人以上に囲まれるとそうそうのんびり片づけられない。万が一は……逆に『針』に心の弱みをやられてしまうかもしれない。
 だが、俺がそんなことになったら、それこそ『京』にとっては鬼を野に放つようなもの、たぶん心が壊れる前に祭事方の介入があるだろう。
(闇に沈む重りとなって…)
 『闇舞妓』と『欲魂』を両手に抱え、次元の狭間に埋められる。どこまで墜ちても果てがない、やがては両手から狩った魂が形をなくして溶け崩れ、自分の魂も闇にこごってしまう拘束、その無限地獄を耐え抜いて戻ってきた『京』の護り手は、今のところ聞いたことがない。
「……達夜は頼子を狩る、んだね?」
 降りた沈黙にぽつりと克也が言い放って、俺はぎょっとした。克也の顔が見られなくて、視線を前の畳の目に落とす。
「頼子は『闇舞妓』になってるだけじゃなくて……今はもう『欲魂』っていうのを操って……達夜に『針』を仕掛けた、んだね?」
 思わず舌打ちしてしまった。その部分は巧みにそらせてごまかしたつもりだったのに、さすがは克也だ、俺のことばの裏の意味をしっかり読み取っていたらしい。
「……すまん……」
 俺は両手のこぶしをひざに押しつけて、震えそうになる体を必死に押さえつけた。
(嫌われるんや、て覚悟したはずや)
 俺は『京』の護り手として『闇舞妓』を狩る。『欲魂』を始末する。
 それは他でもない、さらわれて巻き込まれた頼子も『闇舞妓』の一人として片づけなくてはならないことも意味している。
(『欲魂』さえあらへんかったら)
 せめて、『闇舞妓』しか動いていなかったら、頼子を捕らえて祭事方のあれこれで記憶を奪い、意識をごまかし、こちらの世界に戻せもした。けれど『欲魂』を操っているということは、『闇舞妓』として、自分の願いのうちに人を引き付け『京』へ連れ去り貪ることに納得しているということだ。
 そうまで変わった『闇舞妓』はもう人には戻せない。
 ただ引っ掛かるのは、頼子という女はもともと気性が男のはずで、ならばなぜ『闇舞妓』達とつるむことに納得できたのかということだ。
 誰か恋しい相手でもいたのだろうか。気性が男ならば、相手は女……外見上は頼子も女で、双方女同士だからこちらでは通じにくい思いだろう。
 それで実らぬ恋に身を捧げる女達の気持ちに同化できたということなんだろうか。
「達夜……知ってた? 最初から?」
 克也がゆらゆらするような声でつぶやいて、俺は唇を噛んだ。
「……」
「頼子を戻せないこと、知ってたの?」
 違う、と言いたかった。
(そやけど)
 今となっては同じことだ。『闇舞妓』のことも、『辻封じ』のことも、いや『京』の成り立つ不安定さもよくよくわかってのことだったのに、そこまで予測して手を打てなかったのは俺の責任、克也に甘えて我を失った、俺の責任、それに尽きる。
「……そや」
(嫌われるんや)
 嫌われてしまえば、闇に沈むのも怖くない。一人で消えるのもつらくない。
 しょせんは、はなから実ることのない気持ちだった、異界の相手に気持ちを捧げてしまった愚かさゆえ。
 ふいと『闇舞妓』の、そして『闇舞妓』にすがるしかない女達の気持ちが胸に染みとおってきた。
 恋しい相手は闇の彼方、もう一生涯会えずに自分はここで一人で朽ち果てる。異界に渡れば暮らせるかもと思っては見ても、それはそれで祭事方の介入があり、狩人がやってくれば安住の地などない。
 ならば、帰るしかない、戻るしかない、あの『京』へ。
 わかる。
 今なら墜ちるところまで墜ちてやる、その気持ちも痛いほどわかる。
 けれど、それでも、そうやって異界と『京』の境をたびたび崩してしまうなら、崩壊するのは『京』だけではなくて、その恋しい相手の住む異界もろともなのだ。
(こんなことなら……)
 体に無理してでも抱いてもらっとくんだったなあ、とふいに胸が詰まった。
(あかん、俺…)
 やっぱり寂しい、やっぱりつらい。克也に嫌われると思っただけで、これほど体が竦んでしまう。視界があっけなく潤んできて、俺は無言で立ち上がった。
「達夜」
 呼びかけてくる克也を背中に言い捨てる。
「足手まといや、来るな」
「達夜!」
「……そやから……」
(これが最後)
 目一杯不愉快そうな顔を作って振り返る。
(こいつ……きれいな、やつやなあ)
 光の中できらきらした瞳をこちらに向けて見上げている克也を見下ろした。最後の時に思い出せるように、何度でも味わえるように、食い入るように見ほれてから、冷たく言った。
「異界ぽんちに関わるとろくなことない。もう、俺に手間かけさせんなよ」
 座敷にいる浜野さんに少し頭を下げて、俺は克也に背を向け、玄関へ向かって歩きだした。
  背後で少し言い合う声が響いて、すぐに足音が追ってきた。腕をつかまれ振り向かされかけたのを粘ったつもりだったが、一週間眠っていて、しかも飲まず食わずというのは足にくる。情けなくふらついて他愛なく克也に引き寄せられてしまう。
「達夜」
「ほうっといてくれ」
 きれいに立ち去ることもできない自分が悔しくて顔を背ける。耳元に克也が顔を寄せて来る。体が熱くなる。
「お腹、空かない? 浜野さん、お握り作ってくれてるよ?」
 予想外のことばをささやかれて、一瞬ぽかんとした。と同時に、正直なもので腹が大きな音で鳴り、俺は顔に血が昇った。
「よかった、浜野さんのお握りおいしいんだ。一緒に食べよう」
 克也は硬直した俺の腕をいそいそと引っ張った。
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