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第3話 花咲姫と奔流王
26.星宮(2)
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ガラッ!
突然足元が頼りなくなって、とっさに背後から強く抱きしめられて無事だった。爪先少しで突然通路が崩れ落ちており、先を急ぐように体を伸ばしていたガーダスがあっという間もなく通路から下に投げ出される。
瞬間、シャルンの視界に巨大な光の宮が立ち塞がった。思わず手を伸ばした指に呼応するように真正面、上下分からぬほどの巨大な岩に浮かび上がる、点々としてほの白い光の集合体。見開いた目をなおも開いたのは、その光の集合体の中に、確かに、確かに、見覚えのある赤いショールが舞い落ちていくのが見えた。
「あ、れは…」
呟いたが声になっていたのかどうか。
突然の理解が胸に広がる。
かつて母もまた、死にゆくガーダスを看て取った。入り組んだ通路を歩み彷徨い疲れ果てた時に現れて、辿る場所もわからなかった母は、そのガーダスに導き導かれてここまで来た。同じように通路の端から投げ出されそうになって、落ちたのか、落ちていないのか。
けれど視界を覆ったのは確かにこの光の宮殿のはず、不思議な確信に導かれて呆然と手を伸ばし、ただただ見惚れて、光に飲み込まれていくショールを見送った。
ショールの落ちていく先を目で追って、先ほどのガーダスが薄黒くなり体を縮めながら落下するのを見つける。真下には明るく輝く繭の塊が敷き詰められており、いつか見つけた台地のように闇にほかりと輝きを灯している、と。
「あ、あ…っっ」
老ガーダスがなおも縮んだと見えた瞬間、ガーダスの体から飛び出した巨大な掌、いや薄紅の花びらのように広がった網が輝きながらガーダスにまとわりついた。数える間もなく一気にガーダスの体を包み込み、幾重にも巻きつき、見る見る鮮やかな紅の繭に変わって行く。そして再び、紅の繭を花芯にしたように、より巨大な、薄紅の幾重にも重なる光の花弁が、前方の空間を一気に満たした。
「『花…咲』……」
他に何が当たるだろう。
命の終焉を彩り、死を覆い隠すのではなく、その死を土壌として鮮やかに芽吹く荘厳な光の花。
この力を『花咲』と呼ばずに、何と呼ぶのだろう。
おそらくはガーダスの繭にこの力の残滓が残り、繭は長い年月をかけて鉱石となり、その内側に『花咲』を秘めてさまざまな力を発するのだろう。
ならば『龍』とは一体。
「う…ぐっ」
ふいに耳元で苦しげな呻きが聞こえてぞっとした。寝屋で吐かれる切なげな甘い吐息ではなく、明らかに苦痛を堪える傷みに満ちた響き、体を強張らせると同時に首筋にとろりと生温かな雫が垂れてきて、全身に寒気が走る。
「陛下…っ?!」
「どうされましたかっ」
ガストの焦った叫びが背後から聞こえ、急いで駆け寄ってくる足音が響く。
「陛下が、陛下が…っ!」
抱きしめる力は緩んでいない、けれど背後の体は荒い呼吸に弾んでおり、次第に熱を上げてくる。シャルンの左肩に伏せられた顔から小さな呟きが零れた。
「…りゃ…む…りゅ…」
「…え…っ?」
その名はシャルンしかはっきり発音できない、かの龍の名前だ。抱えてくれていた腕を支えようと抱き返し、肩越しに振り返りつつレダンの髪に頬を寄せていたシャルンは、弾かれるように正面の岩を振り向いた。
光を放つ巨大な岩。これがミディルン鉱石であるのは明らかだ。ミディルン鉱石は巨大なものに『かげ』が宿る、ならばこの光の宮殿が宿す『かげ』は。
「ムリャムリュン…っ」
今度ははっきり、けれど苦しげに吐き捨てた瞬間に、レダンの力が抜け崩れ落ちる。
「レダン!」
辿り着いたガストが必死に支え、ルッカも手を貸し、サリストアとミラルシアが戦闘体制を整え前に立とうとしたその時。
「おお…」
バルディオスが唸った。シャルンも見た。
光の宮殿から意思を持った紅の炎がまとまり抜け出すように、ゆっくりと大きな顎が、高く上げた首が、鋭く尖った幾つもの角が、明滅する鱗が、闇を引きずり寄せるような翼が、空間そのものを踏み蹴る脚が、そうして目の前のシャルン達を一薙にしそうな長々しい尾が形になる。
水龍がどれほど簡単に姫を食い千切ったかを思い出し、シャルンは体が震え出すのを感じた。それよりも遥かに大きく、遥かに猛々しそうで、炎が悪意を持って顕現すればこのような有様か。
シシュラグーンはシャルンの親しさを奪い、ジュキアサルトはミラルシアの剣の未来を砕いたが、幼い頃シャルンを見覚えたムリャムリュンがなぜレダンに狙いを定めたのか、レダンから何を奪ったのか、わからない。
「でも……私を殺さずに陛下に辿り着けはしませんわ」
シャルンは強く唇を噛んだ。
「私は、陛下の盾ですもの」
「……そこは、」
「っ」
ふ、と首筋に優しい吐息が当たってぎょっとした。
「そろそろ私に任せて欲しいもの…だが」
突然足元が頼りなくなって、とっさに背後から強く抱きしめられて無事だった。爪先少しで突然通路が崩れ落ちており、先を急ぐように体を伸ばしていたガーダスがあっという間もなく通路から下に投げ出される。
瞬間、シャルンの視界に巨大な光の宮が立ち塞がった。思わず手を伸ばした指に呼応するように真正面、上下分からぬほどの巨大な岩に浮かび上がる、点々としてほの白い光の集合体。見開いた目をなおも開いたのは、その光の集合体の中に、確かに、確かに、見覚えのある赤いショールが舞い落ちていくのが見えた。
「あ、れは…」
呟いたが声になっていたのかどうか。
突然の理解が胸に広がる。
かつて母もまた、死にゆくガーダスを看て取った。入り組んだ通路を歩み彷徨い疲れ果てた時に現れて、辿る場所もわからなかった母は、そのガーダスに導き導かれてここまで来た。同じように通路の端から投げ出されそうになって、落ちたのか、落ちていないのか。
けれど視界を覆ったのは確かにこの光の宮殿のはず、不思議な確信に導かれて呆然と手を伸ばし、ただただ見惚れて、光に飲み込まれていくショールを見送った。
ショールの落ちていく先を目で追って、先ほどのガーダスが薄黒くなり体を縮めながら落下するのを見つける。真下には明るく輝く繭の塊が敷き詰められており、いつか見つけた台地のように闇にほかりと輝きを灯している、と。
「あ、あ…っっ」
老ガーダスがなおも縮んだと見えた瞬間、ガーダスの体から飛び出した巨大な掌、いや薄紅の花びらのように広がった網が輝きながらガーダスにまとわりついた。数える間もなく一気にガーダスの体を包み込み、幾重にも巻きつき、見る見る鮮やかな紅の繭に変わって行く。そして再び、紅の繭を花芯にしたように、より巨大な、薄紅の幾重にも重なる光の花弁が、前方の空間を一気に満たした。
「『花…咲』……」
他に何が当たるだろう。
命の終焉を彩り、死を覆い隠すのではなく、その死を土壌として鮮やかに芽吹く荘厳な光の花。
この力を『花咲』と呼ばずに、何と呼ぶのだろう。
おそらくはガーダスの繭にこの力の残滓が残り、繭は長い年月をかけて鉱石となり、その内側に『花咲』を秘めてさまざまな力を発するのだろう。
ならば『龍』とは一体。
「う…ぐっ」
ふいに耳元で苦しげな呻きが聞こえてぞっとした。寝屋で吐かれる切なげな甘い吐息ではなく、明らかに苦痛を堪える傷みに満ちた響き、体を強張らせると同時に首筋にとろりと生温かな雫が垂れてきて、全身に寒気が走る。
「陛下…っ?!」
「どうされましたかっ」
ガストの焦った叫びが背後から聞こえ、急いで駆け寄ってくる足音が響く。
「陛下が、陛下が…っ!」
抱きしめる力は緩んでいない、けれど背後の体は荒い呼吸に弾んでおり、次第に熱を上げてくる。シャルンの左肩に伏せられた顔から小さな呟きが零れた。
「…りゃ…む…りゅ…」
「…え…っ?」
その名はシャルンしかはっきり発音できない、かの龍の名前だ。抱えてくれていた腕を支えようと抱き返し、肩越しに振り返りつつレダンの髪に頬を寄せていたシャルンは、弾かれるように正面の岩を振り向いた。
光を放つ巨大な岩。これがミディルン鉱石であるのは明らかだ。ミディルン鉱石は巨大なものに『かげ』が宿る、ならばこの光の宮殿が宿す『かげ』は。
「ムリャムリュン…っ」
今度ははっきり、けれど苦しげに吐き捨てた瞬間に、レダンの力が抜け崩れ落ちる。
「レダン!」
辿り着いたガストが必死に支え、ルッカも手を貸し、サリストアとミラルシアが戦闘体制を整え前に立とうとしたその時。
「おお…」
バルディオスが唸った。シャルンも見た。
光の宮殿から意思を持った紅の炎がまとまり抜け出すように、ゆっくりと大きな顎が、高く上げた首が、鋭く尖った幾つもの角が、明滅する鱗が、闇を引きずり寄せるような翼が、空間そのものを踏み蹴る脚が、そうして目の前のシャルン達を一薙にしそうな長々しい尾が形になる。
水龍がどれほど簡単に姫を食い千切ったかを思い出し、シャルンは体が震え出すのを感じた。それよりも遥かに大きく、遥かに猛々しそうで、炎が悪意を持って顕現すればこのような有様か。
シシュラグーンはシャルンの親しさを奪い、ジュキアサルトはミラルシアの剣の未来を砕いたが、幼い頃シャルンを見覚えたムリャムリュンがなぜレダンに狙いを定めたのか、レダンから何を奪ったのか、わからない。
「でも……私を殺さずに陛下に辿り着けはしませんわ」
シャルンは強く唇を噛んだ。
「私は、陛下の盾ですもの」
「……そこは、」
「っ」
ふ、と首筋に優しい吐息が当たってぎょっとした。
「そろそろ私に任せて欲しいもの…だが」
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