『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

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第3話 花咲姫と奔流王

22.書庫(2)

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 一体何を話されているのかしら。
 シャルンは背後で妙に親しげにことばを交わす父親とレダンを、そっと見遣る。
 あれほど父が顔を赤らめて話す姿は見たことがないし、レダンのやれやれと言いたげな、まるで子どもに向けるような表情も珍しい。相容れぬ動物同士のような関係だと思っていたのだが、痩せて小さくなった父親は、玉座でシャルンに細々と言い聞かせていた頃より人懐こくレダンに応じているようだし、レダンは逆にどっしりと落ち着いて、体つきは変わらないのに、いささか絡むような父親の様子を丁寧に聞き取ってやっているようだ。
 ふと、未来の光景が垣間見えた気がした。
 穏やかなカースウェルの日差しの中、緑豊かな樹木の下で、レダンが笑いながら子どもをあやしている。足元にも1人、いや2人、小さな姿が纏わりついているようだ。とうさま、とうさま、と幼い声が響く。レダンは抱えた子どもを差し上げ、枝に実る鮮やかな実に触れさせようとしている。小さな指が伸ばされる、光に煌めいて。とうさま、僕も。私も抱き上げて。後でな、順番だよ。
 きらきら、きらきら。
 眩くて、吐息が溢れる。
「っ」
 突然かちりと指先で仕掛けが鳴って、シャルンははっとして棚の奥に隠された扉の、小さな書棚を引き開けた。
 この書棚を知っているのはシャルンと母親だけだ。そもそも作ったのは母エリクで、ずっと昔いたずらっぽい笑みを零しながら、シャルンに所在と開け方を教えてくれた。その時にはシャルンにはまだ届かぬ高さで、それでも母が見せてくれた不思議な指使いは印象的で、一度でしっかり覚えたものだ。
 何が入っているの、と尋ねると、秘密が、と囁いてくれた。
『ここは秘密を入れる棚。だからシャルンが抱えておけなくなった秘密も、入れてしまってもいいのよ』
「………」
 忘れていた母の声が耳の奥から蘇って、視界を潤ませる。
 初めてこの棚に手が届き、中に入れるようになったのは12歳頃だった。既に中には母のものらしい古びた書物が数冊入っており、下手に触れると二度と母に会えないような気がして、結局中身を確かめたことはない。
 手を差し入れて取り出したのは、深い茶色の革表紙の日記と、その下に入っていた母のものと思われる数冊の書物。二度と触れぬ人の指先を思いながら、そっと手に取ってみると。
「…あら…」
 書物の下には一通の封筒が置かれていた。
「何かしら」
 今の今まで気づかなかった。薄くて封蝋もされていなかったから、書物に押さえつけられて、何かあるとも思えなかったのだ。そっと取り上げて書庫に灯された薄暗い明かりで宛名を確認し、シャルンは息を呑む。
『シャルンへ』
「私宛…」
 思わず背後を振り返る。いや、父親が知っていたはずがない。この書棚の在処さえ気づかなかったのだから。
 胸を轟かせながら裏向けると、予想に違わず、そこには母の正式な署名が入っていた。
 シャルンは思わず書物の間に挟み込むように日記と一緒に胸に抱き、書棚を閉めてからレダン達の方を振り向いた。
「シャルン」
 近くの棚を確認していたサリストアが気づく。
「どうかしたのかい。顔色が悪い」
「姫様、お疲れになったのではないですか、ここは空気が悪うございますし」
 ルッカが慌てた様子で近寄ってくる。
「…少し休まれた方がいいかも知れませんね」
 ガストも眉を寄せて頷いた。
「1度は見ているのでわかります。エリク様署名の書物は全て選び出して運び出しましょう。お部屋にまとめて、明るいところでゆっくり確認されては如何ですか」
「はい、そうします」
 シャルンは頷いた。胸に抱いた母からの書簡に何が書いてあるのか、一刻も早く読みたい気持ちと知らなくていいことを知ってしまうかも知れない不安が、胸に渦巻いて息苦しい。
「シャルン」
 レダンが急ぎ足に近づいてきた。
「見つけたのか?」
「はい、幾つか」
 側に付き従う父親に微笑んで見せる。
「部屋に戻ってもよろしゅうございますか」
「…では、私は残った書物の整理をしよう」
 父親は退位後時々見せる諦めたような顔で笑みを返した。
「お願いできますかな」
 レダンを見上げる。
「では後ほど」
 レダンが慇懃に礼を返す。微かに頷いて、父親はシャルンに背を向け、書庫に戻って行く。
「シャルン?」
 呼びかけられてシャルンは顔を上げた。
「俺のことを忘れてる?」
「まあ……陛下」
 少し拗ねた表情のレダンに思わず微笑む。
「寂しそうな顔をして見送るからね、さっさと部屋に戻りたいんだ」
 ちっ、とガストが聞こえよがしに舌打ちをした。
「甘えん坊ですか」
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