『指令T.A.K.I.』〜『猫たちの時間』12〜

segakiyui

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7.指令書 I (Information)(1)

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「う…」
 梅崎邸の玄関の扉を開けたのは、阿王の方だった。入って来る周一郎には丁寧に頭を下げ、続いた俺に同じように頭を下げようとして絶句する。同じことは、通された応接間に待っていた梅崎、草木にも起こった。
「これはこれは、突然のお越し…」
 如才なく挨拶を仕掛けた梅崎が、周一郎の後から部屋に入りソファに腰を降ろした俺にことばを途切らせる。まん丸っちい小さな眼が、少なくとも倍には見開かれ、やがて、おどおどと周一郎と俺を見比べる。草木の方は満面に汗をかき、しきりに乾いた唇を舐めていた。所詮、周一郎と格が違うのは一目瞭然、当の周一郎はといえば、話を切り出すのはそちらだろうと言わんばかりに、ゆったりとソファに凭れ、やや目を伏せている。
「あ…こ…この方は……?」
 止せばいいのに、草木が阿呆な質問をした。
「ご存知だと思っていました」
 周一郎も人が悪い。意外そうに体を起こし、にっこりと業務用の笑みを返す。
「彼の『恋人』も、ね?」
「周一郎!」
 ったく! んなとこまできて、ふざけるなっつーに!
「な、何のことですかな」
 梅崎も伊達にコンツェルンの社長を務めているわけではないようだ。まずは白を切ってみることにしたらしい。
「純粋に…仕事の話です」
 周一郎は淡々と応じた。どきりとしたように目を開く梅崎に、
「猫が鰹節をどうするのか、気になさっていたようですが」
 こいつ。
 俺は思わず横目で周一郎を見た。猫と鰹節の話を知っているってことは、かなり前から知ってるんじゃないか。きっと、セイヤに迫られてオタついている俺を、楽しんで眺めてやがったに違いない。
「な…何のこと……っごほっ」
 梅崎のとぼけはあまりにも白々しかった。吃った上に途中でことばを詰まらせて咳き込む。代わって草木が口を出した。
「猫と鰹節の話なぞ、知りませんな。それより、なぜ真口運輸を潰したのかお聞かせ願いたい」
 必死なのは目の色でわかる。
「ああ…」
 周一郎は今初めて気づいたように、少し眉を上げて見せた。
「あれは、あなたのところの系統でしたか」
 こっちもかなり白々しい。
「聞けば、ドイツの警察権力に働きかけたとか」
「勝手な憶測は困ります」
 草木の指摘に、周一郎は上品に肩を竦めた。
「ドイツにも知人が多い。真口運輸が何を運んでいるのか、厳重にチェックしてはと提案しただけのことです」
「む…」
 草木が低く呻いた。とすると、ようやくドイツに食い込んだという真口運輸は、何か真っ当でないものを運ぶことで伸びていたらしい。
「で、では、坂口物産と四ッ矢商事は」
「坂口物産の方々は、あなたのコンツェルン下にいることに納得しかねておられたようですが……四矢商事は、社長から直接合併の話を打診されたもので応じただけです」
 周一郎は梅崎の追い迫るようなことばにも動じなかった。軽く指先を組み、伏せていた目を上げ、ぴたりと梅崎に据える。何の表情もなかった顔に、滲むように微笑が広がった。両端を吊り上げた唇が、穏やかにことばを返す。
「内側の事情をお話しする必要もないと思いますが、礼を尽くしてのことですよ。それが何か?」
「くっ…」
 梅崎の瞳が殺気を帯びる。
 まあ…そりゃ……殺意も抱くだろう。梅崎は50前後、草木は60前後、2人が築いてきたコンツェルンは人生そのものだっただろうし、事もあろうに20歳を出るか出ないかの子どもに、こうも見事にしてやられては殺してくれようと思いつめるのも、無理はないかも知れない。
「お止めなさい」
 梅崎が背後にいる阿王に何かの合図をしようとしたのを、周一郎はとっくに察していた。
「僕が……朝倉周一郎ともあろう人間が、何の手配もせずに乗り込んでくると思うんですか? 滝さんがどのような扱いを受けたかについての話などは、各方面の方々にはかなり興味深いことでしょうね」
「ぐ…」
 周一郎の脅しに、梅崎は唇を噛んだ。目の前の少年の背後に、朝倉家と言う巨大な影を読み取ったのだろう、しばらく体を震わせていたが、やがてがっくりと肩を落とした。
「ど、どうしてなんだ」
 草木がこれまでと観念したのか、悲痛な本音を絞り出す。
「どうして今、我々に狙いをつけたんだ。何も我々でなくても……何も今でなくても……」
「行動に出たのはそちらでしょう」
 ふいに周一郎の声が冷えた。今までのように、それなりに相手に応じている声音じゃない。ブリザードも、その声に比べればカイロぐらいには思えようという凍てついた声だ。思わずぎょっとして周一郎を振り向く。梅崎と草木も同じ気持ちだったのだろう、体を強張らせて周一郎を見つめる。
 3人の視線が集中するのに、一瞬周一郎は我に返ったようだったが、怒りを抑えかねると言いたげにことばを重ねた。
「確かに、あなた方のコンツェルンを視野に入れていたのは事実です。だが、それほど急ぐつもりはありませんでした、あなた方が滝さんに手を出さなければ。……それだけです」
「あ、あんたにとって、その男は何なんだ!」
 草木の問いに、周一郎はためらった。ちらりと俺を見やり、照れたようにすぐ視線をそらせ、冷たく答える。
「どうとでも好きなように。…セイヤ君を頂きましょうか。彼は『滝さんの気に入り』なので」
 立ち上がる周一郎を引き留める術は梅崎達にはなかったし、あったとしても、それを試みようとする根性はなかっただろう。
「阿王……聖耶を」
「は」
 梅崎が疲れた声音で命じ、あとはソファに埋まり込んで、2度と立ち上がろうとはしなかった。
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