16 / 16
8.報告書 Ⅳ
しおりを挟む
セイヤの姿が病院から消えたのは、それから2日後のことだった。
「そこでしか生きられない人間もいるんです」
周一郎の言った『そこ』が、俺にも何となくわかる気がした。セイヤは……あの、したたかさと儚さを合わせ持つ少年には、夜の闇こそくつろげる場所なのかも知れない。
俺に残して言ったのは1枚のカード、そこには『もう2度と会わない』とだけ書かれていた。
晴れた日曜日、周一郎の部屋でとぐろを巻きながら、相も変わらず書類を繰り続ける周一郎に尋ねる。
「だけどさ」
「はい?」
「結局、指令T.A.K.I.って何だったんだ?」
「ああ」
くっ、と周一郎は大人びた苦笑を漏らした。
「『Taking Aggravation in Killing Infomation』」
「テイキング……なに?」
「『致命的な情報の中に魅力的な挑発がある』……大悟の残したことばの一つで、こちらにとって不利な情報であればあるほど、うまく使えば一発逆転のチャンスになる、と言う意味です。大悟は情報というのは駒だと考えていました。それ自体に価値はない、それをどう使うかで価値を生む、と」
周一郎は書類をひとまとめにして封筒に入れ、次の書類に取り掛かる。
「…今回のことで、あなたが捕まっているという情報は、僕にとって不利なものでしたが、動き方さえ詰めれば、梅崎達の動きを封じる決め手になりました。梅崎コンツェルンは狙いには入っていましたから、いい取引になりました」
「なるほどな」
もっともそれは、情報を扱ったのが周一郎だったということが大きな分岐点だったのだろう。
ただ、俺の危機を、一番いい効果を上げる瞬間まで眺めていたあたりは頂けない。
「…じゃあ、俺も情報の使い方とやらを試してみよう」
「?」
きょとんとする周一郎に、棚に並ぶボトルを指差して見せる。
「例えば、あの中身な」
「……はい?」
警戒心を満たして周一郎が眉を寄せる。
「半分以下に減っている理由を知っていたりするんだが」
ぎくりと周一郎が体を強張らせる。
「まさか…滝さん、あの時の」
すぐに思い当たったあたり、さすが周一郎。平然とした表情を保つはずだったのだろうだが、見る見る顔が薄赤く染まっていく。周一郎が寝入った後、俺はそっとソファに寝かせ、毛布をかけて足音を忍ばせて部屋を出ている。いつもの通り、高野が面倒を見てくれたのだろうと思っていただろうし、朝起きた周一郎は俺がいたことには気づかなかっただろう。
「で、誰かに肩を貸してやった覚えがあるんだが」
どんどん赤くなりながら微妙に震える周一郎に、ニンマリと笑いかけてやる。
「こういう情報は誰に売ればいいのかなー?」
「滝さんっ!!」
「ははははっ」
ついに真っ赤になった周一郎が、両手で机を叩いて喚く。ノックと重なるように入ってきた高野が、盆の上のコーヒーセットを危うく落としかけ、立ち竦む。
そうして俺は、久しぶりの勝利に酔って、大笑いをし続けていた。
終わり
「そこでしか生きられない人間もいるんです」
周一郎の言った『そこ』が、俺にも何となくわかる気がした。セイヤは……あの、したたかさと儚さを合わせ持つ少年には、夜の闇こそくつろげる場所なのかも知れない。
俺に残して言ったのは1枚のカード、そこには『もう2度と会わない』とだけ書かれていた。
晴れた日曜日、周一郎の部屋でとぐろを巻きながら、相も変わらず書類を繰り続ける周一郎に尋ねる。
「だけどさ」
「はい?」
「結局、指令T.A.K.I.って何だったんだ?」
「ああ」
くっ、と周一郎は大人びた苦笑を漏らした。
「『Taking Aggravation in Killing Infomation』」
「テイキング……なに?」
「『致命的な情報の中に魅力的な挑発がある』……大悟の残したことばの一つで、こちらにとって不利な情報であればあるほど、うまく使えば一発逆転のチャンスになる、と言う意味です。大悟は情報というのは駒だと考えていました。それ自体に価値はない、それをどう使うかで価値を生む、と」
周一郎は書類をひとまとめにして封筒に入れ、次の書類に取り掛かる。
「…今回のことで、あなたが捕まっているという情報は、僕にとって不利なものでしたが、動き方さえ詰めれば、梅崎達の動きを封じる決め手になりました。梅崎コンツェルンは狙いには入っていましたから、いい取引になりました」
「なるほどな」
もっともそれは、情報を扱ったのが周一郎だったということが大きな分岐点だったのだろう。
ただ、俺の危機を、一番いい効果を上げる瞬間まで眺めていたあたりは頂けない。
「…じゃあ、俺も情報の使い方とやらを試してみよう」
「?」
きょとんとする周一郎に、棚に並ぶボトルを指差して見せる。
「例えば、あの中身な」
「……はい?」
警戒心を満たして周一郎が眉を寄せる。
「半分以下に減っている理由を知っていたりするんだが」
ぎくりと周一郎が体を強張らせる。
「まさか…滝さん、あの時の」
すぐに思い当たったあたり、さすが周一郎。平然とした表情を保つはずだったのだろうだが、見る見る顔が薄赤く染まっていく。周一郎が寝入った後、俺はそっとソファに寝かせ、毛布をかけて足音を忍ばせて部屋を出ている。いつもの通り、高野が面倒を見てくれたのだろうと思っていただろうし、朝起きた周一郎は俺がいたことには気づかなかっただろう。
「で、誰かに肩を貸してやった覚えがあるんだが」
どんどん赤くなりながら微妙に震える周一郎に、ニンマリと笑いかけてやる。
「こういう情報は誰に売ればいいのかなー?」
「滝さんっ!!」
「ははははっ」
ついに真っ赤になった周一郎が、両手で机を叩いて喚く。ノックと重なるように入ってきた高野が、盆の上のコーヒーセットを危うく落としかけ、立ち竦む。
そうして俺は、久しぶりの勝利に酔って、大笑いをし続けていた。
終わり
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
傷痕~想い出に変わるまで~
櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。
私たちは確かに愛し合っていたはずなのに
いつの頃からか
視線の先にあるものが違い始めた。
だからさよなら。
私の愛した人。
今もまだ私は
あなたと過ごした幸せだった日々と
あなたを傷付け裏切られた日の
悲しみの狭間でさまよっている。
篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。
勝山 光との
5年間の結婚生活に終止符を打って5年。
同じくバツイチ独身の同期
門倉 凌平 32歳。
3年間の結婚生活に終止符を打って3年。
なぜ離婚したのか。
あの時どうすれば離婚を回避できたのか。
『禊』と称して
後悔と反省を繰り返す二人に
本当の幸せは訪れるのか?
~その傷痕が癒える頃には
すべてが想い出に変わっているだろう~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる