『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

2.ドスを呑む「見えてるよ、皮膚の下に」(3)

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「…」
 屋上で悲鳴が上がった気がして、陸斗は出てきたビルディングを振り仰いだ。
 『竜夢』に新メンバーが必要、それは分かっている。
 礼新が書いた『ドラゴン・イン・ナ・シティ』はハードな近未来ミステリーものだ。『竜夢』が掛けるには人も物資も足りないし、とても演じきれない。寺戸が『竜は街に居る』という作品としてシリーズ化し、舞台+ネット配信しようというのは間違っていないと思う。
 主役が舜だと言うのも間違っていない。と言うか、むしろ主役は舜しかあり得ない。『竜夢』だけではなくて、どこの劇団、どこの舞台に立っても光を放つスター性は、時に煙たがられもしているが、入り込んでしまえば、そのキャラクターとして生きる舜の芝居は、見る者の心を鷲掴みにする。
 今回気になるのは、その舜が演じるのが殺人機械のような男娼キャラクターで、それに絡み心を奪っていく役割を演じきれる役者が『竜夢』には居ないと判断されたからだ。
「…ふ…」
 盆を抱えたまま、未練がましく上を見上げる。コーヒーは運び終えたけれど、カフェに戻る気にならない。
 本当は陸斗が相手役をやりたかった。
 舜に一目惚れしたのは陸斗だけではないだろうが、同じ劇団で役柄なら男同士で絡んでも違和感がないのをいいことに、ずっと片思いを続けてきた。けれど舜はノンケだし、陸斗は27で舜は23となれば、難しい以前に不可能としか思えない。体で落とすなんてこともできない根性なしだし、第一、友人だと思っていた男友達に抱いてほしいなんて迫られたら、これまで築いた友好関係も全て終わるだろう。
 それぐらいなら、友達で。
「我慢…できるかな…」
 『竜は街に居る』はきわどい場面も多い。
 本読みから始まって、舜に切ない声で喘がれたり呻かれたり、立ち稽古であんなことやこんなことをされたりしている舜を見て、まずいことになってしまわないか。
 『竜夢』にも昔はもう少し団員が居て、それこそ男女比率も男3:女2ぐらいだったのだけど、稽古を続けている間に出来上がってしまったカップルが数組居て、そこから始まった浮気だの本気だののごたごたで、その年の公演はひどいものだった。収入もがた落ちで、危うく同じような小劇団の『人心売買』に舜を引き抜かれかけたと言う噂もあって、そう言うやりとりは厳禁になってしまったけれど。
 弱かった日差しが雲が途切れたのか、ふいに強く煌めいて、眩さに目を細め、背けかけた矢先。
「…えっ」
 日差しを遮って舞った黒い影に息を呑む。
「うわっ」
 悲鳴が上がる。がしゃがしゃっと激しく金網が鳴る音、屋上の端から突き出ていた足がじたばたと暴れて、小さな点が空中に飛ぶ。
「…ひっ」
 落ちる。
 てか、落ちた!
 思わず盆を強く抱え、目を閉じると、ばつんと音を立てて玄関上のバルコニー柵に当たった上空からの落下物が、跳ね上がって道路に叩きつけられた。だが、そのまま絶叫も上がらなければ、呻き声も聞こえない。
「………」
 恐る恐る目を開く。
「……靴……?」
 道路の上に転がっているひしゃげた革靴にぞっとした。慌てて振り仰いだ屋上外にはまだ黒い塊が突き出している。
「…これ……舜の……っっっ」
 靴を拾い上げて、陸斗は歯を食いしばった。盆と靴を手に、もう一度玄関に飛び込む。エレベーターは上がったままだ。盆を放り捨て、叩きつけるように呼び出す。
 実は、屋上の金網の外には結構な広さがある。金網の中からはわかりにくいが、普通に足を垂らして座っているように見えても、もう一回り外に、一段下がった庇のようなものがつけられている。雨が直接壁に伝わらないようにしてあるのだが、そこで足を踏ん張れば、まず落ちることはない。
 けれど今落ちてきたのは靴だ。それは舜が何かの原因で、安全な庇から足を滑らせたことを意味する。
「そんな……どうして……っ」
 考えられるのは、さっき上がっていった二人の男のうち、どちらかが何かおかしなことをやったと言うことだ。
 ようやく降りてきたエレベーターに駆け込み、8階を押し、立て続けに『閉』を連打した。
 体の中に冷えた牙が突き立っている。
「舜に何かあったら」
 それほど強くはないけれど、せめてこの靴でぶん殴ってやる。
 陸斗は唇を噛み締めた。
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