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第1章 『竜は街に居る』
2.ドスを呑む「見えてるよ、皮膚の下に」(4)
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こう言うのはオーディションって言わないんじゃない?
一応、そう反対はして見たのだが。
「ふう…」
ぴん、と鼻先を弾かれて離庵に嗤われた、そんなことは重々承知、と。
ただでさえ難しい芝居なのに、それができる役者を探してこようって言うんだ、通常の方法じゃ見つからない。
寺戸にもあしらわれた。
けどなあ、と舜は屋上の外で遮るもののない空と街を見ながら考える。
こんなやり方、駅前で声をかけた女の子達は対応できないだろうし、まともな役者ならば演技力も何も確認されずに、ぶっつけ本番の対応を見て採用不採用を決めるなんて言われても納得しないだろう。
『竜夢』が行き詰まっているのはわかっている。
掛ける芝居は年々レベルを上げていると思うし、宣伝もネットでの広報も頑張っていると思う。けれど団員は減っていき、観客の数も減っている。団員が減ると演れる芝居も限られてくる、観客が減ると、ただでさえ団員努力で保っている資金はあっという間に底を突く。みんながみんな、舜のように芝居さえ演っていららればいいと言うわけでもなく、美味しいご飯が食べたかったり、彼女と旅行に行きたかったり、結婚したかったりすると、芝居は二の次三の次になるのは理解できる。
このままでは遠からず『竜夢』はなくなる。
溜め息が出る。
監督の寺戸の要求に応えるのは楽しい。離庵の衣装は見知らぬ自分を見つけてくれるみたいで気持ちいい。団員の誰も舜にとっては得難い仲間だったし、安定して残ってくれている陸斗とは何度も芝居を演ってきたから、呼吸も間合いも取りやすい。
「もうダメなのかなあ……」
空に呟く。
「他の劇団……受けてみる……?」
舜は本当に芝居以外取り柄がなくて、人の顔がまず覚えられない。台詞や脚本は一度読めば全部頭に入るのに。バイトを重ねても慣れない、ものにならないから、遅かれ早かれ馘になる。本屋のバイトはすごく好きだけど、バイト仲間とチームを組むのが今一つと言うか、舜にベタ惚れした店員あしらいが難しい。よく保ったのはヒーローショーのアクションとテーマパークのキャストだったが、そんなものはそれほど何度も仕事が来ない。
妹からは、まあ人に迷惑をかけない範囲で生きていければいいんじゃないの、と生ぬるい目で諭されている。
「本当にやりたいのは芝居だけ…なんだよなあ…」
はああ、と長い吐息を吐き出したあたりで、がちゃんと背後の扉が開いた音がした。
「おっ」
さあてお芝居の始まりだ。
舜の役どころは屋上の金網をよじ登って外に出た自殺志願者、いざとなったら竦んでしまって動けなくなって、今更中に戻ることも出来ず、もう何をどうしたらいいのかわからなくなってしまった男。彼女に振られたのか、それともリストラされてしまったのか。
「いっそ、今の俺でもいいわけだけど」
呟く声が聞こえたとは思わないが、あ、と小さな声が響いて、次の瞬間、足音が一気に近寄ってきた。
背後から真っ直ぐに走り寄ってくる。
止まらない、と気づいた時は背中の金網が激しく鳴っていた。
「うわ…っ」
振り向こうとして足を滑らせ、慌てて踏みしめたのに靴が脱げ落ちた。瞬間。
落ちる。
確信が閃く。理由などない、虚空に踏み出してしまった足に重心が残り、体が背中から後ろの空間に引き摺り込まれる。とっさに身を翻して手を伸ばし、金網を掴む。錆びた金属が指にぶつかり、かろうじて引っかかった指数本、けれどもそれより遥かに強く激しく体が滑り落ちる。
力が足りない。
死ぬんだ、こんなところで。
泣きそうになって見上げた瞬間、口を開いて呆然とした。
光を背中に浴びて、金網の上を軽々と飛び越えた体のシャープさ、空中で捻るしなやかな筋肉が吸い付くように舜の背中へ舞い降りる、そこには何もないはずなのに、直前伸びた綺麗な腕が金網を握り込み、体全体で舜の体を抱え込むように引き上げる。
「握って」
低い声に囁かれて皮膚が粟立った。
「もっと強く」
「…っあ」
耳に押し込まれる強い意志、背中に押し当てられる体の熱さにめまいを起こしながら、必死に寄せられたせいで掴めた金網にしがみつく。がしゃんと音を鳴らして舜は金網に頭と体を叩きつけ、覆い被さった体になお強く押し付けられ歯を食い縛る。
「…大丈夫か!」
「舜くん!」
「う…」
響いた声にのろのろと顔を上げる。金網の向こうから、血相を変えて駆け寄ってくる寺戸、それに見知らぬ若い男と、なぜか靴を掲げて走ってくる、
「輝夜…」
「輝夜?」
「っ」
再び耳元で囁かれてぞくりとした。
「あ…」
そっと横目で見ると、自分を背後から覆って金網に押し付けている相手の横顔が見えた。
「…あの人も『竜夢』の人なんだ?」
「…うん…」
頷きながら、煌めく黒い瞳に見惚れた。眼鏡を掛けている。卵型の顔、細身で、けれど舜を包む体は見えている以上に逞しくてしなやかで、熱い。
「君は…」
声が掠れていた。
「ぼくは雷牙、禄」
ちらりと見返して細められた瞳にとんでもないところが反応して息を呑む。
「…大丈夫?」
「大丈夫…あの……ごめん……こんなことになって……」
「…ひょっとして、これがオーディション?」
訝しそうに尋ねられて顔が熱くなる。
「すまん……とにかくこちらへ戻れ」
寺戸が顔を顰めたまま、促した。
「いろいろと予想外だったが……オーディションは合格だ」
「…良かった」
一転して優しく明るい笑みを浮かべた雷牙に舜は唇を噛む。
「あの…ごめん、先に」
「あ、うん、わかった。じゃあ先に」
訝しそうに首を傾げながら雷牙が金網をよじ登り、向こう側へ降りて行く。
「舜?」
「あの…ちょっと待ってもらえます、か」
「どうした…腰が抜けたか」
「そりゃあ、腰も抜けるよ、靴だって落としたんだし!」
大きく頷く輝夜に引きつる。
「…あのさ、すぐ、そっちへ行くから」
「……陸斗。来い」
寺戸がふいと顔を歪め、輝夜を促した。
「え、でも、舜くん、あのままで」
「いいから来い」
寺戸がじろりと舜を見やる。
「やられたな?」
「っ」
舜は火照った顔を伏せ、動けなくなった体で金網に必死にしがみついた。
一応、そう反対はして見たのだが。
「ふう…」
ぴん、と鼻先を弾かれて離庵に嗤われた、そんなことは重々承知、と。
ただでさえ難しい芝居なのに、それができる役者を探してこようって言うんだ、通常の方法じゃ見つからない。
寺戸にもあしらわれた。
けどなあ、と舜は屋上の外で遮るもののない空と街を見ながら考える。
こんなやり方、駅前で声をかけた女の子達は対応できないだろうし、まともな役者ならば演技力も何も確認されずに、ぶっつけ本番の対応を見て採用不採用を決めるなんて言われても納得しないだろう。
『竜夢』が行き詰まっているのはわかっている。
掛ける芝居は年々レベルを上げていると思うし、宣伝もネットでの広報も頑張っていると思う。けれど団員は減っていき、観客の数も減っている。団員が減ると演れる芝居も限られてくる、観客が減ると、ただでさえ団員努力で保っている資金はあっという間に底を突く。みんながみんな、舜のように芝居さえ演っていららればいいと言うわけでもなく、美味しいご飯が食べたかったり、彼女と旅行に行きたかったり、結婚したかったりすると、芝居は二の次三の次になるのは理解できる。
このままでは遠からず『竜夢』はなくなる。
溜め息が出る。
監督の寺戸の要求に応えるのは楽しい。離庵の衣装は見知らぬ自分を見つけてくれるみたいで気持ちいい。団員の誰も舜にとっては得難い仲間だったし、安定して残ってくれている陸斗とは何度も芝居を演ってきたから、呼吸も間合いも取りやすい。
「もうダメなのかなあ……」
空に呟く。
「他の劇団……受けてみる……?」
舜は本当に芝居以外取り柄がなくて、人の顔がまず覚えられない。台詞や脚本は一度読めば全部頭に入るのに。バイトを重ねても慣れない、ものにならないから、遅かれ早かれ馘になる。本屋のバイトはすごく好きだけど、バイト仲間とチームを組むのが今一つと言うか、舜にベタ惚れした店員あしらいが難しい。よく保ったのはヒーローショーのアクションとテーマパークのキャストだったが、そんなものはそれほど何度も仕事が来ない。
妹からは、まあ人に迷惑をかけない範囲で生きていければいいんじゃないの、と生ぬるい目で諭されている。
「本当にやりたいのは芝居だけ…なんだよなあ…」
はああ、と長い吐息を吐き出したあたりで、がちゃんと背後の扉が開いた音がした。
「おっ」
さあてお芝居の始まりだ。
舜の役どころは屋上の金網をよじ登って外に出た自殺志願者、いざとなったら竦んでしまって動けなくなって、今更中に戻ることも出来ず、もう何をどうしたらいいのかわからなくなってしまった男。彼女に振られたのか、それともリストラされてしまったのか。
「いっそ、今の俺でもいいわけだけど」
呟く声が聞こえたとは思わないが、あ、と小さな声が響いて、次の瞬間、足音が一気に近寄ってきた。
背後から真っ直ぐに走り寄ってくる。
止まらない、と気づいた時は背中の金網が激しく鳴っていた。
「うわ…っ」
振り向こうとして足を滑らせ、慌てて踏みしめたのに靴が脱げ落ちた。瞬間。
落ちる。
確信が閃く。理由などない、虚空に踏み出してしまった足に重心が残り、体が背中から後ろの空間に引き摺り込まれる。とっさに身を翻して手を伸ばし、金網を掴む。錆びた金属が指にぶつかり、かろうじて引っかかった指数本、けれどもそれより遥かに強く激しく体が滑り落ちる。
力が足りない。
死ぬんだ、こんなところで。
泣きそうになって見上げた瞬間、口を開いて呆然とした。
光を背中に浴びて、金網の上を軽々と飛び越えた体のシャープさ、空中で捻るしなやかな筋肉が吸い付くように舜の背中へ舞い降りる、そこには何もないはずなのに、直前伸びた綺麗な腕が金網を握り込み、体全体で舜の体を抱え込むように引き上げる。
「握って」
低い声に囁かれて皮膚が粟立った。
「もっと強く」
「…っあ」
耳に押し込まれる強い意志、背中に押し当てられる体の熱さにめまいを起こしながら、必死に寄せられたせいで掴めた金網にしがみつく。がしゃんと音を鳴らして舜は金網に頭と体を叩きつけ、覆い被さった体になお強く押し付けられ歯を食い縛る。
「…大丈夫か!」
「舜くん!」
「う…」
響いた声にのろのろと顔を上げる。金網の向こうから、血相を変えて駆け寄ってくる寺戸、それに見知らぬ若い男と、なぜか靴を掲げて走ってくる、
「輝夜…」
「輝夜?」
「っ」
再び耳元で囁かれてぞくりとした。
「あ…」
そっと横目で見ると、自分を背後から覆って金網に押し付けている相手の横顔が見えた。
「…あの人も『竜夢』の人なんだ?」
「…うん…」
頷きながら、煌めく黒い瞳に見惚れた。眼鏡を掛けている。卵型の顔、細身で、けれど舜を包む体は見えている以上に逞しくてしなやかで、熱い。
「君は…」
声が掠れていた。
「ぼくは雷牙、禄」
ちらりと見返して細められた瞳にとんでもないところが反応して息を呑む。
「…大丈夫?」
「大丈夫…あの……ごめん……こんなことになって……」
「…ひょっとして、これがオーディション?」
訝しそうに尋ねられて顔が熱くなる。
「すまん……とにかくこちらへ戻れ」
寺戸が顔を顰めたまま、促した。
「いろいろと予想外だったが……オーディションは合格だ」
「…良かった」
一転して優しく明るい笑みを浮かべた雷牙に舜は唇を噛む。
「あの…ごめん、先に」
「あ、うん、わかった。じゃあ先に」
訝しそうに首を傾げながら雷牙が金網をよじ登り、向こう側へ降りて行く。
「舜?」
「あの…ちょっと待ってもらえます、か」
「どうした…腰が抜けたか」
「そりゃあ、腰も抜けるよ、靴だって落としたんだし!」
大きく頷く輝夜に引きつる。
「…あのさ、すぐ、そっちへ行くから」
「……陸斗。来い」
寺戸がふいと顔を歪め、輝夜を促した。
「え、でも、舜くん、あのままで」
「いいから来い」
寺戸がじろりと舜を見やる。
「やられたな?」
「っ」
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