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第1章 『竜は街に居る』
4.ドミノ倒し「魔法を見たくないか」(4)
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「輝夜さんですよね」
雷牙と楽しそうに話す舜を見ていてしょんぼりしてきたところに、唐突に話しかけられ、隣に座られて陸斗は驚いた。
「え、はい」
えーと、この人は誰だっけ。
いや、知っている、舜じゃあるまいし、商売柄もあって人の顔を覚えるのは得意なはず。
なのに、『竜夢』がよく使う居酒屋『天天』の掘りごたつ式の席で滑り込んできた男は、さっきまで顔合わせをやっていた伊谷とは別人に見えた。髪型? 表情? 近いからこそ広がる甘いコロンの香り? いや、気配そのものがくらくらするほど甘い。
「あんまり呑んでないんですね」
ひょいと陸斗のグラスを覗き込む顔、柔らかそうな髪がふさりと落ちて、返答のない陸斗をん、と見上げた瞳がきらきら光っている。
「あ、ああ、あまり、強くない、から」
違う。陸斗は見かけによらず酒は強い。日本酒でもワインでも拘らないし、ちゃんぽんで呑んでもほとんど酔わない。
グラスを覗き込んだ時点で焼酎だと気づいただろうに、嘘臭い答えに伊谷はふふ、と軽く笑った。
「酔い潰してみたいなあ」
優しい響きで囁かれて胸が詰まる。
「酔い潰れると、困るよ、その、どうやって扱えばいいのか戸惑うだろうし」
思い出したのは既に離れた団員だ。『竜夢』のみんなで飲み会をやって、舜がよく笑って楽しくて、珍しく深い酒になった。足元が危ういのに気づいたのが帰る前で、店は閉店寸前、寺戸はミコトを送って行った後だったし、舜は数人に囲まれてまだ笑っていて、その笑顔にふいに寂しくなって、一瞬だけ我を忘れた。大丈夫ですか、陸斗さん。心配されて手を伸ばされて、温かな気配に腕を引き寄せて、立てないよ、送ってってくれないかなと、ふざけたつもりだった。
だが体勢が崩れて相手の指がより深く体に近づいて、指先がちょっと触れた次の瞬間、激しく振り解かれて気がついた。あ、すいません、俺。強張った顔で、けれど引き攣った笑みに酔いが見る見る醒めた。
相手の指先が掠めたのは股間だ。意図したわけじゃないし、たまたま姿勢が崩れて、たまたま胡坐をかいていただけ、けれどその硬さは十分意味を伝えてしまった。
笑い出した。相手が驚くほど、舜が振り向くほど大声で。
すまん、いや、疲れたんだね。とんでもないもの触らせちゃった、ごめんよ。
あ、ああ、いえ大丈夫です、俺こそすみません、あんまり酔ってるから心配しただけです、ほんとそれだけです、気にしないで欲しいんです、ほんと何でもないんですから。
真っ赤になって繰り返す相手を、これだから男はとミコトがこき下ろしてくれ、そこが本当に優しい女だと思うけれど、さっさとトイレでも行ってきてと突き放してくれたから、ケラケラ笑いながら場を逃げて、どうかその間に帰ってくれと願いながら、できれば舜も帰っていてくれと祈りながら、トイレに飛び込み崩れ落ちた。
バチが当たった。
舜にずっと片思いで、それを悟らせまいと頑張って、挙句に節操なく酒の勢いで男を誘っちゃうような阿呆な男に成り切って、けれど。
そんなことは一切望んでいなかった。
それから後は、何かが転がり落ちるように、深酒になると困る男を演じ切った。陸斗に飲ませすぎるなよ、そう言われるまでに、何度バカな芝居を重ねたことか。
その時の男はとっくの昔に退団してしまった。
「酒癖、悪いんだ」
「お酒はね」
伊谷は薄く笑いながら、陸斗のグラスに軽く唇を触れる。その唇から目が離せない。
「魔法の小道具ですよ」
「何の?」
思わず尋ねた声がよほど無邪気だったのか、伊谷は不思議な微笑を返した。
「見せましょうか?」
「え?」
「魔法を」
今夜、あなたの側に居てもいいですか?
陸斗はぞくりと震えた体を思わず引いた。
雷牙と楽しそうに話す舜を見ていてしょんぼりしてきたところに、唐突に話しかけられ、隣に座られて陸斗は驚いた。
「え、はい」
えーと、この人は誰だっけ。
いや、知っている、舜じゃあるまいし、商売柄もあって人の顔を覚えるのは得意なはず。
なのに、『竜夢』がよく使う居酒屋『天天』の掘りごたつ式の席で滑り込んできた男は、さっきまで顔合わせをやっていた伊谷とは別人に見えた。髪型? 表情? 近いからこそ広がる甘いコロンの香り? いや、気配そのものがくらくらするほど甘い。
「あんまり呑んでないんですね」
ひょいと陸斗のグラスを覗き込む顔、柔らかそうな髪がふさりと落ちて、返答のない陸斗をん、と見上げた瞳がきらきら光っている。
「あ、ああ、あまり、強くない、から」
違う。陸斗は見かけによらず酒は強い。日本酒でもワインでも拘らないし、ちゃんぽんで呑んでもほとんど酔わない。
グラスを覗き込んだ時点で焼酎だと気づいただろうに、嘘臭い答えに伊谷はふふ、と軽く笑った。
「酔い潰してみたいなあ」
優しい響きで囁かれて胸が詰まる。
「酔い潰れると、困るよ、その、どうやって扱えばいいのか戸惑うだろうし」
思い出したのは既に離れた団員だ。『竜夢』のみんなで飲み会をやって、舜がよく笑って楽しくて、珍しく深い酒になった。足元が危ういのに気づいたのが帰る前で、店は閉店寸前、寺戸はミコトを送って行った後だったし、舜は数人に囲まれてまだ笑っていて、その笑顔にふいに寂しくなって、一瞬だけ我を忘れた。大丈夫ですか、陸斗さん。心配されて手を伸ばされて、温かな気配に腕を引き寄せて、立てないよ、送ってってくれないかなと、ふざけたつもりだった。
だが体勢が崩れて相手の指がより深く体に近づいて、指先がちょっと触れた次の瞬間、激しく振り解かれて気がついた。あ、すいません、俺。強張った顔で、けれど引き攣った笑みに酔いが見る見る醒めた。
相手の指先が掠めたのは股間だ。意図したわけじゃないし、たまたま姿勢が崩れて、たまたま胡坐をかいていただけ、けれどその硬さは十分意味を伝えてしまった。
笑い出した。相手が驚くほど、舜が振り向くほど大声で。
すまん、いや、疲れたんだね。とんでもないもの触らせちゃった、ごめんよ。
あ、ああ、いえ大丈夫です、俺こそすみません、あんまり酔ってるから心配しただけです、ほんとそれだけです、気にしないで欲しいんです、ほんと何でもないんですから。
真っ赤になって繰り返す相手を、これだから男はとミコトがこき下ろしてくれ、そこが本当に優しい女だと思うけれど、さっさとトイレでも行ってきてと突き放してくれたから、ケラケラ笑いながら場を逃げて、どうかその間に帰ってくれと願いながら、できれば舜も帰っていてくれと祈りながら、トイレに飛び込み崩れ落ちた。
バチが当たった。
舜にずっと片思いで、それを悟らせまいと頑張って、挙句に節操なく酒の勢いで男を誘っちゃうような阿呆な男に成り切って、けれど。
そんなことは一切望んでいなかった。
それから後は、何かが転がり落ちるように、深酒になると困る男を演じ切った。陸斗に飲ませすぎるなよ、そう言われるまでに、何度バカな芝居を重ねたことか。
その時の男はとっくの昔に退団してしまった。
「酒癖、悪いんだ」
「お酒はね」
伊谷は薄く笑いながら、陸斗のグラスに軽く唇を触れる。その唇から目が離せない。
「魔法の小道具ですよ」
「何の?」
思わず尋ねた声がよほど無邪気だったのか、伊谷は不思議な微笑を返した。
「見せましょうか?」
「え?」
「魔法を」
今夜、あなたの側に居てもいいですか?
陸斗はぞくりと震えた体を思わず引いた。
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