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第1章 『竜は街に居る』
5.堂々巡り「命なんてかけられない」(1)
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「うん、確かにそうだよね」
頷きながら、禄はこの数日通っている図書館の建物を見上げる。
「脚本って、呪文の塊みたいだし」
魔法には呪文の詠唱が付き物だし、その呪文ってのは大抵古代語とかエルフ語とか、つまりは通常使わない特別な言語で綴られていて、だから内容理解だけじゃなくて、発音もまた難しくて、それがきちんとできないと魔法は使えないってことで。
途中で見た電器店の店先で流れていたアニメのCMを思い出す。『いきなり飛ばされた魔法学校で呪文を唱えなくては暮らして行けないんだが~無口な賢者覇道を行く~』のアニメ化、その文字を隣に掲示されていたルビ付き文字のポスターでなんとか読み取った。
「劇団に入ったつもりで、魔法学校に入学したつもりじゃなかったんだけど」
呟きながら苦笑いした。
日常生活から弾き飛ばされ、命を賭けなくてはならないような世界に放り込まれたわけでもない。
『あいおい』の大将は昨日を休みにしてくれていた。
もらった資料集どころか、脚本さえもまだ読み通せない禄に気づいた女将さんが、そっと配慮してくれたのだ。
以前から漢字が苦手なのは知っていた。数回読めば覚えるし、日常よく見る漢字は何とかこなせる。ただ、書くのは二重に苦手で、通常の書き順と言うものが、どうにもうまく理解できず、例えば『口』と書くのについついぐるりと四角に一文字書きをしてしまったりする。多分、『形』は理解できるけれど『構造』が理解できない、に近いような気がする。
もっと小さい頃からたくさんの本を読みこなしていたら、経験値で理解度を補えたかもしれないが、禄の生育歴には図書館も本屋もほとんど出てこない。ましてや、今回の脚本や資料集に出てくる日常語とはかけ離れたことばとなると、かなり厳しいとは初めてわかった。
溜息をつきながら、階段を上がる。ガラスの自動扉を潜り抜け、入口のカウンターの女性に会釈し、奥へと踏み入る。
白っぽい光が満ちる静かな空間が目の前に広がる。階段を上がれば二階部分にも広がる本棚に、様々な色と形の本が無数に詰め込まれている。
初めて来た時は、異世界に来たようだった。
これだけの本と言うか文字と言うか、それがぎっしりと集められた建物。
ネットで調べるとこの図書館は小さな方で、もっと大きな図書館はいっぱい有り、国立図書館などと言う代物まであるらしい。
しかも、本一冊一冊に書かれている内容が全部違うとか。
それを人が書いたとか。
ついでに、これらを毎日顔を洗うみたいに読む人がいるとか。
「はあ…」
溜息が出る。
中央の空間に設置されたテーブルに着き、脚本を取り出しルビを振っていく。
脚本を読むためにわからない漢字を抜き出しては見たものの、ネットでうまく調べられなくて、辞書を使ったほうが早いと教えてもらって、図書館で調べてルビを振り、少しずつ読み進めてはいるが、
『きみにはそうぞうつかないだろうがさいきょうはしねんなみがぶつりてきなちからにまでたかまるばしょがある』
書くには書いても意味がよくわからない。
きみと書いてあるが、なぜあなたとかお前ではないのか。
想像つかないと断言しているのはなぜなのか。カザルのことはよく知らないはずなのに。
さいきょうはなぜこの文字なのか、さいもきょうも他の漢字がある。
しねんは想いの意味だが、なみと続くのがよくわからない。想いは水のように波打つとオウライカは考えているのか。
物理的、は分かる。押したり引いたりする力だ。けれどわざわざ物理的な力と書いてあると言うことは、それ以外の力もあるのか。波も物理的な力ではないのか。
「…ん?」
悩みつつ次の行に取り掛かって、同じ漢字が出てくるのに気づいた。
「…しねんなみって、『さいきょう』にだけ伝わることばなのか」
カザルもわからなかったようで、オウライカが解説している。
「……あ」
気づいて慌てて脚本を繰り戻った。
よくわからなかった台詞があった。
『じゃあ、わたしは、きみがめしをすませたあとで、また「それ」をもらおう』
台詞は読めたが、『それ』が何かわからなくて困っていた。
「カザルはわかってるよね」
読み直すと、確かにカザルはオウライカの台詞に反応して動いている。赤くなってバスローブの前を閉じてバスルームに飛び込む。
「…何でわかったのかな」
もう一度、その台詞の前後を眺める。
オウライカは台詞の前に、にやりと笑ってカザルを見ている。正確にはカザルの身体を、だ。
「……ああ……そう言う、ことか」
呟きながら禄は顔が熱くなった。
もう一回、ってこと。
頭の中の映像が風柳に切り替わる。バスローブを羽織っただけの、ちょっと赤くなってうろたえた顔の、そうして今の今まで抱きしめていただろう、身体。
「これ…やばいんだな」
まともに演じるとなると、社会的な居場所とか色々まずくなるんじゃないのか。
ひょっとすると、『あいおい』で働けなくなるかもしれない。
たかが趣味で、生活の術を失うわけにはいかない。
そうだ、命なんて賭けられない、ここは魔法の詠唱などしなくても生きていける世界なんだから。
「やめ…よかな…」
「やめちゃうの?」
「っ」
不意に声を掛けられて、慌てて禄は振り返った。
頷きながら、禄はこの数日通っている図書館の建物を見上げる。
「脚本って、呪文の塊みたいだし」
魔法には呪文の詠唱が付き物だし、その呪文ってのは大抵古代語とかエルフ語とか、つまりは通常使わない特別な言語で綴られていて、だから内容理解だけじゃなくて、発音もまた難しくて、それがきちんとできないと魔法は使えないってことで。
途中で見た電器店の店先で流れていたアニメのCMを思い出す。『いきなり飛ばされた魔法学校で呪文を唱えなくては暮らして行けないんだが~無口な賢者覇道を行く~』のアニメ化、その文字を隣に掲示されていたルビ付き文字のポスターでなんとか読み取った。
「劇団に入ったつもりで、魔法学校に入学したつもりじゃなかったんだけど」
呟きながら苦笑いした。
日常生活から弾き飛ばされ、命を賭けなくてはならないような世界に放り込まれたわけでもない。
『あいおい』の大将は昨日を休みにしてくれていた。
もらった資料集どころか、脚本さえもまだ読み通せない禄に気づいた女将さんが、そっと配慮してくれたのだ。
以前から漢字が苦手なのは知っていた。数回読めば覚えるし、日常よく見る漢字は何とかこなせる。ただ、書くのは二重に苦手で、通常の書き順と言うものが、どうにもうまく理解できず、例えば『口』と書くのについついぐるりと四角に一文字書きをしてしまったりする。多分、『形』は理解できるけれど『構造』が理解できない、に近いような気がする。
もっと小さい頃からたくさんの本を読みこなしていたら、経験値で理解度を補えたかもしれないが、禄の生育歴には図書館も本屋もほとんど出てこない。ましてや、今回の脚本や資料集に出てくる日常語とはかけ離れたことばとなると、かなり厳しいとは初めてわかった。
溜息をつきながら、階段を上がる。ガラスの自動扉を潜り抜け、入口のカウンターの女性に会釈し、奥へと踏み入る。
白っぽい光が満ちる静かな空間が目の前に広がる。階段を上がれば二階部分にも広がる本棚に、様々な色と形の本が無数に詰め込まれている。
初めて来た時は、異世界に来たようだった。
これだけの本と言うか文字と言うか、それがぎっしりと集められた建物。
ネットで調べるとこの図書館は小さな方で、もっと大きな図書館はいっぱい有り、国立図書館などと言う代物まであるらしい。
しかも、本一冊一冊に書かれている内容が全部違うとか。
それを人が書いたとか。
ついでに、これらを毎日顔を洗うみたいに読む人がいるとか。
「はあ…」
溜息が出る。
中央の空間に設置されたテーブルに着き、脚本を取り出しルビを振っていく。
脚本を読むためにわからない漢字を抜き出しては見たものの、ネットでうまく調べられなくて、辞書を使ったほうが早いと教えてもらって、図書館で調べてルビを振り、少しずつ読み進めてはいるが、
『きみにはそうぞうつかないだろうがさいきょうはしねんなみがぶつりてきなちからにまでたかまるばしょがある』
書くには書いても意味がよくわからない。
きみと書いてあるが、なぜあなたとかお前ではないのか。
想像つかないと断言しているのはなぜなのか。カザルのことはよく知らないはずなのに。
さいきょうはなぜこの文字なのか、さいもきょうも他の漢字がある。
しねんは想いの意味だが、なみと続くのがよくわからない。想いは水のように波打つとオウライカは考えているのか。
物理的、は分かる。押したり引いたりする力だ。けれどわざわざ物理的な力と書いてあると言うことは、それ以外の力もあるのか。波も物理的な力ではないのか。
「…ん?」
悩みつつ次の行に取り掛かって、同じ漢字が出てくるのに気づいた。
「…しねんなみって、『さいきょう』にだけ伝わることばなのか」
カザルもわからなかったようで、オウライカが解説している。
「……あ」
気づいて慌てて脚本を繰り戻った。
よくわからなかった台詞があった。
『じゃあ、わたしは、きみがめしをすませたあとで、また「それ」をもらおう』
台詞は読めたが、『それ』が何かわからなくて困っていた。
「カザルはわかってるよね」
読み直すと、確かにカザルはオウライカの台詞に反応して動いている。赤くなってバスローブの前を閉じてバスルームに飛び込む。
「…何でわかったのかな」
もう一度、その台詞の前後を眺める。
オウライカは台詞の前に、にやりと笑ってカザルを見ている。正確にはカザルの身体を、だ。
「……ああ……そう言う、ことか」
呟きながら禄は顔が熱くなった。
もう一回、ってこと。
頭の中の映像が風柳に切り替わる。バスローブを羽織っただけの、ちょっと赤くなってうろたえた顔の、そうして今の今まで抱きしめていただろう、身体。
「これ…やばいんだな」
まともに演じるとなると、社会的な居場所とか色々まずくなるんじゃないのか。
ひょっとすると、『あいおい』で働けなくなるかもしれない。
たかが趣味で、生活の術を失うわけにはいかない。
そうだ、命なんて賭けられない、ここは魔法の詠唱などしなくても生きていける世界なんだから。
「やめ…よかな…」
「やめちゃうの?」
「っ」
不意に声を掛けられて、慌てて禄は振り返った。
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