『ドラゴン・イン・ナ・シティ』

segakiyui

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第1章 『竜は街に居る』

6.ドキュメント方式で「聞こえないふり、していて」(1)

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『ほんとに悪いと思ってる?』
 机の向こうで舜が唇を尖らせるのが見えた。
『思ってる』
 禄は丁寧に答える。いや、丁寧に答えるように返事をする。オウライカはここではカザルに正直とんでもないことをさせたのだし、彼の性格は実直だから真摯に答えて当然だろうと思うからだ。
『じゃあ、こういうときはキスするもんじゃない?』
 ちらりと舜が目を上げた。尖らせた唇をふっくらと膨らませられてどきりとする。いくら疎くてもこれはわかる、誘われているしねだられている。オウライカはカザルのことを気に入り出しているし、この誘惑は楽しいはずだ。けれど、カザルには魅かれるわけにはいかない、敵対する別の場所、オウライカの古巣の『塔京』から送り込まれた刺客、しかもオウライカを殺すと明言している者なのだから、そこまでの接近を許せないから、軽く流す。
『そうか』
 一瞬、微妙な気配が周囲に流れて、禄は脚本から目を上げた。
 奥の会議室で四角にセッティングされた部屋で読み合わせを始めて数時間、言い間違いはしていないと思うし、心情や周囲の関係性や環境なども十分考えて台詞を言ったつもりだが、時々こんな感じの妙な居心地の悪さが漂う。
 舜は戸惑った顔で禄を眺めているし、輝夜は難しい顔で眉を寄せている。伊谷はどこか面白そうだが、寺戸はまるで聞いていないかのように天井を眺めたままだ。
「あの…」
 声が小さくて聞こえなかったのかと思い、禄はもう一度台詞を口にした。
『そうか』
「…」
 舜が少し考え込んだ後、
『俺、傷ついたんだよ?』
 上目遣いに次の台詞を口にしてほっとした。
『ああ』
 頷いてみせる。可愛いなあと思いつつだが、ここではオウライカはそんなことを思っていないはずだし、むしろ生真面目な印象を受けるし、かっちりと返答し続けているし、これでいいはずだ。
 なのに、
『俺、傷ついたんだよ?』
「…?」
 もう一度舜が同じ台詞を繰り返してぎょっとした。
 これはいけない、本当に禄の声が聞こえにくいらしいと思って、慌ててパイプ椅子に座り直し、腰を据えて胸を張る。教えられたストレッチと筋トレは毎日やっているし、最近はランニングも始めたし、我ながら体つきも変わってきたと思っていたが、思い込みだったようだ。
『ああ』
 大きく頷き、舜を見る。
 舜がじっと禄を見返す。まっすぐに禄を凝視しながら、もう一度、
『俺、傷ついたんだよ?』
「…」
 今度はさすがに禄にもわかった。戸惑い、口ごもり、まずいと示された原因を探る。寺戸は依然天井を見上げたままだ。輝夜が大きく不快そうな溜息を付く。伊谷がぱらぱらと脚本を捲っている。わからない。何がまずいのか、禄には全くわからないのに、周囲には全員わかっているようだ。
「…………」
 慣れた感覚にぞっとした。しばらく味わっていなかっただけに、呼び起こされると一瞬にして萎縮する。禄だけが『まずい』原因に気がつかず、周囲には全員わかっている、それをまた周囲も『わかっている』。お前だけがおかしいと何度言われたことだろう。何度罵られたことだろう。その親のことばを何度鵜呑みにされたことだろう。そうして禄の苦境は誰にも理解されることなく、竦んだまま生きてきた、あの家から離れるまで。
 分からなくちゃいけない、何がまずいのか、自分で察して理解して直して振る舞わなくちゃいけない、そうでなければ生きている価値が。
 もしどうしてもできないなら、構わない、俺の声なんか、聞こえないふりしていてくれればいい。
「禄?」
「っ」
 不意に優しく呼びかけられてはっとした。目の前の舜が心配そうに身を乗り出している。
「どうしたの? 気分悪い?」
 瞬きする柔らかな光をたたえた瞳に思わず見惚れた。竦む感覚はまだあるが、今の禄はもうこの場所から動けるようになる方法を知っている。少し笑って問いかけた。
「すみません……今のぼくの台詞、どこがおかしかったですか?」
 輝夜ががばっと体を起こしたような気がして、思わずそちらを見た。間違いないようだ。驚いた顔で禄を見ている。側の伊谷も目を見開き、口笛でも吹きそうな表情だ。
 寺戸がゆっくり視線をおろし、
「舜に答えていない」
「はい?」
「台詞は台詞だけど」
 舜がなぜか眩そうな目で禄を見ながら微笑んだ。
「俺のことばには答えてくれてないんだ。一所懸命、オウライカとして考えてくれているのはわかるけど」
 ちろ、と小さく舌を出す。
「オウライカが答えてない」
「オウライカが、答えていない……?」
「続きやろっか」
「はい…?」
 舜はなぜか楽しそうに脚本を読み上げる。
『お詫びするもんでしょ?』
 視線が飛んできた。禄は真面目に返す。
『すまない』
 舜が小さく肩を竦める。
『じゃなくて』
 今度は禄を見ない。
 ふと、寂しくなった。こちらを見て欲しい。そう思いながら、台詞を口にする。
『据え膳は嫌いなんだ』
 頭の中で、目の前の舜の『据え膳』を想像してしまう。どうして断るんだろう、オウライカは。禄なら舜の『据え膳』、やり方も流れも分からなくても食べてみたい、そう思った途端、全く別の何かが胸の中で囁いた。
 殺されるわけにはいかないだろうが。
「っっ」
 ざわっと身体中の毛が逆立つ。
『…………頑固もん』
 この俺があんたに抱かれてやろうって言ってるのにさ、死に際の夢に。
 舜の台詞に重なって響いた声に、呆然と視線を上げる。
 舜が目をきらきらさせて禄を見ている。薄赤くなった頬が可愛いと言うよりも色っぽくて妖しくて。
「ふふっ……できるじゃん」
 満足そうに笑った舜を、禄は皮膚を粟立たせながら眺めた。
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